映画だからこそ味わえる!仮想世界の魅力とは?
今週のクローズアップ
2009年に公開された『サマーウォーズ』に登場したインターネット上の仮想世界・OZ。物語でOZに危機が訪れるのは7月30日のことでした。今回は、そんな記念日(?)にちなんで、仮想世界を描く映画をピックアップして紹介してみたいと思います。(編集部・大内啓輔)
『サマーウォーズ』(2009)
田舎の大家族と夏休みを過ごすことになった高校生の健二が世界崩壊の危機に立ち向かう姿を、細田守監督が描いたアニメーション映画。憧れの先輩・夏希の誘いで訪れた長野の田舎と、世界中の人々が言語間の障害もなく楽しむことができる仮想空間という対照的な世界をめぐる描写が新鮮に映りました。
インターネット上の仮想世界であるOZは、人々が自分の分身となるアバターを設定することで現実世界と同じような生活を送ることができる、夢のような空間。およそ10億人以上がアカウントを保有しているとされ、ショッピングやスポーツ観戦をはじめ、納税や各種手続きなどもすることができるのです。医療データの管理なども行われており、現実のインフラに影響を与えることも。こんな世界が実現するかも、というワクワク感を与えてくれます。
『レディ・プレイヤー1』(2018)
巨匠スティーヴン・スピルバーグ監督が手掛けた、アーネスト・クラインによる小説の映画化作。舞台は2045年、環境汚染や気候変動などによって世界は荒廃し、人々がスラム街で暮らすことを強いられている未来。人々は「オアシス」という名のVR世界で現実逃避しており、創始者ジェームズ・ハリデーの遺書に誘発された謎解きに夢中になっています。
物語では、バーチャルゲームの世界と現実世界でのアクションがリンクして進んでいくことで、ラストに至るまで息もつかせぬスリリングな展開が待ち受けます。オアシスの世界では、『シャイニング』(1980)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)をはじめとする映画や、日本のアニメ作品などのイメージからの引用が盛り込まれており、それらの細かいトリビアも魅力です。仮想現実をテーマにしながら、スピルバーグ監督からのメッセージには胸に迫るものがあります。
『マトリックス』(1999)
天才ハッカーのネオが自分の生きている現実が「マトリックス」と呼ばれる仮想世界であると知らされたことから始まる物語。モーフィアスやネブカドネザルいった神話などからの数々の引用とともに、コンピュータや現代思想の用語を用いて仮想世界の説明がなされるなど、知的な好奇心を刺激する設定が盛りだくさん。日本でも社会現象となるほどの人気ぶりで、現在までに第3弾が製作されています。
そしてキアヌ・リーヴスふんするネオら登場人物が重力を度外視して繰り広げる、カンフーとVFXを融合させた革新的なアクションが魅力。とりわけ、被写体がスローモーションで動きながら、カメラが周囲を高速で移動する「バレットタイム」の手法は、のちの数多くの作品に影響を与えることに。仮想世界だからこそのアクションを斬新なかたちで表現しことで歴史に名を刻むことになりました。
『トータル・リコール』(1990)
1966年に発表されたフィリップ・K・ディックの短編を、ポール・ヴァーホーヴェンが映画化。2084年、行ったことのない火星の夢に悩まされる建設会社に勤めるダグラス(アーノルド・シュワルツェネッガー)は、火星への旅行の記憶を購入しようとしたことから命を狙われ始めます。現在の記憶が植え付けられたものであると悟った彼は真相を解き明かすべく火星へ飛び立つのでした。
この作品で描かれているのは『マトリックス』でも登場した、現実と虚構の境界がなくなり、もはやあらゆるものが模造品(シミュラークル)なのではないかというアイデアです。こうした発想をフィクションとして描き、後世にまで影響を与えたのが、『トータル・リコール』の原作者ディックであったといえるでしょう。人間そっくりな人造人間レプリカントをめぐる物語である『ブレードランナー』(1982)など、映像技術の進歩と並行するかたちで現在に至るまで数々の作品が映像化され続けています。
