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ろうLGBTなどダイバーシティな社会を描き続ける原動力

映画で何ができるのか

まあちゃんと今村彩子監督
『友達やめた。』でまあちゃん(写真左)と向き合う今村彩子監督。(c)Studio AYA

 今村彩子監督は生まれつき耳がきこえない。他者とコミュニケーションを取るのも苦手だという。しかし興味を抱いた人や事象にはカメラ片手にグイグイと迫り、「これを世に伝えたい」という猛烈な衝動が原動力となり唯一無二の作品を作り上げてきた。新作は、今村監督の、アスペルガー症候群の友人に対する心の葛藤を描いたドキュメンタリー『友達やめた。』(9月19日より劇場・ネット同時公開)。今村監督は映画というメディアを使って、ダイバーシティな社会を描き続ける。(取材・文:中山治美)

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アスペルガー症候群の友達とどう向き合うべきか?をカメラで探る

 ろうとアスペルガー症候群。どちらも傍目からは理解されにくい、いわゆるマイノリティーだ。そんな彼女たちの日常をカメラに捉えるというだけでも挑戦的だが、『友達やめた。』のテーマは別にある。今村監督の心の葛藤だ。

文字起こしのサポートをしてくれるまあちゃん
まあちゃん(写真右)は、今村監督が映像制作をする際、文字起こしをサポートしてくれている。(c)Studio AYA

 主人公は今村監督と友達のまあちゃん。彼女とは、今村監督が自転車で日本縦断の旅をしたロードムービー『Start Line』(2016)の上映を通して出会ったという。意気投合した二人は一緒に旅行に出掛けるだけでなく、手話もできるまあちゃんが今村監督の手話通訳や、さらには映像編集の文字起こしのサポートもするようになっていく。だが夫婦関係と同じで、一緒にいる時間が長くなれば違いも見えてくる。中でも互いが思う「常識」や「普通」が異なり、「“いただきます”を言わない」などの些細なことでギクシャクするように。その度にまあちゃんの発達障害が今村監督の頭をよぎり、アスペルガー症候群なのだから仕方がないと納得してみたり、いや、本当にそれが原因なのだろうか?と疑ってみたり。このモヤモヤを解消し、友達でい続けるにはどうすればいいのかを探るべくカメラを回したという。

友達やめた。
『友達やめた。』より(c)Studio AYA

 劇中では、旅先でひと悶着あり険悪になっている場面もあれば、お互いの心情を正直につづったSNSの文面も登場する。友達の映画のためとはいえ、よくぞまあちゃんも付き合ってくれたものである。

 「実はまあちゃんは、家族にも友達にも自分がアスペルガー症候群であることを打ち明けていません。でも今回『カメラに撮っていい?』と尋ねたら、『アスペルガー症候群を理解しましょうという内容なら嫌だけど、あやちゃん(今村監督)の心の葛藤ならいいよ。どんな映画になるのか、わたしも見てみたい』と承諾してくれました」(今村監督)

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マイノリティーやマジョリティーという枠は意味がない

 友人の嫌な部分が見えた際、おそらく多くの人がやり過ごす、あるいは静かに距離を置き始めるに違いない。だが、今村監督は果敢に「なぜ?」を追及する。根底にはまあちゃんが好きという思いがあったからに違いないが、人間に対する探究心と好奇心が強い証だろう。その視点が、型にはめられがちな“障害者”のイメージを打ち壊し、個々人の実に豊かな個性をユーモアを持って浮かび上がらせる。

まあちゃん
手話もできるまあちゃん。『友達やめた。』より(c)Studio AYA

 「まあちゃん自身も、アスペルガー症候群の疑いがあると診断された時は(過去のトラブルの要因がそれに起因するものと納得でき)ホッとしたそうです。でも、二人の関係がギクシャクする要因のどこからどこまでがアスペルガー症候群の影響なのか、それともまあちゃん自身の性格によるものなのかが、わたしにはわからない。アスペルガー症候群に関する本も読みましたが、カメラを回し始めてからは書かれていたことを一旦忘れ、まあちゃん自身と向き合いました。すると、まあちゃんはこういうことをされるのが嫌わたしはこういうことをされると腹が立つということがわかるようになり、対応策を一緒に考えればいいのだということに気づきました。さらに、まあちゃんと出会って実感したのは、マイノリティーやマジョリティーという枠を作って人をくくるのは意味がないということです。確かに立場は違えどマイノリティー同士だから共感が持てる部分はあるのかもしれませんが、同じマイノリティー同士でも性格の合わない人はいます。あらゆる人と、1対1の人間として付き合っていきたいという気持ちが強くなりました」(今村監督)

まあちゃんと今村監督
主人公のまあちゃん(左)と今村監督。『友達やめた。』でのワンシーン。(c)Studio AYA

 まさに今村監督にとってカメラは他者や社会とつながるコミュニケーションツールであり、映画を通して自身の世界を広げてきた。映画と出会うきっかけからしてそうだったという。

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映画が家族のコミュニケーションだった

 今村監督は家族の中で唯一、耳が聞こえない。今ではテレビに字幕がついているのが標準となっているが、1979年生まれの今村監督の幼少時代は、まだ無かった。テレビを囲んだ家族団欒(だんらん)の場でも一人、楽しむことができなかったという。そんなある日、父親がレンタルビデオ店で洋画を借りてきた。スティーヴン・スピルバーグ監督の名作『E.T.』(1982)だ。字幕付きで家族一緒に鑑賞できたことで、感動は倍増。以来、字幕が付いている洋画を観ることが家族とのコミュニケーションとなり、今の世界に進むきっかけになったという。

