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心の宝物にもなる、日本アニメ映画の新たな名作『若おかみは小学生!』

映画ファンにすすめるアニメ映画

 公開当初は興行的にあまり振るわなかったが、クチコミで絶賛の声がネットを通して相次いだことで評判を呼び、大逆転のスマッシュヒットとなったのが、2018年に公開された映画『若おかみは小学生!』だ。原作は令丈ヒロ子による、累計300万部を超える児童文学シリーズ。評判通りどころか評判を超える素晴らしい内容は、観る者の心の宝物にもなるだろう。どうせ「良い子」に向けた健全なアニメだろうとあなどるなかれ、喪失感を抱えながら生きる大人にこそ観られるべき作品だ。(香椎葉平)

※ご注意 なおこのコンテンツは『若おかみは小学生!』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

若おかみのおっことウリ坊
祖母の営む温泉旅館で若おかみの修業をするおっこ(左)とその旅館に住み着く幽霊のウリ坊。『若おかみは小学生!』より (C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

【主な登場人物】

おっこ(関織子)(CV:小林星蘭
12歳の小学6年生。両親を交通事故で亡くし、おばあちゃんが営む旅館・春の屋に引き取られ、若おかみとして修業することになった。明るく元気で、何ごとにも一生懸命に取り組む性格。

真月(秋野真月)(CV:水樹奈々
11歳の小学6年生。おっこの転校先のクラスメイトで、大旅館・秋好(しゅうこう)旅館の跡取り娘。いつもピンクのふりふりの服を着ているので、「ピンふり」と呼ばれている。当時7歳だった姉を、自分が生まれる前に亡くしている。

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空想の友達との出会いと別れ

 「イマジナリーフレンド」という言葉をご存じだろうか? 現実と空想の区別がまだ曖昧な子供が、自分の心の中にだけ存在する友達を作り上げ、まるで生きている相手にするかのように、語りかけたり一緒に遊んだりするというものだ。幼いお子さんをお持ちの方や子育てを経験した方であれば、おままごとをしているわが子が、見えない相手に「はいどうぞ」と空の器やオモチャを差し出すのを、ほほ笑ましく見守った経験をお持ちかもしれない。

祖母とウリ坊
亡き両親の代わりにおっこを厳しくも優しく見守ってくれる祖母とウリ坊。『若おかみは小学生!』より (C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 先日、日本でも公開され、第92回アカデミー賞では脚色賞をも受賞したジョジョ・ラビット』(2019)には、かのアドルフ・ヒトラーがイマジナリーフレンドとして登場する。ナチス支配下で生きるジョジョ少年は、戦時下でのさまざまな経験を経て成長し、強くてカッコイイ父性の象徴として憧れていた空想上のヒトラーを蹴り飛ばすと、生きる喜びを求める一個の人間として、新たに広がる人生へと踏み出していく。

 ジョジョ少年のようにある種の悩みから解放されたら、空想の友達なんてもう必要ない。ヒトラーのような、いわば絶対悪としての存在であれば、蹴り飛ばして別れを告げることもできる。だが、単純な善悪では割り切れず、誰が仕組んだわけでもない不条理や、どうにも避けようのない悲運が、予想だにしないタイミングで訪れるのが人生だ。『若おかみは小学生!』の主人公・おっこが、突然の交通事故で、両親を亡くしてしまったように。

 おっこにはジョジョ少年のように、「失せろ!」と蹴り飛ばせるヒトラーはいない。彼女の命を救い、幽霊として目の前に現れるのは、引き取ってくれた祖母の経営する小さな旅館・春の屋にいる、男の子の幽霊・ウリ坊だ。おっこはウリ坊に頼まれて旅館のお手伝いを始め、やがて小さな若おかみとして成長していく。

 彼女がしっかりとした足場を現実に築くためには、両親の死という悲運を、自分の身に起きた事実として、受け入れなければならない。イマジナリーフレンド的なウリ坊たちとも別れを告げ、自分がこの世にひとり残されたことを、真正面から見つめねばならない。

 けれど、喪失を抱えているのは、おっこ一人ではない。幽霊のウリ坊も、同じ幽霊である美陽も、春の屋を切り盛りする祖母も、その春の屋にお客さんとして訪れたカッコいい大人の女性グローリー・水領さんも、みんなそれぞれに、大切な何かをなくした痛みを抱えながら生きている。だからこそ、おっこにも優しくなれるし抱きしめてくれる。

 『若おかみは小学生!』は、人生における喪失と再生を描いた日本アニメ映画の新たな名作なのだ。

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決して教育的な物語ではない

 原作は、講談社の青い鳥文庫から刊行された、令丈ヒロ子による大人気児童文学シリーズで、劇場版の公開と同じ年に、テレビシリーズも放映されている。

 児童文学と聞くと、大人目線の教訓を含んだ堅苦しくて退屈なお話だと、固定観念を持っている方も多いかもしれない。かつてはそのようなカテゴリーだった時期があり、現在も、とかくお説教をしたがる作家はいるのかもしれない。だが、全体としての実態はまるで異なる。大人の小ざかしい計算やごまかしなど通用しない子供にも純粋に面白いと思ってもらえる、優れたエンターテインメントの一ジャンルなのだ。累計1,000万部を超える大ベストセラー「バッテリー」シリーズをはじめとする、日本を代表する児童文学作家・あさのあつこの作品を説教臭いと感じる人は、ほとんどいないだろう。

