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食品ロス問題から着想した『もったいないキッチン』を手掛けた情熱の源泉とは

映画で何ができるのか

もったいないキッチン
ダーヴィト・グロス監督と通訳・コーディネーターの塚本ニキが日本の食品ロスの解決策のヒントを見つける旅をする『もったいないキッチン』(C)UNITED PEOPLE

 映画を活用して社会を変えたいと本気で挑んでいる人がいる。映画会社ユナイテッドピープル株式会社(本社・福岡)代表取締役の関根健次氏だ。軍隊を廃止したコスタリカの足跡を紐解く『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』(2016)、気候変動を止める活動家に密着した『気候戦士 ~クライメート・ウォーリアーズ~』(2018)など社会派ドキュメンタリーを配給し、ついに日本の食品ロス問題の解決策のヒントを見つけるロードムービー『もったいないキッチン』で制作まで手掛けてしまった関根氏に、その情熱の源泉を聞いた。(取材・文・写真:中山治美、写真提供:ユナイテッドピープル)

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福岡から東京まで1,200キロメートルを社長自らキッチンカーで宣伝も

 7月中旬。オフィス街の東京・有楽町に、軽トラックを改造した“もったいないキッチンカー”が現れた。映画『もったいないキッチン』の公開を控え、劇中で実際に使用した車に乗って福岡から東京までの1,200キロメートルを映画の宣伝キャンペーンを行いながら旅してきたのだ。

関根健次
本社の福岡から東京まで、映画でも活用した”もったいないキッチンカー”で宣伝ツアーを行った関根健次氏。(撮影:中山治美)

 運転席から降りてきたのは同作のプロデューサーでありユナイテッドピープルの社長でもある関根氏。社長とはいえ小規模会社。経理から宣伝まで、実質、社長が全部行う。ツアー途中、大阪のフードバンク関西に立ち寄り、ストックしている賞味期限切れや期限間近の食材を使って出張料理人のソウダルアさんが料理の腕を振るったり、愛知では、食べられる食器“イートレイ”を開発・販売している丸繁製菓の榊原繁彦社長にインタビューもした。

食品リサイクル工場
『もったいないキッチン』では食品リサイクル工場を巡る。日本フードエコロジーセンターでは毎日約35トンが持ち込まれるという。もったいない!(C)UNITED PEOPLE

 その模様を随時、SNSで発信し続けてきた。そして9日間の旅の締めに行われたのが、東京の大手町・丸の内・有楽町地区(以下、大丸有)を舞台にサステナブルなアクションを推進する「大丸有SDGs ACT5実行委員会」(実行委員長は三菱地所・代表執行役・執行役専務の有森鉄治氏)との共催イベント。8月下旬から同エリアで、関根氏がCoプロデューサーを務める大丸有SDGs映画祭(8月31日~9月5日)を開催するという。社名通り映画の枠を超えて人と人がつながり、社会が動き出していることを実感する。

若杉友子
『もったいないキッチン』では野草料理の大家・若杉友子さん(左)も登場。影響を受けた関根氏は、野草が分かるアプリをスマホに取り入れたという。

 関根氏は「この10年で確実に社会の空気が変わってきていると思います。東京の玄関口・大丸有エリアで初めてのSDGs映画祭も開催される。きっとこれまでそんなに映画に関心がなかった人も足を運んでくれるでしょう。そうして新しい取り組みが無数に生まれることを期待しています」と思いを語る(※SDGsとは持続可能な開発目標のこと)。

大丸有SDGs映画祭
有楽町のmicro FOOD&IDEA MARKETで行われた『もったいないキッチン』キッチンカーキャラバン到着式&「大丸有SDGs映画祭」紹介イベント。(撮影:中山治美)
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紛争地で見た世界の現実が活動の出発点

