激しすぎるメル・ギブソンの山あり谷あり人生
あの人は今
俳優として、監督として、その才能を認められながら、人種差別発言や恋人へのDV(ドメスティック・バイオレンス)で有罪判決を受けハリウッドから干されてしまったメル・ギブソン。その輝かしいキャリアの反映と衰退、そして本格復帰までを振り返っていきます。(文・岩永めぐみ)
低予算映画が世界的ヒットし「最もセクシーな男性」の元祖に!
1970年代の終わり、オーストラリア国立演劇学院で演技を学んだメル・ギブソンは、ある映画の主役の座を射止めます。それが、ディストピアムービーの金字塔ともいえる、ジョージ・ミラー監督の『マッドマックス』3部作でした。1作目の『マッドマックス』(1979)は低予算で制作されたため、メルの出演料はたったの1万5,000ドル(当時のレートで約300万円/1ドル200円計算)! しかし、ギャラはわずかでも、この作品がメルの人生を大きく変えたことは周知のとおり。荒廃した近未来を舞台にした世界観や荒くれ者たちと闘うマックスの姿は、世界中のとりわけ映画少年、映画青年の心を鷲づかみにしたのです。
ハリウッドに進出したメルは、1985年に今では毎年恒例になっている米People誌が選ぶ「最もセクシーな男性」の記念すべき初代「最もセクシーな男」として表紙を飾り、その人気は絶頂に。その後、ロサンゼルス市警の刑事にふんしたバディムービー『リーサル・ウェポン』シリーズに主演し、アクションスターとしての地位を確立しました。
アカデミー賞監督賞を受賞!メルの映画は痛い!?
人気スターとして君臨していたメルは製作会社「アイコン・エンターテインメント」を共同で設立し、映画監督にも挑戦。監督2作目の『ブレイブハート』(1995)で、映画監督としての才能を開花させます。13世紀のスコットランド独立戦争を描いた壮大な歴史劇は、その年の賞レースを席巻。アカデミー賞では10部門にノミネートされ、作品賞をはじめとする5部門で受賞、メルも監督賞に輝きました。
映画界で押しも押されもせぬ存在となったメルですが、次の監督作で世界中に衝撃を与えます。それが、イエス・キリストの受難を描いた『パッション』(2004)です。熱心なカトリック信者でもあるメルは新約聖書に忠実にイエスの拷問を再現し、鞭で打たれはりつけにされるイエスを映し続けます。目を覆いたくなるほどの凄惨(せいさん)さは、前作『ブレイブハート』や次作『アポカリプト』(2006)にも共通するメルの作風ですが、デリケートなテーマとあまりに残虐な映像は世界中で賛否両論を巻き起こしました。その結果、興行的には大成功を収めたものの、順風満帆だった映画人生に逆風が吹き始めます。
交通違反やDVなどスキャンダルでキャリアはどん底
良くも悪くもハリウッドでその動向が注目を集めるスターとなったメルでしたが、2006年にスピード違反と飲酒運転で逮捕されてしまいます。しかもその時、警察官に対してユダヤ人を侮辱する暴言を吐いたことが明らかに。メルはアルコール依存症を告白しましたが、だからと言って取り返しはつきません。『パッション』でのユダヤ人の描き方が理由で、かねてよりユダヤ系団体から抗議されていたことも重なって、人種差別主義者の烙印を押されることになってしまいました。
メルのスキャンダルはまだ続きます。2010年、メルとの娘をもうけた元恋人であるロシア人歌手のオクサナ・グリゴリエヴァに対するDVが発覚。オクサナの前歯が折れるほどの激しい暴力や、「黒人集団にレイプされてもお前自身の責任だ」といった耳を疑うような暴言があったと報じられました。2011年には2006年から別居中だった妻ロビン・ムーアと離婚、31年に及ぶ婚姻関係に終止符を打ちました。4億2,500万ドル(約323億円)の慰謝料は、ハリウッドセレブの中で歴代1位の金額です。ちなみに、二人の間には7人の子どもがいます。
再起不能?捨てる神あれば拾う神あり
お騒がせセレブとなってしまったメルですが、救いの手を差し伸べた仲間もいました。その1人がジョディ・フォスター。人種差別発言で仕事を干されたメルを、自身が監督した『それでも、愛してる』(2009)の主役に起用。メルはビーバーのぬいぐるみを介して会話をするうつ病の会社経営者という、それまでのイメージを覆すような繊細な役どころを演じました。
メルがDVや離婚でキャリアを傷付けた時は、ロバート・ダウニー・Jrが「メルを許してほしい」と訴えます。『エア★アメリカ』(1990)の共演でロバートと親しくなったメルは、かつて麻薬不法所持で逮捕されたロバートの復帰に奔走した過去がありました。メルは自身が製作した『歌う大捜査線』(2003)にロバートを出演させ、その時に必要だった保険金を自腹で払ったのです。メルへの恩を感じているロバートは、メルが『アベンジャーズ』シリーズに出演することを希望したり、メルが『アイアンマン4』の監督をするなら再び出演することを宣言したりしています。
監督作が再びアカデミー賞ノミネートで見事なカムバック!
『マチェーテ・キルズ』(2013)『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』(2014)で悪役として顔を見せるものの、過去の人になってしまったかに思われたメル。しかし、監督としての実力は本物でした。2016年、太平洋戦争の沖縄戦を描いたアンドリュー・ガーフィールド主演『ハクソー・リッジ』で監督として本格復帰すると、アカデミー賞で作品賞や監督賞など6部門にノミネートされます。カムバックは、おおむね歓迎ムードにみえました。プライベートでは2017年に35歳年下の恋人ロザリンド・ロスとの間に、自身9人目となる子どもが誕生しました。また、傑作『ワイルドバンチ』(1969)のリメイク版を監督することが決まり(続報がまったくないのが心配なところ)、よみがえったメルの活躍に大いに期待できそうです!