『TENET テネット』クリストファー・ノーラン監督・キャスト集合記者会見
3日からついにアメリカでも公開がスタートしたクリストファー・ノーラン監督最新作『TENET テネット』(9月18日日本公開)の記者会見が先月行われた。ノーラン監督をはじめ、主人公の“名もなき男”を演じたジョン・デヴィッド・ワシントン、ニール役のロバート・パティンソン、悪役のアンドレイ・セイター役のケネス・ブラナー、セイターの妻キャット役のエリザベス・デビッキ、音楽のルートヴィッヒ・ヨーランソン、そしてプロデューサーのエマ・トーマスが出席。謎に包まれた『TENET テネット』誕生の理由とは。秘密を大切にするノーラン監督なだけに、核心に触れる発言はなかったが、その模様を一部伝える。
『メメント』の描写を現実に
Q:『TENET テネット』のコンセプトはどのように着想を得たのですか?
クリストファー・ノーラン監督(以下、監督):『TENET テネット』に登場するビジュアルや構想の中には、数十年前から考えていたものもある。私の初期の作品を観てもらうとわかるが、例えば『メメント』(2001)では、撃たれた銃弾が逆流して銃口に戻る場面がある。その時はあくまでもメタファーとしての描写だったが、今回はそれを物理的な現実として描いた。「こうした奇妙なコンセプトを、スパイ映画というジャンルに乗せてみたらどうだろうか?」と考えるようになったのが、6~7年前のことだ。
Q:ジョン、ミッションを課せられる「名もなき男」の動機については、どのように解釈しましたか?
ジョン・デヴィッド・ワシントン(以下、ジョン):「名もなき男」には「人類はきっと前進できる」という信念があり、それを前進させるためなら自らの命を犠牲にしても良いとさえ考えているのだと思う。それがまさに彼のTENET(信条)と原動力であり、そこを買われてスカウトされたんじゃないかな。その優しさこそが彼の強み。そういうことを意識しながら演じたよ。
Q:プロデューサーのエマ・トーマスに質問です。スケール的に難しい要求などを突きつけられるとき、どのように受け止めるのですか? ワクワクしますか?
エマ・トーマス(以下、エマ):夫(ノーラン監督)の書き上げた脚本を読むときはいつも緊張するし、「いったいどうなるのだろう」と毎回戦々恐々とします。だからこそ、あまり余計なことを考えずに、観客が映画を観るように読むことを心がけているんです。でも、読み進めていくと、クリストファーが観客にどのような体験をして提供したいかが、ちゃんと感じられるんです。なぜこれほどのスケールが必要なのかといったことを納得した上で企画を進めることができる。彼の撮る映画は確かにどれも大変だけど、スタッフにとってもキャストにとっても、楽しいものでもあります。
Q:エリザベス、あなたの演じるキャットはどんな人物なのでしょうか?
エリザベス・デビッキ(以下、エリザベス):脚本を読んだ時に、彼女が抱える様々な葛藤(かっとう)がリアルに感じられました。彼女のたどる心理的な変化も興味深くて、思わぬ事態に巻き込まれ、名もなき男やニールと関係性を構築していく中で、次第に自分の中に宿る力を見出していく過程がとても素晴らしいと思ったんです。それと、こうしたジャンルの映画では珍しいことだけど、キャットは自分の思い描く自由のために戦い、主体性をもって行動する女性。だから、演じるのは楽しかったです。
Q:ノーラン監督の現場は想像通りでしたか?
エリザベス:撮影前はプレッシャーと恐怖ばかり感じていました。重厚なストーリーだし、キャットについても、心理的にかなりダークな部分を演じなければならないうえに、新たな領域にも挑戦しないといけない作品だった。けれど、現場に入ったらそれはすぐに解けました。ジョンとケネスは本当に素晴らしくてよく笑わせてくれたし、楽しく撮影を進めることができた。あと、クリストファーを目の前にして言うのも照れるけれど、彼も本当に素晴らしい監督。とても集中する人なのに、役者にゆとりをもたらしてくれるので、のびのびと自分の限界に挑むことができました。
Q:ケネス・ブラナーへの質問です。役柄について、監督とはどのような会話があったのでしょうか?