 関根氏が手掛ける作品も言動も、他の映画会社とは一線を画す。それもそのはず、関根氏は異業種から映画界に参入した。今の活動の出発点は、学生時代に訪れた紛争地パレスチナで見た世界の現実。中でも、一人の少年が語った「僕の夢は爆弾の開発者になって、できるだけ多くの敵を殺してやることなんだ」の発言に大きな衝撃を受けたという。

それでも僕は帰る
配給作品『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』(2013)の主人公たちは亡くなった。「胸をえぐられる思い」と関根氏。

 卒業後はサイバーエージェントなど一般企業に就職したものの、やはり世界の問題を解決する仕事をしたいと2002年に起業し、事業性と社会性を兼ね備えた仕事を模索したという。そしてたどり着いたのが、2003年に立ち上げたネット募金の先駆けであるサイト「イーココロ!」。NGOやNPOが実施している慈善活動に誰もが気軽にワンクリックで社会貢献できるシステムだ。

コスタリカの奇跡
コスタリカの第47代大統領(2014年~2018年)を務めたルイス・ギジェルモ・ソリスも登場し、コスタリカの取り組みを語る。『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』より(C)Tous droits reserves

 その一環として2009年に映画事業に参入した。関根氏は「例えば紛争地域の現状を人に伝えるためにはどうしたらいいか。それを疑似体験できるのが映画の力。その力を、良い方向に使いたいと思いました」という。

バベルの学校
関根氏が一目惚れした『バベルの学校』のワンシーン。(C)pyramidefilms

 配給作品のジャンルは幅広い。基準となるのは「自分が心を動かされたか?」「自分の人生をかけても配給したいと思う作品かどうか?」ということ。

ソニータ
過酷な運命を乗り越えてラッパーになる夢を叶えるアフガニスタンの少女・ソニータのドキュメンタリー『ソニータ』(2015)。関根氏は今でもソニータと交流が続いており、彼女のその人生も見守っているという。(C)Behrouz Badrouj

 フランス・パリの多文化教室の生徒たちを1年間追った『バベルの学校』(2013)は、香港国際映画祭で鑑賞し、その日のうちにフランスの海外セールス会社と契約を交わした。冒頭にあげた『コスタリカの奇跡』は、関根氏が“40歳になったら旅に出る”の夢を実現した時、「面白そうな国」と家族でコスタリカに住んだことがきっかけで見つけた作品だ。

コスタリカ
住んでいたコスタリカでは地熱発電所の取材などもしていた。(写真提供:関根健次)

 「アメリカの社会学の教授たちが、国の軍事予算を社会福祉や教育に回したコスタリカの軌跡を研究した成果をまとめたような記録映画なのですが、自主上映の依頼が続いていて弊社のビッグヒットとなりました。コスタリカと日本は非常に似ていて、憲法で軍隊を持たず、アメリカとの関係も近い。しかし、コスタリカでは軍隊もなければ米軍基地もないのに対して、日本には米軍基地がある。憲法改正問題が持ち上がっている中、コスタリカの政治や社会を参考にしたいという方が多いようです」(関根氏)

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『0円キッチン』の出会いから始まった『もったいないキッチン』

 苦い経験もある。2018年に公開予定だった『MMRワクチン告発』は、MMRワクチンと自閉症の発症を関連づける内容が「事実を確認できない」とわかり、劇場公開11日前に中止を決定する騒動となった。

 「多くの教訓を得た配給中止作品でした。劇場関係者には多大なご迷惑をおかけしてしまいましたが、やはり医療関係の作品は命に関わる問題ですから、公開を止められて良かったと思っています。もし公開して、後から問題がわかったら、映画配給会社を辞めていたかもしれません」(関根氏)

ダーヴィト・グロス
『0円キッチン』の配給をきっかけに、ダーヴィト・グロス監督(左)と日本の食文化も学んだという。(写真提供:ユナイテッドピープル)

