架空のロンドンに暗躍する少女スパイ!『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第1章』
映画ファンにすすめるアニメ映画
19世紀末の架空のロンドン。壁によって分断されたその世界で、スパイとなった少女たちが暗躍する。2017年に放映されたテレビアニメ「プリンセス・プリンシパル」は、スパイアクションとしての見どころに加え、アニメならではの面白さにも満ちている。全6章を予定する新シリーズ第1章の、4月10日からの劇場公開にあたり、その世界観を伝えたい。(香椎葉平)
【主な登場人物】
アンジェ(CV:古賀葵)
天才的な手腕を持つ少女スパイ。普段は無口で無愛想なうえ、突拍子もない嘘をついて周囲を困惑させることもしばしば。プリンセスとは、ある嘘を通じた絆によって結ばれている。
プリンセス(CV:関根明良)
アルビオン王国の王女。上品で穏やかな性格だが芯は強く、王位継承者とは目されていないものの、国民からの信望は厚い。国家そのものを揺るがしかねない、驚くべき嘘をついている。
スパイ映画さながらの、女子高生を隠れみのとする少女スパイ
スパイ小説の巨匠として知られるジョン・ル・カレによる名作を、マーティン・リット監督によって映画化した『寒い国から帰ったスパイ』(1965)は、ご存じの方も多いだろう。時は冷戦時代、西側スパイである主人公アレック・リーマスは、東ベルリンでの任務を終えてベルリンの壁を乗り越えようとした最後の瞬間、それを果たせず銃弾に倒れた。スパイであるのと同時に、ひとりの人間であったがゆえに、嘘をついて恋人となった女性を置き去りにすることができず、壁を乗り越えるのをためらってしまったのだ……。
今回紹介する「プリンセス・プリンシパル」も、壁によって分断された世界の物語だ。ただし、こちらの舞台は架空のロンドン。かつてのローマ帝国にも比肩するほどの勢力を持つ、アルビオン王国の首都だ。王国はいまだ世界に冠たる栄光を誇りながらも、革命によってアルビオン共和国と分裂。2つの国は対立しつつ、壁によって隔てられている。壁とは、物理的なものばかりではない。身分や出自などの社会的な壁に、対立を続ける人間同士の心の壁。そんな壁を乗り越えるだけでなく、いつか自らの手でなくしたいと心に期すのがアルビオン王国の王女プリンセスだ。
彼女は、運命に翻弄されて自らの身の上を嘆くだけの、か弱いお姫様ではない。転落の過程で崇高な愛に目覚める、マリー・アントワネットとも似ていない。ひたむきに信念に導かれていく、ジャンヌ・ダルクとも違うだろう。手の中にあるのは、ただひとつの大きな嘘。アンジェをはじめ女子高校生を隠れみのとする4人の少女スパイと出会った彼女は、冷徹な陰謀と策略の世界に自ら身を投じていく。
スパイとして生き残るための嘘と、人間として生きるための真実。『寒い国から帰ったスパイ』のアレック・リーマスは、いわば真実に足をすくわれて死んだが、アンジェやプリンセスを縛るのは、真実だろうか、それとも嘘の方だろうか。4月10日から第1章が劇場公開される『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』シリーズの結末には、それが描かれているのかもしれない。
英国が下敷の舞台設定、ジェームズ・ボンドのように貴族的で優雅なスパイ
イギリスには古くから、国際的に活動する諜報員を、エリートが国家への奉仕として行う高貴な仕事とみなす伝統があるようだ。『007』シリーズのジェームズ・ボンドが、どんなに破天荒でも貴族的な優雅さを失わないのは、この伝統によるものだろう。上流階級の子弟が集う寄宿学校では、今でも実際に諜報組織によるスカウト活動が行われているのではという話もある。「プリンセス・プリンシパル」の5人の少女スパイが、伝統と格式ある名門クイーンズ・メイフェア校に在籍しているのも、これらの背景によるのだろう。
スパイ組織「ケンブリッジ・ファイブ」(イギリスで諜報活動をしていたソ連の5人のスパイ)の中心人物キム・フィルビーのように、イギリスを中心とするヨーロッパの上流階級には、実際に自ら諜報組織と関係していたり、諜報員として活動していた者が少なくないということも、作品には反映されているのだ。
闇の世界で活動する女性スパイというのも、決して荒唐無稽ではなく、むしろ現実のヨーロッパの歴史に即したものだ。代表的な存在といえば、やはりマタ・ハリだろうか。第一次世界大戦中に活動したマタ・ハリは、女性としての妖艶さで敵を翻弄したと語り伝えられる。「プリンセス・プリンシパル」の少女スパイの一人・ドロシーも、与えられたミッションを成功に導くため同じ手を使う。