美陽とウリ坊
おっこの不思議な仲間たち(真月の姉・美陽とウリ坊)。『若おかみは小学生!』より (C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 『若おかみは小学生!』も、大人目線で子供にお説教するための、教育的な物語では決してない。本当にそうしたければ、悲運に見舞われてもくじけない明るく前向きな少女として、おっこを描くだろう。彼女は確かに、両親を亡くして間もないとは思えないほど元気なのだが、持ち前の性格がそうさせているのではない。悲運があまりに突然すぎたせいか、両親が永遠にいなくなってしまったことを、現実の出来事として認識できていないのだ。どこまでが本当に起きたことで、どこからが空想か、よくわからなくなっている。だからこそ、ウリ坊や美陽のような、存在しないはずの幽霊だって見えてしまうのだろう。

 導入部分で最も心を動かされたのは、おっこが祖母のいる春の屋へ向かうため、今まで暮らしていた家を後にする場面だ。彼女は涙ぐむこともなく、両親が消えて暗く殺風景になってしまった空き家に向かって「行ってきます」と告げて出て行く。春の屋でも度々、両親がすぐ近くにいるような夢を見て、気にかけてくれるグローリーさんには、両親がまだ生きているような気がすると、素直な気持ちを打ち明ける。

 そんなおっこにも、ある出来事をきっかけに、両親がもういないこと現実として認める時がやって来る。彼女は蹴り飛ばすのではなく、受け止め許さねばならない。何を? 誰のせいでもなく、善でも悪でも計れない、自分の身に起きたこれまでのすべてを。誰も拒むことなく受け入れてくれる、ここ春の屋の温泉のように。

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やがて心の宝物になる

 何という強く、温かで、過酷でもあるクライマックスだろうと思う。その時、おっこが涙を浮かべて口にするセリフは、シンプルでありながらどこまでも深い。これまでの居場所を永遠になくしたことを知るのと同時に、新しい居場所を見つけたことを、彼女自身がその時に知るのだ。大切なものをなくしたまま生きる孤独は、ウリ坊や美陽が見えなくなった後だって、同じように喪失を知る祖母やグローリーさんが、抱きしめて癒してくれるだろう。そしてすべてが大きな優しさに包まれて、物語は冒頭とつながる輪を描くようにして終わる

 監督は『茄子 アンダルシアの夏』(2003)などを手がけた高坂希太郎。スタジオジブリ出身の、いわゆるスーパーアニメーターとしても知られ、『千と千尋の神隠し』(2001)の作画監督などをはじめ歴史的なタイトルに、長きに渡って携わってきた。

 そのスタジオジブリ作品である魔女の宅急便』(1989)にも、イマジナリーフレンドとの交流と別れのモチーフが登場する。主人公の魔女のキキは危機を経験し、それを見事に乗り越えるが、これまで意思疎通ができていた相棒の黒猫・ジジの言葉が、普通の猫の鳴き声にしか聞こえなくなる。非常に象徴的な描き方で、『若おかみは小学生!』のものとは意味合いが異なる気もするが、心を動かされるという点では甲乙つけ難い。『若おかみは小学生!』も、やがては『魔女の宅急便』のように、繰り返し観られるうちに認知度を高め、国民的アニメとして評価されるようになるはず。それだけ優れた内容の作品だ。

 原作小説のイラストに忠実な、デフォルメの効いたデザインでありながら、画面の隅々にまで行き届いたこだわりが見て取れるのも楽しみのひとつ。眼鏡のレンズの描写に、空を飛ぶ鯉のぼりのたなびきに、見るからにおいしそうな料理を作る厨房での料理人の所作。何となく動きを眺めているだけで心躍るのは、2Dアニメーションという表現ならではのものだろう。

 劇場アニメになると、コアなアニメファンがとかく文句をつけたがるキャスティングも、テレビシリーズでも演じた声優とゲスト出演が入り混じった状態であるにも関わらず、全員が自然になじんでキャラクターの魅力を最大限に引き出している

 まさに映画ファンにすすめるアニメ映画として、広い層に繰り返し観てほしい名作だ。自ら喪失を経験したことのある人であれば、エンドロールが終わった時に、人生を蹴り飛ばす代わりに抱きしめようという気持ちになるはず。優しさや温かさをくれるのであれば、それは大切な映画という以上に、心の宝物と呼ぶべきものなのだ。

【メインスタッフ】
原作:令丈ヒロ子・亜沙美(絵)「若おかみは小学生!」シリーズ(講談社青い鳥文庫)
監督・絵コンテ・演出:高坂希太郎
脚本:吉田玲子
美術設定:矢内京子
作画監督:廣田俊輔
美術監督:渡邊洋一
色彩設計:中内照美
CG監督:設楽友久
撮影監督・VFXスーパーバイザー:加藤道哉
編集:瀬山武司
音楽:鈴木慶一
音響監督:三間雅文
音響効果:倉橋静男西佐和子
アニメーション制作:DLEマッドハウス

【声の出演】
小林星蘭
水樹奈々
松田颯水
遠藤璃菜
小桜エツ子
一龍斎春水
花澤香菜
一龍斎貞友
てらそままさき
薬丸裕英
鈴木杏樹
設楽統バナナマン
小松未可子
ホラン千秋
山寺宏一
折笠富美子
田中誠人

若おかみは小学生

『若おかみは小学生!』
Blu-ray スタンダード・エディション
2019年3月29日
¥4,800(税抜)
発売・販売元:ギャガ
(C)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

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