『弥生、三月 君を愛した30年』波瑠 単独インタビュー
わたしにとって、弥生は希望
取材・文:早川あゆみ 写真:高野広美
ドラマ「家政婦のミタ」「同期のサクラ」などの作品を世に送り、大きなヒットに結び付けてきた脚本家・遊川和彦が映画監督として手掛ける『弥生、三月 君を愛した30年』。主演に女優の波瑠を迎えた本作で描かれるのは、運命で結ばれた男女の30年を3月の出来事だけで紡いでいく、怒涛のラブストーリーだ。真っすぐすぎるがゆえに苦しみも多く、多難な人生を歩むヒロインの弥生を演じた波瑠が、初めての遊川作品での経験をはじめ、弥生の生き方への思いなどを率直に語った。
強く求められての決断
Q:今作のオファーを、最初は受けるか迷っていたと伺いました。
そうなんです。わたしが演じる弥生と、その幼馴染であるサンタこと太郎(成田凌)という一組の男女が物語の主軸となるのですが、わたしには背負える自信がありませんでした。今回の作品はとても面白い脚本だと思いましたが、演じるうえで消耗していく部分も多いでしょうし、別の作品のスケジュールの合間に入れられるような簡単なものではないと思ったんです。わたしには無理だというのが最初の正直な感想でした。
Q:そこからどのような気持ちの変化があったのでしょうか?
遊川監督にお会いして「わたしじゃないほうがいいと思います」とお伝えしようと思っていたら、監督から「サンタは成田くん、そして弥生はあなたじゃないとダメなんです」と強く話してくださった。そこまでして粘ってくださる方とやってみたいという気持ちになりました。
Q:遊川監督とは初めてのお仕事ですね。
一緒の作品に入ったことはないですが、面識はありました。(遊川監督が脚本を担当した)連続テレビ小説「純と愛」(2012年度後期)のヒロインを決めるオーディションを受けたときに、わたしのことは知っていただいたんだと思います。
監督からの難しい注文
Q:今回の映画では30年の月日が描かれます。一人の女性の長い人生を演じるのは連続テレビ小説「あさが来た」(2015年度後期)でも経験されていますが、コツみたいなものはありますか?
コツというのは存在しないと思います。(「あさが来た」の)あさはあさで、弥生は弥生ですから。経験があるから何歳までなら大丈夫といった簡単なものではないですし、やはり難しいとしかいえません。
Q:弥生を演じるのに、一番難しかった点はどこですか?
弥生には脚本も担当された遊川監督ご自身の憧れる女性像が投影されていると思います。そこに素晴らしい人間性も加味されていて、遊川さんにとっての“希望”のような存在なんだと思います。もちろんイメージや文章としては、そうした人物像は成り立つのですが、生身の人間でありながら、どこまでも嘘がなくて、狡さもなく真っすぐで愛情深い、という人物を表現するのは難しい。自分はまったくそんな人ではないので、薄っぺらくなってしまいそうで怖いなと感じていました。
Q:演技するなかで、監督からの言葉で印象に残ったことは?
とてもたくさんのことをお話しさせていただきましたが、難しい演出をされる方だなと思いました。理想のかたちやビジョンがはっきりされているので、たとえば「気持ちは怒っていても、顔は怒らないでほしい」というふうにおっしゃるんです。怒ったときは普通、顔も怒るものですが、監督は「それは違うんだ」って強くこだわっていらして。わたしはずっと、気持ちと表情は自然とリンクするものだと思っていたので、そのことを指摘されたのは意外で新鮮な体験でした。まさかそういうことで悩む日が来るとは思わなかったです。
Q:そんななかで弥生という人をどういうふうに作っていったのですか?
日々地道に、弥生を組み立てて演じていくことの積み重ねでした。描かれてない部分を自分の中で想像していったんです。30年といっても、画面に出てくるのは3月のある1日だけで、目には見えない日々のほうが長い。そういう弥生の人生を頭の中で作ってあげることが、一番大事な作業でした。大学生活や仕事など、彼女がどんな毎日を過ごしているのか。表には出てこない自分の中だけの作業でしたが、それをバックボーンにして演技をしていました。
楽ではない人生を選んだ人
Q:この作品には、いつになく悲しそうで切ない表情の波瑠さんがたくさん映っていたような気がします。
わたしとしては、弥生を悲しい人だと思って演じたわけではないのですが、弥生は何一つ楽にはならない人生を選んだ人なので、もしかしたらどこかで常にムッとした顔をしていたかもしれません(笑)。人は、はっきりした信念を持つと、ぼんやりさせておけばわからなかったような、自分にとって許せないものが明確になってしまいます。真っすぐであることや、愛情を人に向けることは、裏を返すと弱さを抱え込むことでもあると思うんです。それはある意味で強いけれど、悲しみや寂しさを感じるきっかけにもなりうると思います。
Q:そんな弥生の生き方を、波瑠さんはどう感じられました?
たとえば弥生は、高校時代に親友が病気になってクラスのみんなは彼女をいじめる。弥生は信念を持っているので、みんなにぶつかっていくわけです。カッコいいし正しいとは思うけれど、やっぱり楽なことではない。ただ、そんな彼女にものすごく共感します。もう少し器用にできることもたくさんあるはずなのに、自分の信念に真っすぐに不器用なほうに向かってしまう彼女の気持ちはよくわかります。ただ、わたし自身に彼女のような勇気があるかといわれると、怯えてしまいます。自分が演じた役なので「わたしにはできない」と切りすてたくないですけど、だからこそわたしにとっても“希望”なんです。
3月には印象深いことが起きる
Q:共演した成田凌さんはどんな俳優さんでしたか?
わたしが言うのもおこがましいのですが、とても柔軟な方だと思いました。人懐っこくて憎めないサンタの役にぴったり合っていたように思います。それでいて、自分の中でこうじゃなきゃという信念もある。不思議なバランスの人という印象です。やることも少し変わっていて、持ち手の重さが5キロもある縄跳びを撮影現場に持ってきて「これが体にいいんです」と言いながら跳んでいらしたんです。でも、撮影中にそんなことをしていたら疲れちゃうので、面白いなあと思っていました(笑)。
Q:完成した作品をご覧になって、どう感じられましたか?
ト書きにあった「カレンダーがめくれるように」というのが、映像としてこんなふうに表現されるのか、などなるほどと思うことが多くありました。人生の30年間の名場面集みたいになっているので、引き込まれて飽きないですし、集中して観てしまう作品でした。ラブストーリーの部分も、そうじゃないところも、まさに激動でした。
Q:タイトルにもある弥生(3月)に、波瑠さんはどんな思い出がありますか?
わたしが事務所に入るきっかけになったオーディションが3月だったんです。あと「あさが来た」のオーディションも3月で、新生活が始まるのが4月という方が多いと思うのですが、わたしの場合は3月にいろんな印象深いことが起こっている気がしますね。
すっきりと真っすぐで、はっきりした物言い。テキパキと質問に答える波瑠は、可愛く美しいのはもちろん、それに加えてカッコいい。シャキッとした態度は、演じた弥生の潔さにも通じるように見えた。「背負えるか不安だった」という謙虚な姿勢は崩さないが、大河ドラマのような壮大な物語の本作に、しっかりと1本の筋を通した表現は彼女でなければできなかっただろう。やはり頼もしく、たくましく、信頼できる女優だ。
映画『弥生、三月 君を愛した30年』は3月20日より全国公開