平成のキャッツ・アイ!衝撃の実話
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令和のキャッツ・アイと呼ばれる事件がメディアを騒がせたのは、つい最近のことだ。何事かと思ったら、2人組の女がホストクラブの従業員に薬物を盛って金品を盗んだ話だった。いかにも起こりそうな犯罪だが、スケールはあまり大きくない。痛快度も低い。
それに比べると、映画『ハスラーズ』で取り上げられた事件は、ずっと線が太い。標的はウォール街の富裕層だし、出てくる女たちは華やかで、度胸と気前がよい。女同士の絆も固く結ばれている。面白いぞ、この映画は。(文:評論家・芝山幹郎)
モデルは実在のストリッパー
『ハスラーズ』は実話をもとにした映画だ。2015年12月、ニューヨーク・マガジンにジェシカ・プレスラーの書いた記事が掲載された。題名は「The Hustlers at Scores」。ハスラーとは山師とかぼったくり屋とかいった意味で、スコアーズはストリップ・クラブの名前だ。プレスラーは、この事件の首謀者と目されたストリッパーのサマンサ・バーバッシュという大姐御に取材している。
ブロンクス生まれのバーバッシュは、19歳からダンサーの道に足を踏み入れた。現在は40代中盤。“アンジェリーナ・ジョリーの唇と、クレオパトラの黒髪と、ジェシカ・ラビット(漫画『ロジャー・ラビット』に出てくる超曲線美の女)のボディライン”を誇り、絶好調のときには、一回で8万ドルの買い物をしたり、一夜のパーティで10万ドルを散財したりしたこともあったらしい。当人にいわせると、金持ちのお友だちがすべて払ってくれたそうだから、にやりとしたくなる。
そんな彼女をモデルにしたのが、ジェニファー・ロペスの扮するラモーナというラテン系のストリッパーだ。尻も腰も男の夢というゴージャスな肉体の持ち主で、無敵のポールダンスを見せる。ただ、彼女の磁力は、セクシーとかエロティックとかいったありきたりの形容を超える。身体の奥底から光り輝くカリスマ性が強烈で、姿を見せるや否や、しけた空気を一掃してしまう。
新たな視点でウォール街を描く
そんなラモーナを慕って妹分になるのが、中国系のデスティニー(コンスタンス・ウー)だ。ふたりともアメリカでは少数民族で、シングルマザーという共通点がある。黒人のメルセデスや白人のアナベラが仲間に加わると、映画はロビン・フッドのストリッパー版ともいうべき匂いを漂わせはじめる。ウォール街の連中が人々から掠め取った金を、わたしたちが取り戻すのよ、という言い分が、彼女たちを支えている。
そう、『ハスラーズ』は、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)や『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)の系譜に連なる一種のピカレスク・ロマンだ。前者は、貪欲で精力的な狼の群れの狂態を、針の振り切れた描写でとらえていた。後者は痛烈なコメディーで、サブプライム・ローンのブームを冷静に見据えた相場師たちが暴落時に空売りで大儲けする姿を、苦味混じりの辛辣なタッチで描いている。
『ハスラーズ』でも、2008年9月に起こったリーマン・ショックが分岐点になっている。ただ、ここではがらりと視点が変えられている。主役は金融界の獣たちではなく、豪華な肉体を誇るストリッパーたち。あの暴落で一度は散り散りになった彼女たちが再結集するのは、2011年のことだ。
度胆を抜かれる犯行の手口
ラモーナの発案で、彼女たちはしつこく生き延びたウォール街の富裕層を狙う。武器は薬物だ。ケタミンで記憶を奪われ、MDMAでテンションを上げられた男たちは、ストリップ・クラブの個室で酩酊し、クレジットカードから大金を引き落とされる。カモにされた事実を隠したい男たちは、だれひとり訴え出ようとしない。そこがラモーナの狙い目だ。
かくて映画は、犯罪ドラマとコメディーの両輪をフル回転させていく。1978年生まれの女性監督ローリーン・スカファリアは、マーティン・スコセッシの流儀を強く意識している。ジャネット・ジャクソンやフィオナ・アップルの楽曲を素早く裁ち入れ、長い移動撮影を駆使してストリップ・クラブの空間を観客に触知させるのだ。さらにいうと、製作側にまわったウィル・フェレルやアダム・マッケイといったコメディーの世界の曲者たちがあちこちに黒い笑いを練り込み、映画にスパイシーな起伏や変化をもたらしている。
大ヒットを支えた「個の力」
これだけ手の込んだ調理をすれば、映画のヒットも当然だろう。『ハスラーズ』は約20億円の製作費で、2020年1月現在、150億円を超える興行収入を叩き出している(全米だけで約110億円)。
話の面白さもさることながら、映画のダイナモとなったのは、歩くハリケーンのようなジェニファー・ロペスの存在だろう。女の絆や弱者の逆襲といった視点で読み取ることも可能な作品だが、彼女の肉体から放たれる暴風は、図式的な考察をいっぺんに吹き飛ばす。ロサンゼルスやオースティンの映画批評家協会がこぞって助演女優賞を贈ったのは当然の結果で、もっと高い評価を受けてもおかしくはなかった。この人は大丈夫、なにがあっても前向きに生きていける。そう感じさせる個の力が映画の隅々にまでみなぎり、観客を励ましてくれるのだ。
映画『ハスラーズ』は2月7日公開 公式サイト
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