『ゴブリンスレイヤー GOBLIN'S CROWN』深夜アニメに生き続ける大衆娯楽活劇の精神
映画ファンにすすめるアニメ映画
「ゴブリンスレイヤー」は、2018年に放送された、蝸牛くものライトノベルが原作の深夜アニメ。その新たなエピソードとなる『ゴブリンスレイヤー GOBLIN'S CROWN』が、2月1日より劇場公開される。独特な存在感を持つ主人公・ゴブリンスレイヤーを通して、作品の面白さと深夜アニメの世界をひもといていく。(香椎葉平)
【主な登場人物】
ゴブリンスレイヤー(CV:梅原裕一郎)小鬼のような化け物・ゴブリンの退治のみを請け負う冒険者。
女神官(CV:小倉唯)地母神の神殿を出て冒険者となったばかりの新人神官。
ロード・オブ・ザ・リング的世界…剣と魔法のファンタジー
「俺は世界を救わない。ゴブリンを殺すだけだ」それが深夜アニメ「ゴブリンスレイヤー」のキャッチコピーだ。ピーター・ジャクソン監督の『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのような、剣と魔法のファンタジーの世界。街には冒険者の集まるギルド(組合組織)があり、冒険者たちは魔物を倒して賞金を稼ぎながら功成り名遂げることで、ギルドから授けられる等級を上げようともくろんでいる。中には、ロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの主人公のごとく、強大な力を持つ魔王に立ち向かって倒さんとする者もいる。もし果たせれば、栄誉は生涯、いや、死後ですら永く消えることはないだろう。
そんなギルドに、ただ一人、金も栄誉も求めようとしない男がいる。彼はそもそも、無駄口を一切たたかない。最弱の魔物・ゴブリンだけをストイックに殺し続け、そのためだけに生きているのだ。ゴブリン急襲に備え、日常生活の中でも甲冑を脱ぐことは滅多にない。その甲冑も、武勲を誇る剣士が好む華美さのまるでない、実用一辺倒なもの。
周囲の冒険者たちは、半ば侮蔑をこめ、彼自身もまた魔物の一種であるかのようにこう呼ぶ。あの男こそが小鬼殺し、すなわち「ゴブリンスレイヤー」なのだと。
ゴブリンは確かに単体では、刃物を振り回す子ども程度の力しか持たない最弱の魔物に過ぎない。だが、ゴブリンは馬鹿だが間抜けではない。群れをなして洞窟の暗闇に隠れ潜み、好機と見るや数を頼みに獲物に群がり、たちまち略奪しては女を襲う。そうして子を産ませ、多少は殺されたとしても、またみるみる増えていくのだ。
油断した冒険者が、軍隊アリにたかられた小動物のように、無残にもむさぼられる例も多い。本作のヒロインである女神官も仲間たちを目の前でゴブリンに虐殺され、自らも手にかけられそうになった時現れたゴブリンスレイヤーに救われた。
ただし、ゴブリンスレイヤーは、女神官を助けようとして来たのではなかった。彼の目的はただひとつ、ゴブリンどもを皆殺しにすること。ゴブリンの数が減れば、その分だけ人々の生活から不安が取り除かれることになる。もともと、人助けのためにギルドに身を投じた女神官はゴブリンスレイヤーと行動を共にするようになり、やがて彼という人間そのものに興味を惹かれるようになっていく。
ゴブリンスレイヤーと共に戦う名もなきキャラたち
ゴブリンスレイヤーは、作中ではっきりと口にする。ゴブリンどもにとっては俺の方こそゴブリンのようなものだ、と。善悪の分け隔てを知っていながら、それをあえて無視しているのだとしたら、実利のためなら手段を選ばないしたたかさも備えていることになる。黒澤明監督の『七人の侍』(1954)で言うならば、三船敏郎の演じた菊千代ですらなく、最後には勝つことになる農民の側にいる男なのだ。
