「愛の不時着」ロスに贈る!南北の“愛”を描いた映画6選
いま、「ロス」という言葉がもっとも似合うドラマといえば、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」だ。
韓国の財閥令嬢セリ(ソン・イェジン)と北朝鮮のエリート軍人リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)という南北最強キャラのラブストーリー。パラグライダーで飛行中に突風に巻き込まれ、非武装地帯に不時着したセリに、ジョンヒョクが銃を向けるという、最悪の男女の出会い。だが、政治や文化の違いを超え、徐々に2人は惹かれあいーー。という、ありえなそうな設定にもかかわらず、どっぷりハマってしまうのだ。
実は、南北の人々の「愛」をモチーフにした映画は、半世紀以上も前から製作されていた。描かれる「愛」は男女の恋愛のみならず、さまざま。実話ベースの作品もあり、南北の愛は、至極リアルなテーマでもある。「愛の不時着」ロスの人にもおすすめの、映画6本を紹介しよう。
男女の禁断の愛
『運命の手』(1954)
韓国映画で初のキスシーンが登場したのは南北男女が主人公の、『運命の手』(1954)だ。ヒロインは「私のように社会から疎外された人には本名はないの」と哀しげな瞳で語る、自称マーガレット(ユン・インジャ)。ソウルのバーで働く彼女は泥棒と疑われて暴行される苦学生のヨンチョル(イ・ヒャン)を救い、彼に好意を抱くように。ところが、実はマーガレットは北朝鮮のスパイで、ヨンチョルは陸軍防諜隊の大尉。マーガレットが北のスパイ団のトップから、ヨンチョルを誘い出すよう命じられて葛藤することから急展開する、禁断のラブストーリーだ。
韓国映画史において「スパイ恋愛ものの原型」といわれる本作。煙草をくゆらせワインを飲むクールなマーガレットが、傷ついたヨンチョルを手当てするやさしさや、一緒にゴルフをしながら無邪気な笑顔で見せるギャップは、今の韓国ドラマにも通じるラブストーリーの定石だ。北朝鮮のスパイ団は共産主義の非人間性をさらす役割を担っているとはいえ、朝鮮戦争休戦からわずか1年後という時期に、南北の男女の愛情を生き生きと描いた作品が作られていたこと自体が、驚きといえる。
『シュリ』(1999)
日本公開時に興行収入18億5,000万円を記録し、韓国映画として空前のヒットを飛ばした『シュリ』も、南北男女の悲恋を描く。結婚を一か月後に控えた韓国の情報部員ジュンウォン(ハン・ソッキュ)と恋人ミョンヒョン(キム・ユンジン)。だが、仲睦まじく料理を作り、一緒に洗濯物を干す穏やかな日常は、ジュンウォンがミョンヒョンは北朝鮮の特殊部隊工作員であると気づくことで一変する。
任務と愛情の間で揺れるスパイ。筋書は一見『運命の手』と似ているが、大きく異なるのは、派手な銃撃戦やサッカー競技場でのスリリングなシーンを盛り込んだアクション大作であること。当時ハリウッド映画に圧倒されていた韓国の映画市場。民主化後、映画が産業として官民の両輪で育成される中、カン・ジェギュ監督の目標は、ハリウッドを超える作品を作ることだった。当時、筆者のインタビューに監督は「アメリカの映画で面白いと思うことは積極的に取り入れた」と語ると同時に、「ハリウッドに比べて資金と技術が不足しているがゆえに、韓国ならではのストーリーで情緒に訴えることを狙った」と、南北分断をモチーフにした理由を明かしている。
軍事政権時代のいわゆる「反共映画」のように北朝鮮の特殊部隊を悪の一枚岩とせず、人間くささが垣間見えるキャラとして描いたのも、本作の特徴。名優チェ・ミンシクふんする特殊部隊長の「北の兄弟は餓死しているのに、韓国の繁華街では酔った人がゲロを吐いている。まったく不公平な世の中だ」と葛藤を吐露するセリフが話題を呼んだ。
最前線を守る兵士たちの友愛
『JSA』(2000)
もしかしたら「愛の不時着」はこの作品をオマージュしているのではないか。そう思わせるシーンや情緒が登場するのが、『JSA』だ。たとえば、地雷畑でのコミカルなやりとりや、南のエンタメに興味を持つ北朝鮮の人、そして主人公が軍人であること。しかし2つの作品の決定的な違いは、『JSA』のラブは男女ではなく、男同士の友愛、いわばブロマンスだという点だ。
