『1917 命をかけた伝令』ロジャー・ディーキンス撮影監督インタビュー~驚愕の“全編ワンカット”をどう成し遂げたか
第92回アカデミー賞
119分の本編が途切れることなくワンカットに見える映像で、リアルタイムで進行する驚愕の戦争映画『1917 命をかけた伝令』。確固としたビジョンを持ったサム・メンデス監督の難題に答えたのは、『ブレードランナー 2049』でアカデミー賞撮影賞14度目のノミネートにして初受賞を果たした名撮影監督ロジャー・ディーキンスだ。ディーキンスがインタビューに応じ、第1次世界大戦が苛烈を極めていた1917年を舞台に、2人の若きイギリス兵(ジョージ・マッケイ&ディーン=チャールズ・チャップマン)の壮絶な旅を、いかにして“ワンカット”で撮り上げたのかを語った。(編集部・市川遥)
主演2人と行った徹底的なリハーサル
Q:徹底的に行ったという準備、リハーサルについて教えてください。
サム(・メンデス監督)と一緒にコンセプトについて、そしてそれに対してどう取り組んでいくかについて簡単に話し合ってから、主演のジョージとディーンと共にリハーサルをやったんだ。何もない更地に目印を付けて、土砂降りの雨の中でリハーサルを始めたんだが、それは我々がやろうとしていることが一体どんな感じになるのかを把握するためだった。そこから徐々に構築していって目指すショットに焦点を絞り、塹壕の長さ、それがいかにくねくねと続いていくかといった構造を決めていった。
そして農家の場面のロケ地であるソールズベリー(イングランド・ウィルトシャー)の平原に行き、再び俳優たちと一緒に、今度は実際に使うことを想定したカメラリグ(カメラにモニターやマイクなどの補助機材を付けるための装置)を使ってリハーサルした。撮影はしてみたが、そこにセットはなく、杭を立てて仕切っているだけの状態だ。
それからそれらを取り除いて実際に俳優たちが通る道を建設できるようにし、果樹園でセリフを言うのにどれだけ時間がかかるか、監督が希望する農家までの距離はどれくらいなのか、といったこと全てを緻密に決めていった。そうしておけば、実際の撮影が簡単になるとまでは言わないが、全員が何をすべきか理解した上で行える。どの機材を使うかといったことはあらかじめ全て計画しておき、俳優たちと共に全てのショットのリハーサルをした。タイミングなどが全て反映されたセリフになったから、俳優たちは「このタイミングでこの位置にいなければならない」といったようなことを意識しなくてよかったんだ。
Q:特に大変だったことは?
全てだよ(笑)。ただ、前もってリハーサルできないこともあった。例えば、塹壕は完成前だったから、その中での俳優とのリハーサルは撮影当日までやらなかった。全てが難しかったが、使える時間は結構あったね。撮影初日は天気が良かったから、かなりリハーサルをやった(※太陽や雲の位置が違うとショットのつながりが失われるため、本作は曇り空の時しか撮影できなかった)。撮影初日なのに撮影しないから、心配になった人たちもいたようだった。実際わたしも心配になったが、2日目は曇り空だったから撮影ができたよ。
“ワンカット”だからといってやる仕事は変わらない
Q:本作をワンカットに見えるように撮りたいとメンデス監督に初めて言われた時、どう思いましたか?
彼はそう言ってくれなかったんだ。送られてきた脚本の表紙にそう書かれていただけだった。最初はタイプミスか、そういう表現を使っているだけなのかと思ったんだが、脚本を読むと“常に動いていくリアルタイムの物語”という彼の意図が明確になった。良いアイデアだと思えたよ。その時点では技術的なことはあまり考えていなかった。それまでにも一部長回しということはやったことがあったが、映画全体がそうである作品はなかった。
Q:それによってあなたの仕事はどう変わるものなのですか? ワンカットであると感じられるものにするためには?
何も変わらないよ。考えることは同じで、「カメラはどこに配置すべきか? それぞれの瞬間、カメラは俳優とどういう関係であるべきか」ということだからね。ただ、そうしたことはほとんどの作品では撮影当日に考えるところを、本作では撮影前に全て、あらかじめやっておかなければならなかった。
Q:いつも俳優とは密接に仕事されるのですか? もしくは本作でより密接に仕事をなさったのでしょうか?