『トータル・リコール』では「モーフィング」という視覚的な特殊効果技術を用いて、目に見えているものがそもそも誰かの手によって操作されているのでは、というサスペンスを描きます。この世界がヴァーチャルかもしれないという恐怖がヴァーホーヴェン印ともいえる衝撃的なビジュアルで描き出されています。2012年にはコリン・ファレルなどが出演した同名のリメイク作品も製作されました。
『ブレインストーム』(1983)
『ブレードランナー』をはじめ、SF映画の名作として名高い『2001年宇宙の旅』(1968)、『未知との遭遇』(1977)、『スター・トレック』(1979)といった数々の作品に携わり、特撮監督として活躍したダグラス・トランブルの監督作。人間が体験した記憶や感覚を他人が追体験することができるヘッドギア型の装置をめぐって、開発者たちが軍との攻防を繰り広げることになります。
この当時、フルCGの導入が話題を呼んだウォルト・ディズニー・プロダクション製作の『トロン』(1982)など、新たなが技術でヴァーチャル世界を表現しようとする試みがなされていました。『ブレインストーム』の撮影は70ミリフィルムで行われ、毎秒60フレームで上映するという「ショースキャン」という方式が採用された画期的な作品でした。最新技術によるハリウッド製のスペクタクルSFの歴史に先鞭をつける映画となりました。なお、女優ナタリー・ウッドが撮影中に事故死するという悲しい出来事とともに記憶されることにもなってしまいました。作品では彼女への献辞も見ることができます。
『あやつり糸の世界』(1973)
仮想現実を描く作品として先駆的な存在といえるのが、ニュー・ジャーマン・シネマの旗手として知られるライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが手掛けたこの作品です。1973年という早い時期に発表した同作では、現実世界をシミュレーションすることのできる「シミュラクロン」という名前の装置が登場し、未来研究所と呼ばれる開発グループの所長の身に降りかかる苦難が描かれます。
仮想世界から帰還するために電話をかけるという『マトリックス』を彷彿させる描写も登場することも興味深いのですが、ハリウッドの大作がSFXなどの映像技術を売りにしているのに対して、この作品では鏡やガラスの反射、大胆な移動撮影を多用することで幻想的な世界を作り上げています。仮想世界とその真実をめぐる陰謀、そしてサスペンス展開という定式が、ここですでに完成していることが確認できます。
『インセプション』(2010)
クリストファー・ノーラン監督が長年抱き続けたアイデアをオリジナル脚本で実現したSFアクション大作。レオナルド・ディカプリオが演じた主人公のコブは、人が夢を見ている最中に情報を盗むことのできる優秀な産業スパイ。国際指名手配犯となってしまったことで、人の無意識に偽の記憶を植え付ける「インセプション」というミッションを与えられることになります。
この作品では夢の世界がいくつもの層として重ねられることで、ここが果たして夢なのか、それとも現実なのかという、無限に続くトリップ感覚がスリリングな展開を生み出しています。そうした設定に加えて、無重力の状態になったホテルで繰り広げられるアクションシーンなど、現実を超越した映像表現も多くのファンを生み出し続けるノーラン監督の演出術といえるでしょう。
ほかにも、自分の全人生がテレビのリアリティー番組であったことを知った主人公を描く『トゥルーマン・ショー』(1998)や、記憶除去手術を受けた主人公が無意識下で奮闘する『エターナル・サンシャイン』(2004)、スペイン映画『オープン・ユア・アイズ』(1997)に惚れ込んだというトム・クルーズが自ら主演と製作を務めたサスペンス・ラヴ・ストーリー『バニラ・スカイ』(2001)など、仮想世界と現実との識別が不可能になるというアイデアを映像化した作品には枚挙にいとまがありません。
そもそも『インセプション』が夢を仮想世界として描いたように、たとえば古くは『オズの魔法使』(1939)や『ふしぎの国のアリス』(1951)のように、夢のような世界を目の当たりにさせてくれる作品に人々は胸を躍らせてきたのでした。もしかすると映画そのものが仮想世界を映し出す装置なのかもしれません。