『2分の1の魔法』ができるまで!監督の実体験から生まれた感動作
今週のクローズアップ
ディズニー&ピクサーのアニメーション映画『2分の1の魔法』は、1歳の頃に父親を亡くした『モンスターズ・ユニバーシティ』のダン・スキャンロン監督の実体験に基づいている。この感動作がどのようにして作られたのか、きっかけ、ユニークな設定、カメラワークなど、監督やアニメーターたちの言葉からその秘密をひもといてみる。(取材・文:編集部・市川遥)
『2分の1の魔法』あらすじ
技術の進歩によって魔法が消えかけたファンタジーの世界に暮らすエルフの少年イアンは、自分に自信が持てず、何をやっても上手くいかないことばかり。そんな彼の叶わぬ願いは、生まれる前に亡くなった父に会うこと。16歳の誕生日プレゼントに、父が母に託した魔法の杖を贈られたイアンだったが、魔法に失敗して“半分”だけの姿で父を復活させてしまう。魔法オタクで陽気な兄バーリーの助けを借りて、イアンは父を完全に蘇らせる魔法を探す旅に出るが、彼らに残された時間は、あと24時間しかなかった……。
父の記憶のない監督が10代の頃に見つけたカセットテープ
スキャンロン監督の父親がこの世を去ったのは、監督が1歳、兄が3歳の時。10代の頃に古いカセットテープを見つけ、その時初めて、写真でしか知らなかった父の声を知ったのだという。「やあ(hi)」と「じゃあね(bye)」という二言のみだったが、監督にとっては魔法のようにも感じられたそうだ。
「父に関する記憶は全くなくて、僕らはいつも父はどんな人だったのか、僕らのどんなところが父に似ているのかなんてことを考えていた。そこからこの物語が生まれたんだ」と明かすスキャンロン監督。カセットのエピソードは映画にも取り入れられており、主人公イアンが亡き父との会話をいかに切望しているかがわかる切ないシーンに。イアンと兄バーリーの関係も、スキャンロン監督と実の兄の関係にインスパイアされたものであり、監督は「彼は本当にバーリーみたい。いつも味方でいてくれる兄なんだ」とほほ笑む。
スキャンロン監督はこのとてもパーソナルな物語を語ることに対して、恐れは全くなかったという。それは、オープンで信頼関係があるピクサーだからこそだった。「僕にはここの皆が、僕が語る物語を大切にしてくれ、手助けしてくれることがわかっていた。彼ら自身のパーソナルな話もしてくれ、それらもこの映画に含めることができたんだ。難しいのは、自分自身のストーリーを十分に深く掘り下げること。その過程では怖いと思うかもしれないし、自分すら気付いていなかった部分もあるかもしれない。ここにいる他のフィルムメイカーたちは、それを見つけるのに手を貸してくれたんだ」
30%ファンタジー、70%リアルな世界
舞台となるのは、技術の進歩によって魔法が消えかけたファンタジーの世界だ。スキャンロン監督は「父親のキャラクターを1日生き返らせるために僕らには魔法が必要だったんだけど、それだとハイファンタジー(異世界もの)になってしまう。だけどこれがパーソナルな物語という点は保ちたかったから、現代のファンタジーの世界を舞台にすることにした。それが笑いを生んだんだ」と明かす。確かにエルフ、ケンタウロス、トロール、ゴブリン、妖精、マーメイドといったファンタジーの住人たちが、わたしたちの日常と変わらぬ世界で暮らすさまは何とも言えぬ面白さ。アニメーターたちは実際に馬が家に入り込んでしまった時の映像などを集め、ケンタウロスが普通の家の中でぶつかりまくり、いろんな物を落としながら暮らしている姿をコミカルに描いている。
プロダクションデザイナーいわく「30%をファンタジー、70%をなじみあるもの」にすると決め、魔法が消えかけたファンタジーの世界を作り上げていったとのこと。ただキャラクターが入るとそのバランスが崩れるため(ファンタジー度が上がる)、ショットごとに微調整するという凝りようだ。普通の世界に見えてもファンタジーモチーフが至るところに採用されていたり、隠れトロールが配置されていたり! スキャンロン監督の出身地ということで初めは“架空のアメリカ中西部”が想定されていたが、それだとこのバランスがうまくいかず、最終的には“架空のLA”になったという。リアルとファンタジーの融合はビジュアルだけにとどまらず、例えばバーリーの愛車のエンジンの音は、馬のいななきみたいな音が混じっている。細部まで徹底して作り込まれた世界だからこそ、イアンとバーリーの魔法を求める旅がリアルに胸に響くのだ。
「秩序」と「カオス」の対比がカギ!
この映画に出てくるショットは全て、撮影監督がバーチャルのカメラを通して見たもの。バーチャルとはいえ、本物の映画用のカメラと同じような作りで、レンズ、絞り値などを決めることもでき、ドリー(移動撮影台車)を使って動かすこともできれば、手持ち状態にすることもできる。そんなバーチャルのカメラを使い、イアンとバーリーという好対照な兄弟を描き分けているのだ。
学校にうまくなじみたいと思っているイアンは「秩序」で、予想もつかない冒険を求める破天荒な兄バーリーは「カオス」。イアンを映す時はノーマルな50ミリレンズで、カメラの動きも正確でスムーズかつシンプルに、抑制されたものになっているが、バーリーのシーンでは広角と望遠を行ったり来たりで「カオス」そのもの! 心の揺れまでしっかり映し出され、カメラを通したビジュアルでのストーリーテリングも一級品だ。魔法のシーンでも望遠と広角が混じり合い、カメラは激しく揺れる手持ちになったりしている。
下半身しかないお父さんの表現
とても難しかったとアニメーターたちが口をそろえるのが、重要な登場人物であるのにもかかわらず、不完全な魔法で下半身しか復活できなかったイアンたちのお父さんの表現だ。スキャンロン監督自ら上半身緑になり、グリーンスクリーンを使って“ズボンだけ”の動きがどう見えるのかの研究を行ったほか、ユーモアをもたらすべく、『メリー・ポピンズ』のバート役などで知られる俳優ディック・ヴァン・ダイクのコミカルな動きも参考にしたという。
そして何よりも大事だったのが、下半身だけでイアンやバーリーとコミュニケーションが取れるということ。お父さんは見ることも聞くこともできないが、触れることはできるため、足の動きが全てを物語る。本作におけるユーモアの多くを担っているお父さんだが、初めてイアンに“会う”シーンはひたすら感動的で、セリフなしで父と子の思いを雄弁に伝えている。アニメーターたちは「ズボンだけでの感情表現」という難題を華麗に解決したといえるだろう。
映画『2分の1の魔法』は近日公開
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