ケネス・ブラナー(以下、ケネス):人物はすべて脚本に書きこまれている。クリストファーは素晴らしいキャラクターを創造してくれた。セイターは、その無鉄砲さと拙速な判断のせいで人類がとてつもない代償を支払うことになりかねない、そんな男だ。これは役づくりするまでもなく、すべて脚本に書かれていたこと。完成した映画を観た時、私はエマに「スクリーンに映る自分がひどく怖かった。クリストファーは素晴らしいキャラクターを作り上げた、そう彼に伝えてくれ」と言った。オリジナリティーあふれるキャラクターで、挑戦しがいのある役柄だった。そしてエリザベスが言うように、素晴らしい共演陣に恵まれた。俳優はよくこういうことを口にするものだけど、本当のことだ。クリストファーもエマも、ものすごいスケールの作品に挑んでいるのに、声を荒げたりすることが一切ないので、役者も安心して取り組むことができる。クリスは「時間」をテーマにした作品を多く撮っているからなのか、現場でも時間の感覚を変えてくれるんだ。二人とも魔術師だよ。現場に5,000人のスタッフがいても、役者の演技に一点集中してくれる。役者としてはこの上なく嬉しいことなんだ。
7年を費やした理由
Q:ルートヴィッヒ・ヨーランソンに質問です。まるで映像に編み込まれたような素晴らしいスコアで、この映画のリズムを刻んでいるような気がしますが、監督とはどのような会話を?脚本を読んだ時にどう思いましたか?
ルートヴィッヒ・ヨーランソン(以下、ルートヴィッヒ):この映画のスコアには、かなり早い段階から取り組んでいて、確か撮影の始まる6か月前くらいから作業が始まったんだ。脚本を読んで、今まで見たことのない世界が描かれることを知り、誰も聴いたことのないような新しいサウンドを提供しなければならないと覚悟した。企画の初期段階から週に一回のペースでクリストファーと話し合い、デモトラックに取り掛かった。そこから映像に合いそうな音を選別し、自分たちだけの音の世界を作り始めたんだ。撮影が始まってからも3週間に一度のペースで監督とメールのやりとりが続いたから、終始コラボレーションをしているような感覚だった。撮影が終わり、クリストファーと(編集の)ジェニファー・レイムが編集に取り掛かるようになってからは、毎週金曜日に作品を通して観ることを40~50回繰り返した。登場人物も多層的に描かれているので、そのプロセスがなければこの映画を心底理解し、登場人物を徹底的に分析することはできなかったと思う。
Q:キャストの皆さんに質問です。ノーラン監督作品に出演するにあたり、何か特別に準備したことは?
ジョン:まるでクリストファー・ノーラン大学に通うかのような準備期間だったよ。まずはスタントコーディネーターのジョージ・コットルとのトレーニングを通して役柄を分析するなど、体から役づくりに入っていった。そうしたアプローチは初めてだったんだ。格闘技を習得することで、映画ではどういうアクションが展開するか、事細かにわかるようになったし、プロ並みに人の首を折る技術も身につけた。とても興味深いプロセスだったよ。
Q:ノーラン監督は過去の作品でも時間の歪みを描いていますが、今回はさらに複雑な展開を見せます。『TENET テネット』は7年がかりの企画だったとのことですが、その間、ストーリーや描こうとしたことに進化はありましたか?
監督:「時間」というコンセプトを描くのに、スパイ映画というジャンルを選んだものだから、可能な限り興味をそそるスパイストーリーを練るのに7年を費やした。時間のコンセプトを説明しながら「名もなき男」とともに楽しめるスパイアクションを展開させるのは、大変な作業だった。世界を巡るロケ地や豪華なアクションでもって見せる「ジャンル」の造形と「時間」というコンセプトを掛け合わせるのが、今回の構想の肝だったからね。
Q:インスパイアされた哲学者や思想はありましたか?
監督:正直に申し上げて、哲学や思想に関しては私よりも遥かに頭脳明晰な先人たちが考えあぐねてきたわけで、私から語ることはできないのだけど、どちらかというと、「ペンローズの階段」(をベースにした「上昇と下降」)など、(オランダの画家)マウリッツ・エッシャーによるリトグラフが視覚的なインスピレーションになっている。脚本を書く時は図形で物事を考える傾向にあり、時間のベクトルがどのように折り重なっていくか等を図で考えることが多いので、脚本の主なインスピレーションはエッシャーと言えるだろう。
隔週で大規模撮影
Q:ロバート・パティンソンに質問です。昔からクリストファー・ノーランと仕事したいと思っていましたか?
ロバート:もちろんさ。クリストファー・ノーランの映画は、幼い頃から観ているよ。不思議なことにファンになればなるほど、監督が手の届かないところにいる感覚がして、「僕に出演するチャンスなど巡ってくるわけがない」と思い込んでいたから、この映画は思ってもいなかったチャンスだった。異世界にいるかのような奇妙な感じがしたよ。
Q:エリザベス・デビッキに質問です。いつも男に騙されないような、力強い女性を演じていてとても魅力的ですが、意識して役選びをされているのでしょうか?