今村彩子監督
今村彩子監督(撮影;中山治美)

 「ただお父さんの趣味で、観るのは『ロッキー』(1976)とかハリウッドのアクション映画ばっかりでした(笑)」(今村監督)

 大学在学中の19歳の時には、公益財団法人ダスキン愛の輪基金が実施しているダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業の研修生に選ばれ、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)に映像制作を学ぶために1年間留学している。帰国後に制作した初監督作は『めっちゃはじけてる!豊ろうっ子 /~愛知県立豊橋ろう学校の素顔~』。ろう学校のありのままを知ってほしいと学生たちの日常をつづった本作は、名古屋ビデオコンテスト(主催:名古屋テレビ)で優秀賞に輝いた。受賞もさることながら、観客の「ろう学校に対するイメージが変わった」などの声に覚醒し、映像でろう者の日常や考えていることをドキュメンタリーで伝えていくと決意する。

 その行動力が発揮されたのが、2011年の東日本大震災の時だ。震災発生11日後に住まいのある名古屋から宮城に入り、避難所などを回ってろう者を取材。以降、2年4か月に渡って現地に通い続け、津波警報が聞こえなかった当時の状況や、障害のある人の死亡率が一般の2倍に上っていたことを映画『架け橋 ~きこえなかった3.11~』(2013)にまとめ発表した。自称コミュニケーション下手がウソのようだ。

架け橋 きこえなかった3.11
『架け橋 ~きこえなかった3.11~』で被災地に入り、津波被害の大きさを取材した。(c)Studio AYA

 「下手ですよ(苦笑)。特にはじめましての方は苦手で、話せなくなってしまうんです。でも、自分の興味のあることなら大丈夫。特に東日本大震災の時は、ろう者の情報がテレビや新聞報道からなかなか出てこなかったので、気になっていました。知りたい! 伝えたい! という気持ちに駆り立てられ、カメラを手にしているのだと思います」(今村監督)

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自転車旅が人生のターニングポイント

沖縄から北海道まで自転車で旅
今村監督のターニングポイントとなったというドキュメンタリー映画『Start Line』のワンシーン。今村監督は自転車で沖縄から北海道まで旅をした。(c)Studio AYA

 ろう者をテーマにした映画を制作してきた今村監督だが、2016年に自分の苦手を克服するべく行動を起こす。それが前述した『Start Line』だ。コミュニケーションをテーマに伴走者兼カメラマンの哲さん(堀田哲生)と自転車旅に出たものの、その目的から逃げてたびたび心を閉じる今村監督が哲さんに叱られまくって泣いたり、ケンカしたりの珍道中。己の恥部もさらけ出した今村監督の体当たり精神に思わず笑ってしまう。しかし旅先で出会った聴力にハンディキャップ を抱えた豪州人のウィルが片言の日本語で異国の人と交流する姿を見て、コミュニケーション下手は耳が聞こえないせいではなく、自分自身の考え方に問題があったのだと気付くという、実に奥深き作品だ。本作は、韓国・全州(チョンジュ)国際映画祭やドイツ・フランクフルトで開催される映画祭ニッポン・コネクションなど海外でも上映された。

哲さんとウィル
映画『Start Line』で今村監督を叱咤激励した伴走者の哲さん(写真左)と、コミュニケーションに悩む今村監督の考え方を変えた豪州人のウィル。(c)Studio AYA

 「『Start Line』の自転車旅は、自分の人生のターニングポイントになったと思います。本当はモメ事も自分の涙も、あそこまでさらけ出すつもりはなかったのですが、自分の感情を出さないと観ている人には伝わりません。でもそうしたことでろうの監督の作品だから感動モノでしょ? というステレオタイプを脱することができたと思います。障害の有無に関係なく、笑ったり共感したり、映画として純粋に楽しんでくれた人が多くてうれしかったです」(今村監督)

 その後も、今村監督の興味は尽きない。ろう・難聴LGBTを取材した教材DVD「11歳の君へ~いろんなカタチの好き~」(2018)や、手話と字幕で伝えるHIV/エイズ予防啓発動画を制作した。現在は2021年3月公開を目標に『架け橋 きこえなかったあの日』を制作中で、10年を一つの区切りとして東日本大震災をはじめ、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨、そして今年のコロナ禍と、耳の聞こえない人たちが直面した困りごとや、その解決に向けた取り組みなどを取材している。

 こうした今村監督ら当事者たちの発信により、例えば今回のコロナ禍においても、行政が行う記者会見で手話通訳の存在がクローズアップされたり、透明マスクやマウスシールドが普及するなど、耳の聞こえない人を取り巻く環境は少しずつ改善されているように見える。

架け橋 きこえなかったあの日
新作『架け橋 きこえなかったあの日』を撮影中の今村彩子監督(写真左端)。(c)Studio AYA

 「東日本大震災の時、せっかく手話通訳がいるのにニュース番組では(当時の内閣官房長官だった)枝野(幸男)さんの顔ばかりアップで映し出されていて残念に思っていました。今のテレビは日本語字幕も表示されますが、ろう者の中には字幕だけではわからない人もいます。カナダやニュージーランドのニュース番組で必ず手話通訳がワイプで映っているのを見ると、マスコミの意識の差があるのかな? と考えてしまいます。また口元だけでなく相手の表情で何を言っているのかを読み解くろう者の中には、マスクで顔の半分が隠れてしまうことに不安を感じる人がいるということも知っていただけたら」(今村監督)

 今村監督の作品はわたしたちにも大きな気づきを与え、視野を広げてくれるのだ。

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