舞台は映画のタイトルそのままのJSA(共同警備区域)。朝鮮人民軍中士のギョンピル(ソン・ガンホ)と信頼関係を結んだ韓国軍の兵長スヒョク(イ・ビョンホン)は、仲間の兵士とともに北朝鮮の哨所をこっそり訪れるようになる。ギョンピルが韓国のチョコパイを気に入ったり、南北の兵士が一緒にケンケン相撲を無邪気に楽しんだりするのも、「愛の不時着」の兵士たちを彷彿させるほのぼの感。だが、本作は、南北兵士の交流に端を発する「事件」を描くサスペンスであり、謎に迫る中盤からは張り詰めた空気に包まれていく。
ソン・ガンホやイ・ビョンホン、そして「宮廷女官 チャングムの誓い」『親切なクムジャさん』のイ・ヨンエなど、いまや韓国を代表する俳優たちの若き時代の代表作。パク・チャヌク監督が1枚の写真に渾身の思いを込めた最後のワンカットを噛みしめたい。
スパイと市井の人のささやかな愛
『シークレット・ミッション』(2013)
北朝鮮のエリートスパイが大規模な作戦実行に備え、韓国へ……という物々しい冒頭とは裏腹に、田舎町に潜入してよろず屋に身を寄せて働くリュファンの任務は、「1日に3回以上人前で自然に転ぶ」など、バカを演じること。主演のキム・スヒョンのコミカルな魅力(主に前半)とキレのいいクールな一面(主に後半)を堪能できるアクション・エンターテインメントだ。
いわゆる恋愛映画ではないが、本作にも愛は存在する。それは、リュファンが感じる市井の人々へのささやかな愛だ。取引先に蔑まれるよろず屋の家族を救い、町の人々と交流するうちに、彼は人間的な愛情に目覚めていく。
韓国公開時には、従来の南北ものではルックスよりも演技が光る俳優が演じることが多かった北朝鮮の人物に、ドラマ「星から来たあなた」でアイドル的人気を博したキム・スヒョンがふんしたことが話題に。実は、「星から来たあなた」を書いた脚本家は「愛の不時着」も手がけたパク・ジウン。キム・スヒョンは「愛の不時着」にもカメオ出演している(緑のジャージの青年に注目!)。
実話が描く人間愛
『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018)
韓国で活動する北朝鮮スパイの映画は多々あれど、『工作』が異色なのは、南のスパイが北朝鮮に潜入する逆パターンであること。そう、韓国人が見た北朝鮮が描かれているのが「愛の不時着」との共通点だ。平壌の街並みや、故・金正日総書記の別荘(超そっくりさんも登場!)を緻密に再現したシーンは、観る人を1990年代の北朝鮮に紛れ込んだような気分にさせる。
主人公のコードネーム黒金星ことソギョン(ファン・ジョンミン)が出会うのは、北朝鮮の外貨稼ぎの総責任者ミョンウン(イ・ソンミン)。本作は男性同士のブロマンスだ。北の高位級幹部に接触するために、事業家にふんしてミョンウンの信用を得ようとするソギョン。張り詰めた心理戦のなかで生まれる静かな信頼関係、そして意外なラスト(泣けます)。ベースとなっているのは、1990年代半ばに「韓国のスパイ史上最も成功した対北工作員」として活動した実在の人物の手記だ。モデルとなったスパイ本人に「自分が見たスパイ映画の中で最も事実に近く作られている。台本も細部を押さえている」と言わしめた、一つひとつのエピソードに心が震える。
『ハナ 奇跡の46日間』(2012)
舞台は1991年の日本。幕張で開催された世界卓球選手権大会で、韓国と北朝鮮が史上初の南北統一チーム・コリアを結成して出場した実話を映画化した。
韓国のスター選手ヒョン・ジョンファ(ハ・ジウォン)と北朝鮮のエース、リ・プニ(ペ・ドゥナ)の姉妹愛のような絆(「愛の不時着」にも登場したお姉さんと呼ぶ関係)はもちろん、脇を彩る両国の選手たちの交流にもほっこり。南の選手とほのかな恋愛感情を交わす硬派で誠実な北朝鮮の男性選手(「ロマンスは別冊付録」「ピノキオ」などで韓国ドラマファンにも人気のイ・ジョンソク!)は、「愛の不時着」のリ・ジョンヒョクを連想させるキャラクターだ。
プライドのぶつかり合いを経てチームとして一つになり、優勝をかけて強豪の中国に挑む南北の選手たち。試合の迫力もさながら、最後に画面に文字で浮かぶ選手たちのその後に圧倒されるのは、実話であるがゆえの重みだろう。(文:桑畑優香)