利点と課題も見えたオンラインでのアジア映画の祭典!ウディネ・ファーイースト映画祭
ぐるっと!世界の映画祭
【第91回】(イタリア)
新型コロナウイルスの影響で中止や延期など対応を余儀なくされている国際映画祭。北イタリアで毎年4~5月に開催されているアジア映画の祭典ウディネ・ファーイースト映画祭(以下、FEFF)も、延期したものの状況を鑑みオンライン開催に踏み切った。当分はオンライン、または現地開催とオンラインでのハイブリッド型が主流となりそうだが、利点と課題も見えてきた。現地時間6月26日~7月4日に開催された第22回FEFFで検証する。(取材・文:中山治美、写真:ウディネ・ファーイースト映画祭、曽我満寿美)
3,000人がパス申請&観客賞の総投票数は2万5,000票
FEFFは欧州では珍しい、極東の一般大衆が楽しんでいる娯楽作品を中心に上映する映画祭。サッカーファンの間ではセリエAのウディネーゼの本拠地として知られているが、スロベニアとの国境にも近い人口約10万人の地方都市で、おそらく多くのイタリア人にとっても未踏の地。
その場所にアジア映画好きのメンバーが中心となって映画祭を立ち上げ、地道に人脈と信頼を築いてジャッキー・チェンやチョン・ウソンらトップスターを招待し、作曲家・久石譲のコンサートなども開催。映画祭期間中には市内各所でアジア関連のイベントやショップもお目見えし、街の恒例行事として定着している。その経済効果と街の認知度アップは、計り知れないものがある。
オンライン開催となった第22回も、特に状況の厳しいアジアのインディペンデント作品や若手監督の作品を世界に発信する機会をなくしてはいけないと例年規模の上映本数を維持。オープニング作品の韓国映画『白頭山』(2019)を皮切りに8つの国と地域から集めた46作品をピックアップ。参加者には、3種類のバーチャル映画祭パスを用意した。
シルバー・ニンジャは1作品のみ(視聴期間1か月)の視聴が可能で9.90ユーロ(約1,238円。1ユーロ=125円換算)、ゴールデン・サムライは6作品(同6か月)とカタログ付きで49ユーロ(約6,125円)、プラチナム・ショーグンは9作品(同9か月)とカタログ・映画祭バッグとT シャツ、さらに来年のパスの割引特典もついて100ユーロ(約1万2,500円)。FEFFの発表によるとパス登録者は3,000人。また観客賞の総投票数は2万5,000票に及んだという。
受賞結果は以下の通り。
●ゴールデン・マルベリー賞(観客賞第1位)&ブラック・マルベリー賞(特別会員による賞)
デレク・ツァン監督『少年の君』(香港・中国)
●シルバー・マルベリー賞(観客賞第2位)
レイラ・ジューチン・ジー監督『ビクティム(たち)』(マレーシア)
●クリスタル・マルベリー賞(観客賞第3位)&マイ・ムービーズ・パープル・マルベリー賞(インターネットの観客賞)
リャオ・ミンイー監督『アイ・ウィアードゥ(英題) / I WeirDO』(台湾)
●ホワイト・マルベリー賞(新人監督賞)
イ・サングン監督『EXIT』(韓国)
FEFFのレポートで興味深かったのが、パス所有者は指定した作品を期間中いつでも視聴できるのだが、90%の人が上映前後に監督や出演者のあいさつなども行われる映画祭デイリーカレンダー通りの上映日時を選択していたということ。
コロナ禍の自粛期間とあって、全世界の人が同じ時間に同じ作品を観ているというつながっている感覚を味わいたかったのかもしれない。
立ちはだかる権利の壁
筆者は日本からプレスパスで視聴した。しかし日本からアクセスできたのは46作品のうち、スペシャル・トリビュートと題して特集が組まれた渡辺紘文監督の4作品を含む13作品。ほかはヨーロッパまたはイタリア・オンリーがほとんどだった。
これは他のオンライン映画祭でも同様なのだが、例えば日本公開を9月25日に控えた松雪泰子主演『甘いお酒でうがい』のように、既に劇場公開やDVD販売、配信が決まっている作品は上映権の問題で、映画祭とはいえオンラインでの配信許可を得るのが難しい。
参加者にとって国際映画祭は、いち早く公開前の新作を鑑賞できるのが何よりの楽しみであり、FEFFのように自分の票が観客賞の行方を左右すると思うと熱の入れ方も違ってくるワケだが、そのあたりの大人の事情を整理するには時間が足りなかったようだ。
そんな中、FEFFでの世界配信を行った作品の一つが足立紳監督の『喜劇 愛妻物語』(9月11日公開)だ。同作は第32回東京国際映画祭コンペティション部門で上映され最優秀脚本賞を受賞しているが、足立監督にとってはFEFFが初の海外映画祭参加になるはずだった。今回、世界配信とはいえなかなか実感は味わえなかったようで、上映後に足立監督はSNSを目を皿のようにして反応をチェックしたという。
足立監督は「なんてキュートな夫婦!という意見もあれば、グロテスクな夫婦だいうショックな意見もあった。それらをひっくるめて肌で感じたかった」という。
続けて「僕は一人で映画を観るのは好きではない。いつも妻や子供たち、あるいは友人と観る。その方が一人で観るよりも何倍も面白く感じるからだ。映画祭というお祭りの場で観るのはまた格別に楽しく、僕にとっては生命力のみなぎる場となるので、やっぱりオンラインよりもみんなで一緒に観たい」と語り、いち映画ファンとしてもリアルな映画祭の開催を待ち望んでいるという。
実はこのみんなで鑑賞するという行為が、作品に力を与えることがある。FEFFでは『おくりびと』(2008)や足立監督が脚本を書いた『百円の恋』(2014)、さらに『カメラを止めるな!』(2018)が海外初上映されて熱狂を呼び、その後の快進撃を遂げたのはご存じの通り。
現地で取材する記者が口コミを聞いて上映に駆けつける例もあれば、映画会社は観客の反応を見て買い付けをするか否かを決めることが多々あるという。当分の間は、観客のアツい支持が背中を後押しするような話題作は生まれにくいかもしれない。
企画マーケットは好評!