エリザベス:意識はするけれど、「強い女」と言っても、その力の源泉、形や見え方は様々だと思う。『TENET テネット』のキャットは、自らの力が次第に確実なものになっていく過程が描かれていて、これはクリストファーの脚本によるところが大きい。残酷なまでに正直にキャットを描いていて、スパイ映画のジャンルの中でこういう女性を登場させたのは画期的なことだと思う。他の作品で、一見弱そうに見える女性を演じることはあるかもしれません。そういう時は、自分なりに工夫してその中にある芯をあぶり出すように演じるので、それはそれで面白いものです。
Q:劇中のスコアに関する質問です。様々な機材を使って音を作っているようですが、深い重低音など、どのような楽器や機材を使用したのですか?
ルートヴィッヒ:僕は、身の回りにある音をいじって、「聞き覚えがあるのに何の音かわからない」といわれるようなサウンドを作るのが好きなんだ。だから、いろんなものを使っている。企画の初期段階では、さまざまな機材を使ったり、音源をいじったりしながら作っていた。スコアの大部分は、何の音かいまいちわからないギター音や周囲音だったりするんだ。人の呼吸音なども使っている。これはクリストファーが考えついた案で、自らマイクに吹き込んでくれた呼吸音に細工をして、不快な音に仕上げている。
Q:監督はスコアを含め、様々な作業に積極的に関わるのですね。
監督:全体の音響デザインとスコアが密接に繋げることにこだわりたいので、早い段階からサウンドエディターのリチャード・キングとルートヴィッヒとが協業できる体制を作ったんだ。ルートヴィッヒの音楽はゼロから作られていて、過去に見聞きした何かを想起させるものは一切なく、全てが新鮮だ。そこには主題や、観客を盛り上げる要素もふんだんにあるけれど、彼の場合、音色そのものが映画のDNAに織り込まれているかのように音を組み立てるところが良い。とてもサブリミナル的なんだ。早期からスコアに取り組んでもらったのには理由があって、私は通常、編集段階でいわゆるテンプミュージック(既存の音楽)を使わない。つまり、編集時に他の作品のサウンドを仮であてて、それを元に作曲家に指示を出すことはしない。なのでルートヴィッヒには一から音を作ってもらい、編集段階でもデモ音をそのまま使うように指示した。そうすると、ストーリー展開から逸脱したサウンドが一切ない仕上がりになるんだ。映画の世界観と音響とスコアがとても密にフュージョンする。
Q:撮影に本物の747(大型旅客機ボーイング747)を使用したそうですが、撮影で難しかったシーンは?
エマ:航空機のシーンは、準備にものすごく時間がかかりました。実際に営業している空港での撮影という大変さもあったし、ほぼ前例のない取り組みだったので、撮影許可を取ったり、シーンを組み立てるのも困難。この映画の場合、そういう大変なシーンが隔週ごとにあったんです。高速道路のチェイスなど、一見普通のアクションであっても、スケールが大きい映画なので、3週間ほど道路を封鎖しなければならず、交渉事を含めて多くの人員を要する作業でした。でもスタッフはみんな優秀だったし、現地の方々もこの映画を作ることに価値を見出してくれたのか、快く迎え入れてくれたので本当に助かりました。
Q:ジョン・デヴィッド・ワシントンに質問です。リアルなシチュエーションの中での撮影は演技にどのような影響を及ぼしましたか?
ジョン:ムンバイでバルコニーを飛び越える場面があったのだけど、僕は高い所が苦手だったから、勇気を振り絞ってジャンプしなきゃいけなかった。あのシーンで、いよいよこの映画に出演しているっていう実感がわいたね。でも、地中海できれいなシャツを着てボートを操縦したりすることもできたし、楽しかったよ。
Q:高い所が怖いと監督に伝えましたか?
ジョン:「乗馬はできるか?」と聞かれたら「できるさ」と答えるのが俳優だ。あとはやるのみ。ムンバイのシーンでは、クリストファーは辛抱強く付き合ってくれた。とても感謝している。僕は基本的に監督の言うことに従順なタイプだけど、あの時はそうはいかなかったんだ。
監督:高所が苦手とは知らなかったよ。指示に従ってくれていないだけと誤解していた。それにしても数々の難題に挑んでくれる役者は見ものだ。カメラを回すと、とにかくベストを尽くそうとしてくれる。これだけハイレベルな人たちと仕事できるのはありがたいことだ。
Q:ケネス・ブラナーに質問です。とても深みのある悪役を演じていますが、「悪」を演じる上で工夫したことは?
