50歳にして全盛期!ジェニファー・ロペスというドえらい女優のキャリアを再評価
50歳にして全盛期を迎えつつあるジェニファー・ロペス。歌手としても2020年スーパーボウルのハーフタイムショーが大絶賛され、映画『ハスラーズ』では久しぶりに女優として本領を発揮。素晴らしい演技を披露したが、なぜかアカデミーの主演女優賞からもれてしまった(本国でも疑問視されている)。そこで今回は勝手に抗議する念を込めて、女優ジェニファー・ロペスというドえらい人物のキャリアを再評価していきたい。 (加藤よしき)
その女、ジェニファー・ロペス~女王の帰還~
世代によってはジェニファー・ロペスに女優のイメージがまったくない人もいるかもしれない。これは仕方がないことだ。歌手として世界中で売れまくっているし、先に書いた通りスーパーボウルのハーフタイムショーという全米エンタメ界の最高峰に立っている。1999年のデビューアルバムは売れまくりで、2011年にもイイ意味で三下感のあるラッパー、ピットブルをフューチャリングした「On the Floor」が大ヒット。文句なしにスーパースターである。しかし、そもそもジェニロペの最初のブレイクは女優業であり、歌手としてのデビューは女優として成功した後だった。
女優からバックダンサーまで、何でも来いの下積み時代
ジェニロペのキャリアは意外に長い。物心つく頃から歌と踊りを学び始め、18歳で映画デビューするが、そこから長い下積み時代を経験することになる。女優としての仕事の他にジャネット・ジャクソンやボーイズグループのニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックなどのバックダンサーもやっていたという。やがて女優業が軌道に乗り始めると、1997年、つまり映画デビューから約10年を経てブレイクを果たすのだが、それは鉄火場のような現場だった。
伝記から人食いヘビまで、ジェニロペの夜明け
ジェニロペは1997年に1本の映画に主演する。1995年に23歳で殺害されたメキシコ系アメリカ人歌手セレーナ(Selena)の伝記映画『セレナ』(1997年)だ。セレーナは1994年に最優秀メキシカン/メキシカン-アメリカン・アルバム賞でグラミー賞を受賞した人物で、今なおラテン系音楽の伝説である。しかし制作年を見れば分かるように、いくらなんでも映画化には早すぎた。殺された直後の伝記映画なんて、悪い意味で話題性重視の作品と捉えられて当然だろう。さらにジェニロペの人種も問題視された。セレーナはテキサス生まれのメキシコ系アメリカ人だが、ジェニロペはニューヨーク生まれのプエルトリコ系アメリカ人。同じラテン系でもルーツが違う。はたから見れば炎上案件だが、ジェニロペは勝負に出た。そして結果は……成功に終わった。普段は幼さの残る少女でありながら、歌と踊りで観客を熱狂させる若き歌姫を熱演。特に下積み時代のおかげでステージ上の振る舞いは完成されていた。しかも『セレナ』と同じ年、ジェニロペは『アナコンダ』(1997年)に出演。タイトル通りアナコンダに襲われるパニック映画で、こっちはこっちでヘビ映画の金字塔になった。片や実際の悲劇を取り扱った極めてセンシティブな作品、片やジャングルでアイス・キューブと一緒に大蛇と格闘する作品。
まるで両極端な映画をモノにしてしまうあたり、女優としての強さが垣間見える。翌年にはスティーヴン・ソダーバーグが手がけた『アウト・オブ・サイト』(1998年)に銀行強盗(ジョージ・クルーニー)と恋に落ちる捜査官役で出演。偶然出会った男に一目惚れするキュートさ、暴漢を警棒で秒殺するクールさ、女だからと捜査に加えて貰えないことに毅然と立ち向かうパッション、その全てをジェニロペは絶妙なバランスで演じ切った。映画もヒットし、女優としての地位を確立した……かに見えた。
揺れる女優としての評価、けれど忘れない初心
女優としての評価を固め、さらには1999年には歌手デビューも果たしたジェニロペ。しかし、ここで予想外のことが起きる。先に書いた通り歌手としてメチャクチャ売れてしまったのだ。デビューアルバム「On The 6」はアメリカだけでCD売り上げ300万枚、シングル「If You Had My Love」は5週連続で全米1位を記録した。おまけに香水事業も大成功と、「こち亀」の両津さんのような大成功。
