見えない危機描く2020年ドキュメンタリーシリーズ6選<前編>「オプラが語るCOVID-19」他
厳選!ハマる海外ドラマ
配信サービスの普及によって、手軽に気軽に多くのドキュメンタリーが楽しめる時代。何かを勉強するために見るというより、思わず夢中で観てしまうような優れたシリーズが量産されています。家にいながらにして「世界の今」を知ることができる最新の作品群は、驚くほどの速さで日々更新されている価値観について、あるいはそうした最新の価値観や社会問題の数々をダイレクトに映した映像作品を、より深く理解して楽しむための助けにもなるはず。そうした視点で今年配信されたドキュメンタリーシリーズの中から6作品をピックアップして前後編で紹介します。
名ホストが新型コロナをトーク「オプラが語るCOVID-19」
周知の通り、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックにより世界各国のエンターテインメントも大きな影響を受けています。ハリウッドでもほとんどの現場がストップし、テレビシリーズも途中でストックが尽きて、再放送や既に撮影が終了している番組が繰り上がり放送となるケースも。一方で「今自分たちにできることをやる」という姿勢を一早く実践しているスターやセレブリティたちの姿に、励まされている人も多いのではないでしょうか。アメリカで最も影響力を持つ一人といわれるトークショーのホストでプロデューサー、慈善家ほか多彩に活躍するオプラ・ウィンフリーもその一人です。
2018年にAppleと複数年にわたるコンテンツパートナーシップを発表したオプラは、3月21日からApple TV+で「オプラが語るCOVID-19」を配信中です。専門家や一般人などに遠隔でインタビューするこの番組。このウイルスにどう向き合うべきなのか、現場では何が起きているのか、困っている人たちを救うためにできることは何か? など、さまざまな問題に多角的な視点からアプローチして、誰にでもわかる形で質疑応答やトークを展開していきます。第1話のゲストはイドリス・エルバと妻のサブリナ・ドゥーレ。エルバは米ニューメキシコ州で検査を受け、3月中旬に陽性と判明し、妻と共に隔離生活を送る中の出演で隔離生活の様子をリアルタイムで語りました(ドゥーレも遅れて検査を受け陽性と判明)。
イドリス・エルバがマスメディアに不信感
先んじてハリウッドスターの中ではトム・ハンクス夫妻のコロナ陽性の公表が、社会への注意喚起を大きく促しましたが、エルバもハンクス夫妻が取った行動には励まされたと言います。影響力を持つ人々の発言にも興味を引かれますが、実用的で有意義な情報を引き出すオプラの的を射た質問の数々は、さすがという感じ。ちょっとこの番組の主旨からは逸れるのですが、多くのメジャーなメディアの取材を断りオプラの依頼を受けた理由として、エルバはマスメディアにおけるフェイクニュースに言及していることが印象に残ります。いかにマスメディアが嘘ばかりを垂れ流しているかといった不信感をあらわにし、ジャーナリスティックな視点を持つ友人としてオプラの寄せる絶対的な信頼感を強く訴えるエルバ。日本でも大手メディアに対する信頼度は地に落ちた感もある昨今、非常に考えさせられるものがあります。
医療従事者の声をリアルタイムで
ほかにも死刑囚として30年を過ごした末、無罪が証明された男性と閉じ込められた状態で生き抜く知恵を共有したり、フードバンクを展開する非営利団体のCEOらの話からは、レオナルド・ディカプリオやライアン・レイノルズらも行なっているフードバンク活動の最前線の事情を知ることができます。またマンハッタン、ブルックリンほかアメリカにおけるCOVID-19の最前線となった地域の看護師たちへのインタビューを通して、医療従事者の声をリアルタイムで伝える回も。4月24日の時点で13エピソード(最短15分~最長45分)が無料で配信されており、最初こそ英語のみの配信でしたが、すぐに日本語を含めて約40の言語の字幕に対応。オプラの行動力もさることながら、配信サービス全盛時代ならではの番組と言えるでしょう。
大手製薬会社の巨悪を暴く「ザ・ファーマシスト」