ケネス:「悪」という意識はあまりなかった。ヒントになったのは、イギリスの若手下院議員についてのある記事だったんだ。そこには、彼が大学に入った時と政界入りを果たした時にこう言ったとあった「I was determined that I would win all of the glittering prizes.」(手に入れたいものは全て、何としてでも手に入れるつもりだった)と。ファウストの伝説などでも描かれているわけだけど、あの物語は、巨万の富を入れるために多大な犠牲を払うのもいとわない人間がいることを描いている。しかし悪魔との契約はいずれツケが回ってくるもの。かつ、その契約は弱点にもなるわけだ。私はセイターという人物をそういうふうに解釈した。クリストファーとは『ダンケルク』でも組んでいるけれど、彼は完全なるアーティストだと思う。心から尊敬できて、信頼できる監督と組めると、あとは現場の流れに任せれば良いという感覚になれる。
ノーラン監督の信条
Q:クリストファーに質問です一番好きなスパイ映画と最初に観たスパイ映画は?
監督:『007』シリーズで言うと、映画館で最初に観たのは『007/私を愛したスパイ』(1977)だった。ロジャー・ムーアが007役でね。今でもお気に入りの一本で、最近、子供にみせたのだけど、7歳の時に父親に連れられて映画館へ行った時を思い出したよ。私はその時、スクリーンにものすごい可能性を感じたんだ。「映画を観る」ということは、スクリーンを飛び越えて、世界のどこへでも行けて、素晴らしい光景を目にすることなのだと知った。完全に現実逃避できた。また、車が潜水艦に変わるなど、ファンタジックな要素も楽しかった。私はキャリアの大半を、あの時の感覚を呼び覚ますこと、そして観客に提供することに費やしてきた。これは今でも大事にしていることだ。映画に何ができて、どこへ連れてってくれるか、その可能性を感じてもらいたい。
Q:格闘シーンに関する質問です。本作は、今まで見たことのない新しいタイプの接近戦が登場しますが、どのように振り付けしたのでしょうか?そしてジョン・デイヴィッドとロバートはどのようにして演じたのでしょうか?
監督:あまりネタバレにならないように気を付けて話すけれど、言うまでもなく「時間の逆行」というコンセプトを視覚化することや、格闘シーンはストーリーの重要な柱になることは自明だった。なので企画の早い段階からスタントコーディネーターのジョージ・コットルと、格闘コーディネーターのジャクソン・スピデルと話し合いを始めた。様々な格闘映画のアクションを研究し、「時間を歪めたら、これはどうなるのだろう」と想像してみたりした。徹底的にリハーサルに取り組む期間も設けた。最初に取り組んだのは振り付けで、才能あふれるスタントマンやダンサーらと入念に準備を重ねた。まずは「名もなき男」とニールが登場する格闘シーンを成立させなければならなかったので、アクションシーンは、そこから撮影を始め、次第に規模の大きいシーンに着手するようにした。
ジョン:僕はアメフト選手だったから、動きが体に染み込むまで練習を繰り返すことには慣れている。「できるようになるまで練習するのがアマチュアだけど、できないなんてあり得ないレベルまで練習するのがプロ」とは良く言ったもので、この作品ではスタントチームとの練習が数か月間に及んだ。お互いに試行錯誤しながら取り組み、格闘の可能性の限界に挑戦した。そうやって動きを徹底的に作り上げることができたので、撮影では臨機応変に対応することができた。いろんな「格闘スタイル」とでも言うのかな……その一翼を担うことができたのでとても刺激的だった。
ロバート:現場で見ていたジョンの格闘は、見たことのない振り付けばかりだった。完成した映画を観たら、あらためて素晴らしい演技だと思ったのは言うまでもなく、そのうえでブルース・リーばりの格闘を繰り広げるからあっぱれだったよ。類稀な俳優だと思う。
Q:ジョンとロバートとエリザベスは、とても相性が良いように感じられたのですが、リハーサルを入念に重ねたからでしょうか?
エリザベス:リハーサルでもたくさん話し合いはしたけど、3人の関係がよく書き込まれてた脚本によるところも大きいと思います。あとは撮影を進めながら、お互いのリズムを掴むようにしていった感じかな。キャットは、名もなき男やニールに教えを乞わないといけない立場にいて、わたしも一俳優としても彼らに学ぼうという意識が働いたので、それがうまい具合にキャラクターに反映されたのかも。
Q:世界規模の撮影について教えてください。
監督:スケール感のある映画の撮影には、いろんな物理的な制約がつきものだけど、様々な街でロケができると、それだけ可能性が開ける。観客を、普段行くことのできないような地へ連れて行くことができて、そのスケール感ならではの現実逃避を提供できる。また、世界各国でアクションを繰り広げることにより、登場人物たちにのしかかる驚異が、局地的なものではない、とてつもなく大きなものであるということを表現することができるんだ。
(構成/編集部・入倉功一)