『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』リアルとファンタジーが絶妙に混じった、タランティーノならではのおとぎ話
第92回アカデミー賞
「昔、昔、ハリウッドで」とは、なんと的を得たタイトルだろうか。この映画は、まさにおとぎ話。思い出というのは往々にして美化されがちだが、クエンティン・タランティーノは、それを意図的に、極端な形でやってみせる。(文・猿渡由紀)
振り返るのに彼が選んだ日は、1969年8月8日。この日の深夜、日付が翌日に変わる頃に起きたシャロン・テート殺害事件は、永遠に消えない傷をハリウッドに残すことになった。これを境に、ハリウッドの無邪気さが失われたとも言われている。しかし、この事件について20年も調べた記者トム・オニールが昨年出版した「Chaos: Charles Manson, the CIA, and the Secret History of the Sixties」にもあるように、それは決して正しくない。ドラッグまみれのハリウッドは、その前からダークで邪悪だったのだ。しかし、タランティーノはあえてそこは無視。あくまで天真爛漫な無邪気さを強調してみせる。
それを最も象徴するのが、マーゴット・ロビー演じるテートのキャラクターだ。若手女優の彼女は、新鋭監督ロマン・ポランスキーと結婚したばかりで、何もかもが上向き(実際には、テートはポランスキーとの結婚で苦しい思いをしていたのだが、そこにもあえて触れない)。さらにタランティーノは、隣に架空のキャラクター、リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)が住んでいるという設定にして、夫妻の幸せぶりをより強調する。
落ち目になりつつあるテレビ俳優のダルトンと、今注目のふたりは、文字通り、塀をひとつ隔てた距離。それは、ほんのちょっとしたことで向こう側に行けるハリウッドのメタファーでもある。
最初から何もかもを手にした幸せな主人公ではおとぎ話は進まないが、今作でも、主人公はダルトンの方だ。彼の苦労を描くべく、映画は、前半で「その日」の半年前の1日を取り上げ、後半で「その日」へと移る。そうすることで、当時の俳優の日常を見せるのも、タランティーノの狙い。
その中では、あの時代ならではの、スタントマンと俳優の強い信頼関係も描かれる。ブラッド・ピット演じるスタントマン、クリフ・ブースは、ダルトンの仕事上のパートナーで、親友で、ある意味、運命共同体。ダルトンに仕事が来なくなれば、ブースも同様に失業するのだ。ゴールデン・グローブの受賞スピーチで、ピットがディカプリオに向けて「君と一緒にいつでもイカダに乗るよ」と言ったのを、『タイタニック』(1997)に引っかけたと感じた人は多かったが、今作の彼らの関係にも触れていると思われる。
ブースが事件の半年前にカルト集団のリーダー、チャールズ・マンソンや彼の“家族(マンソン・ファミリー)”と接点をもつようにしたのも、実にお見事。マンソンらが住んでいたスポーン・ムービー・ランチは、今作に出てくるとおり、実際に過去には映画の撮影に使われていた場所とあり、展開としては自然なのである。だが、「その日」に再会する時、そこで起こることは、現実に起こったこととは違う。おとぎ話なのだから、こちらの方がずっとふさわしい。
マンソン事件は日本人にとってなじみがないため、気付きにくいかもしれないが、ここに出てくる“悪者”たちも、実在の人々とかなりのそっくりさんである。タランティーノは、そこにも細心のこだわりをもって挑んでいるのだ。そんなふうに、リアルとファンタジーを両立させ、さらにノスタルジアとロサンゼルスへの愛を盛り込んだのが、今作。こんな映画を作れるのは、タランティーノ以外、誰もいない。
彼が残りの人生であと1本しか映画を作らないのだとしたら本当に残念だが、こんな傑作を見せられた後は、その最後のひとつがどんなものになるのか、ますます期待が高まるというものだ。
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映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』予告編