なぜ、「プリンセス・プリンシパル」では女性ではなく少女なのか。身命を賭した奉仕や使命という言葉は、純粋ゆえ精神の貴族たらんとする少女たちにこそ、より似合うからだろう。アンジェとプリンセスの関係が帯びる、いわゆる百合の雰囲気もそうだ。ちなみに、この百合というのは決してアニメオタク的な妄想ではなく、戦前の日本の一部の女学校などにも精神的な女性同性愛の色合いを持つ誇り高きシスターフッドが存在していたらしい。
イギリスを下敷きとした舞台で、少女スパイたちの生活の場に上流階級の集う寄宿学校を選ぶのが、どれだけリアルな設定か、おわかりになっていただけるだろうか。「本物と見分けがつかない」という意味のリアルではなく、「これが本物であってもおかしくない」という意味でのマジックリアリズム(非現実的なことを現実的に描く手法)だ。この現実感をベースに、架空の歴史という嘘、スチームパンクという名の嘘、少女スパイたちが物語の中でつく嘘を、華麗に織り重ねていった時、作品は驚異の本格少女スパイアクションとして完成される。深夜アニメならではの奔放な面白さをふんだんに持ちながらも、それを軽々と超える、度肝を抜くエンターテインメントと言っていいだろう。
完成されたアニメーション美術にも注目
シャネルブランドの創設者でもあるココ・シャネルが、第二次世界大戦中のナチス占領下のフランスで、ドイツ諜報部と関わりを持っていたことはよく知られている。彼女の生涯は、シャーリー・マクレーン主演の伝記映画『ココ・シャネル』(2008)にもなった。ヨーロッパにおける女性スパイの物語は、美しくもほの暗く、悲劇的なロマンのようなものを色濃く帯びている。
「プリンセス・プリンシパル」では、その暗いロマンまでも再現することに見事に成功している。妹思いの優しい裏切り者を、殺さないと嘘をつきながら撃ち殺す、アンジェのまなざしにそれはある。あるいは、人生に失敗して虐待者となった父親を憎みきれず、彼が死んだことを知らされないまま、ようやく父娘で幸せになれると喜ぶドロシーの姿にも垣間見える。
また、超絶技巧で架空のロンドンを現出させる、アニメーションの背景美術にも注目してほしい。アニメファンにすら注目されることの少ない分野だが、本来、アニメーション映像のクオリティーは美術が決定づけるとも言われている。これがなければ、本作のマジックリアリズムも成り立たないだろう。数々の傑作アニメで設定考証を手がける白土晴一のリサーチャーとしての腕前が、どんな形でどこまで反映されているのか、新シリーズでも大いに注目したいところだ。
他にも、音楽の梶浦由記、音響監督の岩浪美和をはじめ、制作スタッフには、現在のアニメーション業界を牽引する第一人者が顔をそろえる。キャラクター原案は、超人気イラストレーターの黒星紅白。クールさとキュートさが同時に求められる本作のキャラクターは、この人の原案でなければならないと、映像を観ればわかるはずだ。
この作品でもう一つ、忘れてはならないキーワードは「チェンジリング(取り替え子)」だ。チェンジリングは、ヨーロッパを中心に古くから伝わる、人ならざる存在に子供がさらわれ、代わりに別の子供が置き去りにされるという民間伝承。詳細は物語の核心に触れることになるので語れないが、テレビ版を見れば、誰もがこう考えるだろう。どちらの子供がさらわれ、どちらが置き去りにされたと言えるのか、と。『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』シリーズの結末で確かめてほしい。
【メインスタッフ】
監督:橘正紀
シリーズ構成・脚本:木村暢
キャラクター原案:黒星紅白
キャラクターデザイン:秋谷有紀恵、西尾公伯
総作画監督:西尾公伯
コンセプトアート:六七質
メカニカルデザイン:片貝文洋
リサーチャー:白土晴一
設定協力:速水螺旋人
プロップデザイン:あきづきりょう
音楽:梶浦由記
音響監督:岩浪美和
美術監督:杉浦美穂
美術設定:大原盛仁、谷内優穂、谷口ごー、実原登
色彩設計:津守裕子
HOA(Head of 3D Animation):トライスラッシュ
グラフィックアート:荒木宏文
撮影監督:若林優
編集:定松剛
アニメーション制作:アクタス
【声の出演】
古賀葵
関根明良
大地葉
影山灯
古木のぞみ
菅生隆之
沢城みゆき
本田裕之
山崎たくみ
土師孝也
飯田友子
飛田展男
映画『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第1章』は4月10日より公開