俳優・草なぎ剛にハマる映画10選
「今までで一番の大挑戦の役」とも語る主演映画『ミッドナイトスワン』が9月25日より公開される草なぎ剛。初のトランスジェンダー役を演じた同作で、自らの“性”と葛藤する主人公の凪沙を好演している。それが表現できたのは、以前から幅広い役柄を演じてきた積み重ねがあったからこそだろう。そこで、草なぎの役者としての幅の広さや魅力を知ることのできる主な出演映画を振り返ってみたい(数字は日本映画製作者連盟調べ)。
多彩な才能が揃い、さまざまな分野で活躍している元SMAPのメンバーの中では、ドラマや映画での主演が最も遅かった草なぎ。出だしこそ頭角を現すまでに少し遅れをとったが、いまや俳優としての評価は、メンバーの中で最も高いといっていいかもしれない。テレビドラマでは多数の主演男優賞受賞歴を誇り、舞台でも第14回(2007年)読売演劇大賞の杉村春子賞を受賞している。共演者やスタッフから、天才的だと評されることも多いその芝居は、憑依型と称されることもあるが、同化して役そのものになり、現場にただ“居る”ことができるという表現が近いようだ。そうして、天使のような善人から悪魔的な怖さをもつ極道まで、どんな役にも染まり、それぞれが全く異なる幅広い役柄を演じてきた。
バラエティー番組とは裏腹な、感情表現を抑えた芝居
バラエティー番組などでは、明るくハイテンションな姿も見せる一方で、俳優としては感情表現を抑えた芝居で、クールに見えたり、体温の低い感じの人物を演じることも多い。さらには、無機質な感じや植物的な穏やかさを纏うこともある。2003年のファンタジックな感動作『黄泉がえり』では、死者が蘇るという超常現象の調査を行う少し生真面目な主人公の厚生労働省職員・川田平太を演じ、初の単独主演作ながら30.7億円の大ヒットを記録した。全編韓国語で撮られたスタイリッシュな2004年の映画『ホテル ビーナス』では、自身のテレビ番組に由来する主人公のチョナンを演じ、タップダンスや特技である流暢な韓国語を披露した。また、“生きる”ことをテーマにしたテレビドラマ「僕」シリーズ(2003年の「僕の生きる道」などの3部作)の映画版的な『僕と妻の1778の物語』では、余命僅かな愛する妻のために、毎日1編の小説を書き続けるSF作家の主人公・牧村朔太郎を、少年のようなピュアさを醸し出して演じている。これらの役柄では、時には激しさもみせるが、感情をあからさまに出さず、淡々と受けの芝居に徹していることも多い。余白のある芝居とその静かな佇まいが、彫の深い端正な顔だちと相まって、内に秘めた繊細な心情など、観る者の想像を掻き立てるものがある。
ダークヒーローが当たり役となった『任侠ヘルパー』
静と動、柔と剛、陰と陽など、相反するものを内に秘めたかのように、抑制した穏やかな芝居から、爆発的な激しい感情をむき出しにする芝居まで、その落差や瞬発力のすごさにも定評がある。それは時に、狂気的とも悪魔的ともとれる怖さを感じさせる。そんな凄みが特に発揮されているのが、2012年の主演映画『任侠ヘルパー』。極道の男が介護士になるという2009年の同名テレビドラマの続編的な位置付けにあたるが、実質的には草なぎの演じた元極道の主人公・翼彦一というキャラクターをフィーチャーした、オリジナル作品に近い。口の悪い強面の元極道である彦一は、再び裏社会に引き寄せられて一旦は高齢者を食い物にしようとするも、最終的にはその仁義の厚さや義侠心を見せるダークヒーロー的な人物。草なぎには、1997年の初主演の連ドラ「いいひと。」で演じた、タイトルロールどおりの主人公が初期の当たり役となったことから、優しく穏やかな善人役のイメージもいまだ根強いが、その真逆のアウトロー的人物を、キレの良いアクションと共に見事に演じて見せたことは、演技の幅広さを強く印象づけた。
憧れの高倉健と共演
任侠道に生きる男を演じる上では、元々好きで見ていた高倉健さんの任侠映画も参考になったという。そんな憧れの大先輩との共演作が、高倉の遺作でもある2012年の『あなたへ』。高倉演じる主人公が、亡き妻の故郷へと車で旅するロードムービーだが、草なぎは道中で出会う、イカ飯の実演販売人を演じている。妻への不倫疑惑の悩みを抱えながら全国出張を繰り返しているという役だが、基本的には等身大の“普通”で“平凡”な男。そんな役自体は数多く演じてきているが、高倉さんを前にするとNGを出さないようにすることで精一杯で、芝居らしい芝居ができなかったともいう。しかしそこから得たものは大きく、俳優としてのリスタートを切ることができたようだ。
草なぎ史上、最もクズかもしれない『台風家族』
ダメ男やアウトロー的な役もハマる草なぎが、「自分が演じてきた中で最もクズの役かもしれない」とも語るのが、2019年の主演映画『台風家族』。親の遺産を巡って争うことになる4兄妹の長男で、無職の父親でもある鈴木小鉄役を演じている。妻と娘のため、親の遺産を少しでも多くせしめようと、なりふり構わず弟妹と醜く争う姿は、喜劇にも悲劇にも見える。草なぎ自身が珍しく、現場で悩みながら演じたという主人公は、全編ほとんど出ずっぱりで喜怒哀楽のさまざまな顔をみせる。同年の『まく子』でも、また違ったダメ親父役で助演している。
男気あふれる侍役も
クズな役やクールな役とは真逆の男気にあふれた熱い役もある。2009年に主演した山崎貴監督作『BALLAD 名もなき恋のうた』では、戦国時代の小国の侍で、「鬼の井尻」と恐れられる槍の名手・井尻又兵衛を演じた。同作は、2002年の名作アニメ『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』を原案にしており、現代人の一家が戦国時代にタイムスリップしてしまうというSF時代劇。草なぎは凛々しい甲冑姿で、無骨ながらも命を懸けて愛する姫を守ろうとする切なくも激しい侍の生きざまを演じている。
宮藤官九郎作品でぶっ飛んだ父親像
他にも、2013年の宮藤官九郎監督・脚本の『中学生円山』では、その存在感を活かし、善人にも狂人にも見える謎のシングルファーザーをミステリアスに演じている。同じ団地に暮らす中学生がさまざまな妄想をめぐらすコメディーで、その妄想の中では殺し屋も演じている。また、1938年の清水宏監督作『按摩と女』を石井克人監督が忠実に“カバー”(リメイク)し、主人公の勘が鋭く目の不自由な按摩・徳市を演じた、2008年の『山のあなた 徳市の恋』などもある。同作ではオリジナルの『按摩と女』を何度も見返し、同じ役を声のトーンまで完全コピーしたうえで独自の表現に挑んでいる。
そして、これまで演じてきた役のすべてが血肉となって表現されているのが、最新作『ミッドナイトスワン』。同作は草なぎにとって、俳優としての新たな扉を開くと共に、大きなターニングポイントとなることだろう。また、本作を見ると誰もが、俳優としての草なぎの魅力やポテンシャルの高さに、改めて気づかされるはずだ。(天本伸一郎)