アメリカで被害が広がった依存性の強い鎮痛剤オピオイドの医師からの処方により、それとは知らずに薬物依存に陥ってしまう。これは多くの映画やテレビでも描かれている大きな社会問題です。例えばジュリア・ロバーツ主演の『ベン・イズ・バック』(2018)。怪我で医師に処方されたオピオイドの中毒になった息子との壮絶な依存症との闘いを描いた重い作品です。薬物依存症と聞くと、つい自己責任と考えがちですが、骨折などの怪我で医師に処方された鎮痛剤なら誰だって安心して服用しますよね。知らないうちに依存症になり命を落とす人が後を絶たず、地域を蝕んでいる。そうした状況が長年見過ごされてきた中で、ある一人の男性が巨大製薬会社の企業犯罪という巨悪を暴いていく驚きの顛末に密着したのがNetflixの「ザ・ファーマシスト:オピオイド危機の真相に迫る」(2020)です。
ことの始まりは、オーリンズの下9地区で育ったダン・シュナイダーの一人息子ダニーの殺人事件。ダンが独自の調査を行ううちに、事件の背後にあるオピオイドなどの薬物が、いかにして地域に蔓延しているかの実態が明らかになり、やがて大手製薬会社パーデュー社の卑劣な手口が浮き彫りに。このあまりにも非道な、しかし法的には合法であるやり口には激しい憤りを覚えます。現在コロナ禍において、医療従事者らへのリスペクトと感謝を日々胸に過ごす私たちにとって、製薬会社と結託して処方箋を書き続けるモラルが崩壊した医師の姿に絶句。製薬会社の極めて悪質な犯罪については、企業犯罪を扱った秀作シリーズ「汚れた真実」(2018~)のシーズン1第3話「製薬会社の疑惑」を併せて視聴することをお勧めします。
驚くべきバイタリティーの薬剤師が作品の肝
この「ザ・ファーマシスト」は全4話とコンパクトな作品。正直なところ息子の殺人事件の意外な真犯人にたどり着く第1話は、オピオイドの話にどうつながるのかが見えにくく、またダンの悲しみをダイレクトに伝えるエモーショナルな映像に、ドキュメンタリーとしてはもう少し距離感やフラットさが必要なのではとも思ってしまいました。しかしそれこそが本作の最大のポイントで、強い使命感とバイタリティーを持つダンの真っ直ぐなキャラクターが肝。カメラが密着する中で、作り手がダンの人間性に引き込まれていく様がよくわかります。誰もがダンのように行動できるわけでもないし、非常に危険なので手放しで絶賛できるものでもないのですが、世の中には悲劇に直面した中で、このように強さを発揮できる人もいるのだという驚きとともに、そのように行動せずにはいられなかったダンのキャラクターの強さに感銘を受けること必至です。
8歳の少年の虐待死描く「ガブリエル事件」
一方で作り手が一生懸命に題材との距離感を保とうとしながら、試行錯誤の過程が見えるドキュメンタリーも。Netflix「ガブリエル事件 -奪われた小さな命-」(2020)は、カリフォルニア州ロサンゼルス郡パームデールで起きた8歳の少年の虐待死を追った全6話の作品。最初はショッキングな描写にワイドショー的な煽りを感じさせるテイストがあったら、すぐに視聴をやめようと思って見始めました。しかしローカル紙の新聞の小さな記事から広がった子供の虐待をめぐる問題提起は、ジャーナリスティックな視点のもと極力感情論を避けようとしながら、一歩一歩問題の本質に迫ります。
少年のSOSが届かなかった背景にあるもの
家庭、小学校、ソーシャルワーカーが何をやって、何をやらなかったのか。そして児童家庭サービス局(DCFS)のいわゆるお役所仕事の実態と、福祉局、医療機関との連携の問題といった制度そのものの欠陥を指摘していきます。ガブリエルの「助けて」という心の叫びは何度も何度も大人たちに発せられていたのに、なぜ誰も救いの手を差し伸べることができなかったのか。こう聞くと、日本でも同様の事件が多発していることに思い至るでしょう。ガブリエルの痛ましい事件は氷山の一角でしかなく、本作でなされている問題提起はまさに現在進行形で日本で起きていることとリンクしているのです。
もっとも子供の虐待事件にまつわる問題は、ケースごとに異なり複雑で多岐に渡ります。本作では郡を相手にした取材は困難を極め、命の問題に関わる事業の民間委託をめぐる問題は闇が深く、踏み込み切れていない部分もあります。しかし現在進行形の問題に果敢に挑んだスタッフの誠実な姿勢が伝わる作りは好感が持てるもの。だからこそ本作は同種の事件に対して感情論ではなく、視聴者に一歩進んだ形での思考を促してくれるのだと思います。
「オプラが語るCOVID-19」はApple TV+で無料配信中 Netflixオリジナルシリーズ「ザ・ファーマシスト: オピオイド危機の真相に迫る」独占配信中 Netflixオリジナルシリーズ「ガブリエル事件 -奪われた小さな命-」は独占配信中
今祥枝(いま・さちえ)ライター/編集者。「小説すばる」「yom yom」「日経エンタテインメント!」「BAILA」などで連載中。本サイトでは間違いなしの神配信映画を担当。Twitter @SachieIma