 そんな中で出会ったのが、食品ロスをテーマにした『0円キッチン』(2015)のダーヴィト・グロス監督だった。同作は、“食材救出人”の異名を持つグロス監督が欧州5か国を回り、廃棄食品からおいしい料理を生み出していくロードムービーだ。公開に合わせて2017年1月にグロス監督が来日し、関根氏は一緒に日本中をキャンペーンで回った。その際、映画を観た観客の多くから「この映画は日本の“もったいない”をテーマにしている」の声。そう、日本には“もったいない”の精神がある。

 しかし現実は、日本の食品ロスは世界ワーストクラス。この状況を何とかできないか? そこでグロス監督に日本版の制作を持ちかけたという。グロス監督も同様の思いを抱いていたようで、あうんの呼吸で同意したという。タイトルもすんなり『もったいないキッチン』に決まった。

福島訪問
『もったいないキッチン』のダーヴィト・グロス監督と福島も訪問。(写真提供:ユナイテッドピープル)

 「映画配給をやっていると、さまざまな優れた監督と出会い、刺激を受けるので、“いつかは自分でも映画を作ってみたい”という気持ちはありました。いろいろとテーマを探していましたが、今回、制作に踏み切れたのはダーヴィトとの出会いが大きかったと思います。キャンペーンしながら一緒に日本の現状を学んでいったという感覚があります」(関根氏)

 2017年10月にはロケハンを開始。同時にクラウドファンディングサイト「MOTTAINAIもっと」で制作費を募った。目標金額は1,200万円。しかし約310万円程度しか集まらず。オール・オア・ナッシング方式で、目標金額に達しなかったために全て没収となってしまった。当然のことながら、落胆したという。

撮影に同行
プロデューサーとして『もったいないキッチン』の撮影にも同行した関根健次氏。(写真提供:ユナイテッドピープル)

 その矢先だった。グロス監督が『0円キッチン』の福岡での上映イベントで知り合った女性と愛を育み、めでたくゴールインしたのだ。

 「二人を祝福するためにも、絶対映画を完成させようと気合が入りました」(関根氏)

 そこで再度、今度は自社のサイトでクラウドファンディングを呼びかけた。今度の目標金額は1,500万円。すると予想を大きく上回る約2,300万円が集まった。

 「2回目は相当、腹をくくりました。もし、お金が集まらなくとも、借金してでも制作するつもりでしたので、コレクター(支援者)の方から『こいつは何があっても作るだろう』という信頼感を得られたのかもしれません」(関根氏)

国際平和映像祭
関根健次氏が代表理事/発起人を務める一般社団法人国際平和映像祭が運営する国際平和映像祭の様子。(写真提供:ユナイテッドピープル)

 撮影は2019年5月から4週間に渡って行われた。もったいないキッチンカーに乗って、関根氏も制作チームと旅すること実に1,600キロメートル。スタッフは日本・オーストリア・ドイツの混成チームで、撮影方法を巡ってひと悶着あったことも。しかし紆余曲折を経ながら、足掛け3年で完成させた初プロデュース作への思いは格別のようだ。

ヨハン・ガルトゥング
2016年の国際平和映像祭では、”平和学の父”ヨハン・ガルトゥング博士(右)を招いた。(写真提供:ユナイテッドピープル)

 「小学生の頃、レンタルビデオ店で下働きみたいなことはしていましたが、まさかこんなに自分が映画の世界にハマるとは思いませんでした。起業した最初の頃は別の事業があり、配給は片手間だったのですが、市民上映会なども重ねるようになって徐々に映画の力を信じるようになり、2015年からは完全に映画事業のみで経営しています。実際に自分で制作してみると、大きなスクリーンで観てほしいという気持ちが強くなりますね」(関根氏)

 既に次回作の企画もある。衣食住をテーマにした3部作構想だ。

 「食に続き、衣・住の“もったいない”も調査し、革新的なアイデアを持っている起業家を取材したい。その先に、もともとの出発点である平和問題に取り組めたらと思っています」(関根氏)

 社会だけでなく、日本の映画界の未来もここから変わるかもしれない。

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