彼が戦いの合間に送る生活は、そもそも農民的だ。幼なじみである牛飼娘の牧場に寄宿する彼は、誰よりも早起きすると、柵や石垣の補修を行いながらゴブリンの足跡がないか見回りを行う。甲冑のまま荷車を引いて街に出て牧場の生産品をお金に換え、ギルドでゴブリン出現の報を聞くや遠征に出て、終わるとまた牧場に帰ってくる。そんな生活を、日々の営みとして繰り返しているのだ。
また、ヒロインの女神官や美しくも気の強い妖精弓手(ハイエルフ)、カンフー映画の老師を思わせる鉱人道士(ドワーフ)、ユーモラスな求道者である蜥蜴僧侶(リザードマン)。彼らゴブリンスレイヤーの仲間にも、この作品では特定の名前がつけられていない。オンラインゲームにおける「ジョブ」(職業)の考え方を、そのまま物語に落とし込んでいるからなのかもしれない。だが、それ以上の意味もあるように思える。
世界を救うようなヒーローは、世界全体の危機に興味があっても、「たかが」ゴブリンなどには目もくれないだろう。ゴブリンスレイヤーたちは、ヒーローとしてではなく無名のうちに生きる人間の一人としてゴブリンを殺しているのだ。
深夜アニメに生き続ける大衆活劇の精神
くだらなく、安っぽく、ご都合主義かつワンパターンで、お客さんに媚びるためだけのお色気シーンや残酷シーンがてんこ盛り……そう評されても仕方のない作品が深夜アニメに山ほどあるのは、否定できない事実だろう。
しかし昔の大衆娯楽活劇映画も、そうやって大衆に愛されてきた。人々をその時々で満足させたのは、例えるならミシュランで星がつくような高級料理ではなく、舌を喜ばせるためだけに料理された街の食堂で提供されるカレーライスのようなもの。
深夜アニメの世界は、カレーライスを提供する食堂だ。そこには、高級でなくとも喜びに満ちた、通俗の匂いが漂っている。時には「ゴブリンスレイヤー」のようにスパイスの効いた新メニューも生まれ、それこそミシュランで三つ星を獲得するような有名シェフの、成長の場になったりもする。
「ゴブリンスレイヤー」は、深夜アニメならではの味わいもぜひ満喫してほしい。ゲームさながらの冒険やバトルや魔法、いかにもアニメ的なキュートで健気なヒロインたち。とりわけ女神官の魅力は、人気アイドル声優である小倉唯の、独特な愛らしさを持つ声あってのものだろう。ドラマを構築するのは、倉田英之と黒田洋介という、アニメファンにはよく名を知られたベテラン脚本家の二人。テレビ版を一通り視聴して、お気に入りのキャラクターや声優を見つけてから映画館に行けば、より楽しめることは間違いない。
テレビ版には、非常に印象に残るシーンがある。ある人が、ゴブリンスレイヤーを評してこんなふうに言うのだ。ゴブリンスレイヤーにも、いつかは年老いて衰える時が来るだろう。ついにはゴブリンを殺せなくなり、負けて殺されてしまうかもしれない。彼自身、そのことはよくわかってはいるものの、今の生活をやめる方法がわからないのだ。
テレビ版の終盤、ある朝の見回りで、ゴブリンスレイヤーはついに数え切れないほどのゴブリンの足跡を牧場の周囲に見つける。作中の世界で信仰されている神の振るダイスを、ゴブリンスレイヤーは決して信じない。運を天に任せることなく、あくまでも職人的な態度で、恐るべき災禍に立ち向かおうとする。本作が職人気質なドイツで特に高い人気を誇っていることに、何となくうなずけるものがある場面だ。
それでもゴブリンスレイヤーは戦い続けるだろう。いつかは年老い衰え、倒れてしまうその時まで。
【メインスタッフ】
原作:蝸牛くも(GA文庫/SBクリエイティブ刊)
キャラクター原案:神奈月昇
監督:尾崎隆晴
シリーズ構成・脚本:倉田英之
脚本:黒田洋介
キャラクターデザイン:永吉隆志
音楽:末廣健一郎
アニメーション制作:WHITE FOX
【声の出演】
梅原裕一郎
小倉唯
東山奈央
井口裕香
内田真礼
中村悠一
杉田智和
日笠陽子
松岡禎丞
映画『ゴブリンスレイヤー GOBLIN'S CROWN』は2月1日より公開