FEFFでは上映のほか、若手批評家育成プロジェクト「FEFFキャンパス」、企画ワークショップ「タイズ・ザット・バインド」、企画・製作中のアジア作品と配給会社や映画祭とをつなぐ「フォーカス・アジア」もある。こちらも、今回はいずれもオンラインで開催。「フォーカス・アジア」の「ファーイースト・イン・プログレス2020」のセレクションに選ばれた、日本・チリ合作映画『グリーングラス』(イグナシオ・ルイス監督)の曽我満寿美プロデューサーが参加した感想を語る。
「開催期間は3日間。その間、海外セールス会社12社と7つの映画祭プログラマーとミーティングをしました。同様のオンラインでのミーティングはカンヌ国際映画祭のマルシェでも行われ積極的に参加しているのですが、わたしたちにとってはすごく世界が近くなったような気がします」
『グリーングラス』は東日本大震災をテーマにしたファンタジー。4年前に撮影を終え、現在、編集中。どこの映画祭で初披露を行うか、配給会社も合わせて模索している最中だ。「ファーイースト・イン・プログレス2020」では、FEFFが仲介となって新たな才能を探している映画祭や配給会社とのマッチングを行ってくれる。
「事前に参考映像と監督やプロデューサーによるプレゼンテーションを含めた15分の映像を提出するのですが、FEFFが提携しているベネチア国際映画祭やロカルノ国際映画祭の担当者にも資料を送ってくれて、両映画祭からも連絡をいただきました。ただミーティングは欧州時間に合わせることになるので、日本のわたしはまだましとして、チリにいるルイス監督は夜中の2時、3時スタートで、いつもつらそうで(苦笑)。時差の問題を実感しました」(曽我さん)
またコロナ禍で多くの人が自身の働き方を見つめ直したように、曽我さんもその機会を得たという。曽我さんは3年間、実父の介護を行っており、本来なら海外映画祭への参加は難しかったという。オンラインだから参加できたのだが、ミーティングを行っているまさにその最中に父親の容態が急変し、亡くなったという。「父親の最期を看取ることができました」(曽我さん)
国際映画祭は期間も長く、幼い子供を親戚に預けて現地に来ている人も多い。また渡航費や滞在費も膨大で、特に自主制作を行っている若手にとっては厳しいものがある。効果的なオンラインの活用が取り入れられていくことを期待したい。
来年は現地開催で!
映画祭終了後、FEFFのプレジデントのサブリナ・バラセッティと映画祭ジェネラル・コーディネーターのトーマス・ベルタケは「オンラインであっても、わたしたちは実際の映画祭を開催するかのように準備をし、いつもの映画祭と変わらぬ雰囲気を維持することに努めました。今回の経験から学んだことを大切にし(「実験」と呼ぶ方が正しいかもしれません)、来年の開催に生かしたいと思います」と共同でコメントを発表。
ただコロナ禍で受けた経済の打撃は、行政やスポンサー企業の支援あっての映画祭にも影響を与えるのは明白だ。また強化を進める中国の文化統制が映画祭にも及ぶことは確実で、その余波もあってか、今年8月に行われる予定だった香港国際映画祭は中止となった。何より映画の製作及び公開体制がまだ混乱しており、新作映画のお披露目の場であった映画祭の役割そのものが不確かなものとなっている。いずれにしても近年増えすぎた映画祭が、淘汰されていくこととなりそうだ。