いつもとても密接だが、俳優次第でもある。そのプロセスに関わりたくないと考える俳優もいるから。ただ本作ではそうしなければならなかった。幸いジョージとディーンのスケジュールをプリプロダクションの期間、ずっと確保できたから、リハーサルを入念に行えた。人の手からクレーンへと機材が渡っていき、その後に手持ちで走っていくショット……といった風に機材をテストしているだけの時でさえ、ジョージとディーンは常にそこにいて積極的にやりたがっていた。代役とやっていたんだが、彼らはいつも「いや、自分たちがやるよ。やりたいんだ」と言っていたね。全員がそのショットをうまくやるために、何をすべきかという共通認識が生まれるから、あれは良かったよ。楽しかったね。
毎ショット15~40テイクもやっていた!
Q:本番では想定通りにいったのでしょうか?
通常の映画では、あるショットの撮影をしていて何か不具合があれば、監督に「この箇所はもう撮影し直せないが、冒頭の部分はどうしても使いたい。どうすればいいだろう?」と言われることになる。そこで、その瞬間を繋げる別のショットを撮るわけだが、本作ではそれができなかった。7分間のショットのうち6分あたりで何かが起こったら、意気消沈したよ。つなぐことはできず、また最初からやり直しとなるからね。
Q:最も長いテイクはどれだったのですか?
おそらく9分ほどだったと思う。
Q:何テイク位やったのですか?
大体、全てを15から40テイクやった。かなりあるよ。
Q:毎ショットそうだったのですか?
走って逃げながら背後で爆発が起きるというシーン以外では、そうだったね。というのも、それだけ何度も繰り返すだけの爆発物がなかったからなんだ。特殊効果を装填し直すには時間がかかりすぎるから、フルの爆発は4テイクでやった。
Q:あのシーンではジョージと、駆け出してきた兵士がぶつかりますよね? あれは予定になかったのでしょうか?
あれは幸運な事故だったよ。そういうのはあまりなかったが、その中の一つだった。ジョージが走り続けただけでなく、カメラを乗せた車が、ジョージがスピードを落としたことに反応して、俳優とカメラ担当がまるでバレエを踊っているかのようになった。あれは素晴らしかったね。
Q:カメラは合計で何台使ったのですか? 新しいカメラを使ったそうですね?
アリフレックスが数年前に発売したアレクサという大型カメラを使いたかったんだが、あまりに大きすぎた。2018年8月のことだったが「そのミニバージョンを作る予定はないか」と尋ねたら、「将来的にはそうする予定だが、まだ先になる」と言われた。そこで「2月までに開発してくれないか?」と頼むと、撮影開始までに3台のプロトタイプを作ると保証してくれた。わたし用、別のリグでのテスト用、そしてバックアップ用と3台必要だったんだ。少なくとも1台はダメにしてしまうのではないかと思ったからね。カメラオペレーターが何度か転倒したことがあったが、彼らもカメラも失うことにならず良かったよ。機材にとっては物理的に容易な撮影ではなかったね。
2度目のアカデミー賞撮影賞受賞へ
Q:2度目のアカデミー賞撮影賞受賞は堅いと思います。こんな話題を持ち出して申し訳ないですが、そういうことは気になりますか?
いや。
Q:アカデミー賞で認められるのはうれしいものですか?
2年前に(『ブレードランナー 2049』での受賞で)舞台に上がったわけだが、誰もが良くしてくれたので記憶によく残っている。一度か二度ほど一緒に仕事をしたが、その後ずっと会っていなかった人たちが大勢いた。舞台に上がって客席を見渡すと、そんな人たちが喜んでくれていた。それには心を動かされたよ。感動したね。普段はああいう場は好きではないんだ。わたしは内向的で、この仕事をするのは好きなんだが、それ以外のことはあまり気にかけていない。本作は素晴らしい映画だと心から思うからインタビューを受けるのはうれしいし、少しでも多くの人に観てもらいたいと願っているが、やはりわたしはカメラの陰で仕事をしている方が性に合っているよ。
映画『1917 命をかけた伝令』は2月14日より全国公開
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