間違いなしの神配信映画『ロニー・チェンのアメリカをぶっ壊す! 』Netflix
神配信映画
コメディー編 連載第6回(全7回)
ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回はコメディー編として、全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
アメリカ人ではないことを武器に、タブーを破っていくスタンダップコメディー
『ロニー・チェンのアメリカをぶっ壊す!』Netflix
上映時間:63分
キャスト:ロニー・チェン
イギリスやアメリカで伝統的に行われている、観客の前で立ちながらジョークを飛ばしたり、笑えるエピソードを語っていく「スタンダップコメディー」。観客を飽きさせず楽しませるユーモアや知性、センスが必要で、コメディアンとしての実力が問われる話芸だ。
そのシンプルな形式は、演じる側にとって敷居が低いこともあり、映画『ジョーカー』(2019)でも描かれていたように、エンターテインメント、ショービジネスの世界におけるキャリアの入り口として考えられているところもある。映画監督のウディ・アレン、俳優のロビン・ウィリアムズ、エディ・マーフィ、アダム・サンドラー、シャイア・ラブーフら、多くのセレブリティーがスタンダップコメディーを経験している。それだけに、卓越した才能がなければ通用しない、厳しい世界でもある。
日本ではそれほど馴染みのない形式だが、そんなコメディー文化の一つの核ともいうべき舞台が、エイミー・シューマー、アリ・ウォン、ケヴィン・ハート、トレバー・ノアなどなど、Netflixの配信でいくつも楽しめるようになった。ここでは、その中からロニー・チェンのスタンダップコメディーを紹介したい。
マレーシアで生まれた中国系のチェンは、シンガポールで育ち、オーストラリアに移り住んで大学に通い商学と法学を学ぶという、国際的な青年時代を送った。大学のコメディーコンテストで優勝するなど、コメディアンとして頭角を表し始めると、コメディーフェスティバルでアメリカのトレバー・ノアと出会い、彼がホストを務めるニュース風のコメディーテレビ番組「ザ・デイリー・ショー」に出演し、人気を得ていく。
チェンの面白さは、外からやってきたアジア人という、“非アメリカ”的な存在として、アメリカの文化に衝突したり幻滅したりする様を、新鮮に演じていくところだ。Netflixで収録される今回のステージでは、山口淑子(李香蘭)のヒットナンバー「夜来香」を流すなど、やはり自分のエキゾチックな雰囲気を演出する。
チェンは、『アメリカをぶっ壊す!』というタイトル通り、アメリカ文化のおかしな点をネタにしていく。まず、「アメリカは物が多い!」と嘆く。そして、「包装が過剰だ!」「レストランではナプキンを50枚もくれる、80枚は捨てる。もらうより捨てる方が多い」と、コミカルなジェスチャーで言い放ち、客席が沸く。
アメリカ各州の掲げているスローガンを紹介するパートでは、スローガンが示すメッセージがあまりにもその実態から離れすぎていると愚痴を言う。
「メキシコに壁を作ろうとしてるテキサスなんて“友情”だぞ! 180度違うだろ!」
チェンの舌鋒(ぜっぽう)は、怒れる中国系男性として、だんだん鋭さを増していく。中国系と日本人の仲の悪さについての話題になると、戦時中の日本が、チェンの育った東南アジアでは非道を行ったと子供の頃から聞かされていたと語る。
「そんなイメージを持って日本に来たら……みんな優しいんだ。ウォシュレットは優しく俺の尻を洗ってくれるし、おかしいだろ! なんで非道から一代で“ポケモンの国”に変わったんだ? 何があった?」
そして、「じゃあ“ISIS(イスラム過激派組織)”も20年後にはガンを治すかもしれない」と、アメリカに敵対する組織の名を挙げ、観客が驚いていると、「……反応に困るか?」と、意地悪く言う。
そう、彼が笑い物にするターゲットは全方位に向かっている。外から来たという自分の特性をうまく利用し、タブーを破っていくのが彼の持ち味なのだ。アジア系であることは、ときにアメリカでは差別の対象になる場合もある。だがチェンは、アジア系であることを逆に最大限にコメディーに生かし、スターの座を獲得している。
その過激な笑いは、自分のルーツへも向く。「中国系のアメリカ人は子供を医者にしたがる、なぜか?」「カネだ」「旧正月のあいさつは、中国語で“コンシーファーチャイ”。意味を知ってるか?」「“金持ちになれよ”だ。新年おめでとうじゃないんだ!」と、中国系の拝金主義的な文化を自虐的に語っていく。
アメリカでは、『パラサイト 半地下の家族』(2019)のアカデミー賞・作品賞受賞が象徴するように、いまやアジア人やアジア系が脚光を浴び始めている。なかでもアリ・ウォンなどに代表されるアジア系の女性はバイタリティーがあり、さまざまな局面にも対応していくイメージがあるが、一方でアジア系の男性は柔軟性に欠け、面白くないと評価されてきたところがある。
ロニー・チェンはあえて、そんな“受け入れなさ”そのものを芸にしているようにも見える。だからこそ、すべての文化を奇異なものとしてバカにしていく、彼だけの芸風を獲得できたのではないか。そして、いったんバカにしたら、そこへのフォローも忘れない。アメリカ人も、中国人も、日本人も、立場がなくなるようなところまでは追い込まないのが、彼のインテリジェンスだ。だからこそチェンは受け入れられ、愛されるのである。(小野寺系)