『フォードvsフェラーリ』勝ち目のない相手に立ち向かう男たちの友情が心に染みる名作
第92回アカデミー賞
今年のアカデミー賞で作品賞を含む4部門にノミネートされた『フォードvsフェラーリ』。全米批評家サイト Rotten Tomatoes で批評家の支持率92%、観客の支持率98%と作品として高く評価(1月30日時点)されただけでなく、全米では興収1億1,000万ドル(約121億円、1ドル110円計算)を超える大ヒットを記録している。マット・デイモンとクリスチャン・ベイルという二大スターの共演が大きな見どころの実話を基にした人間ドラマだが、脚本、演出、撮影、美術、どこをとっても文句なしの出来栄えだ。特にアカデミー賞にノミネートされた編集やサウンドデザインは秀逸で、リアルで緊迫感溢れるレースシーンを生み出している。(文・細谷佳史)
物語の舞台は1960年代。アメリカの大手自動車メーカーのフォード・モーター社は、若い世代にアピールするブランドイメージを狙って、ル・マン24時間レースで4連覇中だが経営危機に陥っているレース界の帝王フェラーリの買収に乗り出す。しかし、その買収に失敗し、フェラーリの創始者エンツォ・フェラーリに「偉大な祖父(ヘンリー・フォード)には遠く及ばない」と侮辱されたヘンリー2世は、「ル・マンでフェラーリに勝つ」と決意。
ル・マンでの優勝経験を持つドライバーでスポーツカーデザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)に、90日間でフェラーリに勝てるレーシングカーを作ることを依頼する。シェルビーは、偏屈だが腕は抜群のドライバー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)をチームに招き、短期間でフェラーリに勝てる車作りに挑む二人だが、敵はフェラーリ以上に、大企業にうごめく政治や人々の思惑であることに気づかされる。
監督のジェームズ・マンゴールドは、アンジェリーナ・ジョリーがオスカーの助演女優賞を受賞した『17歳のカルテ』(1999)やリース・ウィザースプーンが主演女優賞を受賞した『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005)など、役者の演出で定評があるが、本作でもデイモンとベイルから見事な演技を引き出している。マンゴールドとの仕事は『3時10分、決断のとき』(2007)以来二度目となるベイルは特に見事で、今回主演男優賞にノミネートされなかったのはなんとも残念だ。
先日の全米俳優組合賞(SAG賞)で、主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスも受賞スピーチの中で、ベイルに向かって、「あなたの役への取り組み方は僕の夢だ」と絶賛したが、今回もサーキットでプロのレーサーのテクニックを学び、孤高の天才ドライバー、マイルズを体全体で見事に具現化している。
当時のル・マンやレースの世界を忠実に再現した映像も見応え十分だが、本作を映画としてより印象深いものにしているのは人間ドラマだ。映画は単なるレース映画を超えて、個人対会社というテーマを扱いながら、組織と相容れない二人の男たち、シェルビーとマイルズの友情を描く。また、決してハッピーエンドとは言えない結末が、人生の深遠さと切ない余韻をもたらし、本作を2019年公開作品の中で忘れられない1本にしている。
映画『フォードvsフェラーリ』特別映像