その一方、映画ではアナコンダと戦っていた頃の武闘派要素が薄れ、圧倒的にロマコメが多くなっていく。これは彼女がポップスターの立ち位置になった影響が大きいだろう。もちろん『ウェディング・プランナー』(2001年)や『メイド・イン・マンハッタン』(2002)などもあったが、それはそれとして、当時の交際相手だったベン・アフレックとの過度な愛の産物『ジーリ』(2003年)といった正直しんどい映画にも多々出演し、徐々に女優としては勢いが衰え始める。
しかしジェニロペは女優業も諦めなかった。最初のブレイク作『セレナ』で、主人公のセレーナは「女だから」「メキシコ系だから」といった差別・偏見と闘ってゆく。ジェニロペは『セレナ』の初心を忘れず、『セレナ』の後も差別や偏見と戦う役も演じ続けた。『ボーダータウン 報道されない殺人者』(2008年)はメキシコ/アメリカの国境地帯で起きる連続殺人を追う社会派サスペンスで、ジェニロペ自身がプロデュースも担当。DVを題材にしたサスペンス『イナフ』(2002年)では、夫の暴力に対抗するためイスラエルの護身術クラヴ・マガを習得する妻を演じる。こうした武闘派のにおいがする仕事では、やはりジェニロペは輝いて見えた。今になって思えば、あの頃のジェニロペはロマコメをシノギにしつつ、時に武闘派の役を演じたり、現実でバブリーに生きることでメッセージを発していのかもしれない。結婚と離婚を繰り返し、裁判やギャラで揉めたこともあった。しかし、どんな悪評が立とうと「やりたいようにやる」という美学は一貫している。まさに人生の酸いも甘いも乗り越えて、ジェニロペは1本の映画に辿り着いた。『ハスラーズ』だ。
アイコン化する可能性も?『ハスラーズ』は最強のハマり役!
『ハスラーズ』はストリッパーの犯罪を描いた映画だ。彼女らは結託して男に薬を盛り、意識を混濁させて金を使わせまくった。次第にストリッパーたちは組織となり、ちょっとしたギャングのようになる。ジェニファー・ロペスが演じるのは、この組織のリーダーであるラモーナだ。物語は新米ストリッパーのデスティニー(コンスタンス・ウー)が、ラモーナに弟子入りするところから始まる。ラモーナはカリスマ的なダンサーであり、人生経験が豊かで、義侠心が厚く、敵とは徹底的に戦う。ただし放送禁止用語を連呼するし、金遣いも豪快すぎて、他人に甘すぎる面もある。やっている犯罪も微妙に地味だし、決して完璧でカッコい悪女でもないが、それゆえにカッコいい。登場シーンのポールダンスは圧巻だが、その後に寒空のニューヨークの屋上で一人、ストリップ衣装に毛皮のコート姿でタバコをふかすシーンが最高だ。こんなシーンが似合う女優はそうそういない。ダンスの達人や武闘派の側面、ド派手な私生活といった、これまでのジェニロペの女優人生&歌手人生を総括しつつ、さらに主人公を導く師匠のポジションを得たのも画期的だった。前述の屋上のシーンで、ストリップ衣装のままの主人公を「寒いだろ、入りな」と、自身の毛皮にそっと導くシーンは50歳の彼女だからこそ演じられた名シーンだろう。
武闘派全面解禁! ジェニロペよ、どこへ行く?
本作は明らかにマーティン・スコセッシのギャング映画的な作品だが、ラモーナには同じギャング映画でも『スカーフェイス』(1983年)のトニー・モンタナのような、完璧じゃないからこそのカッコよさがあった。ちなみにトニー・モンタナを演じたアル・パチーノも、当時はゴールデン・グローブ賞ノミネートで終わっている。しかし現在のトニー・モンタナの扱いはどうだろうか? 単なる映画のキャラクターを超えて、完全にポップカルチャーのアイコンである。これは完全に憶測だが、本国での熱狂ぶりを考えるに、ラモーナがトニー・モンタナのようなアイコンにまで神格化される可能性があるように思う。いつかラモーナを使ったTシャツやポスターが巷に溢れるような気がしてならない。もしもそうなったら、それはアカデミー賞よりもずっと価値があるはずだ。50歳にして新たな代表作を得たうえに、武闘派の側面を全面解禁した今、これからの活躍が楽しみでならない。女優ジェニファー・ロペスの本当の闘いは、まだ始まったばかりである。なおジェニロペの次回作は、ライブ中に彼氏の浮気を知って、ヤケクソになって観客と結婚するポップスター役らしい。期待が膨らむばかりである。