アメリカ史上最も危険な男!銀幕に輝くアル・カポネの肖像
今週のクローズアップ
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)などのトム・ハーディがアル・カポネの最晩年を演じる映画『カポネ』が2月26日より全国公開されます。さまざまな映像作品に題材を提供してきた伝説のギャングの生き様を映画作品とともに紹介していきます。(編集部・大内啓輔)
1920年代、アメリカ第3の都市シカゴの暗黒街で名を轟かせ、密造酒販売、売春、賭博などで莫大な売り上げをあげていたアル・カポネ。当時施行された禁酒法は闇酒場を横行させ、カポネが率いた犯罪組織も酒の密造やカナダからの密輸によって利益を貪ることとなり、彼は「裏のシカゴ市長」とまで呼ばれるほどの権力を手にしていたのでした。のちに映画をはじめとする大衆文化の中で繰り返し描かれることによって、虚実ない交ぜになったギャングスターのイメージを定着させることになります。
デ・ニーロの徹底した役づくり!正義の側から描かれるカポネ
顔に傷跡があったことから「スカーフェイス」という異名も持っていたカポネ。その傍若無人ぶりに歯止めがきかない彼を逮捕すべく立ち上がった、アメリカ合衆国財務省捜査官たちのチーム「アンタッチャブル」の戦いの日々を描いたのが『アンタッチャブル』(1987)です。地元警察をはじめ、役所や裁判所を買収で牛耳っていたカポネの悪行をみかねて、政府はシカゴへ財務省のエリオット・ネスを派遣。仲間たちと危険を顧みずに巨悪に挑むネスの活躍が、実録調でテンポよく活写されていきます。
不敵な笑みを絶やさないカポネを演じたのは『ゴッドファーザーPART II』(1974)、『グッドフェローズ』(1990)、『カジノ』(1995)、『アイリッシュマン』(2019)といった作品でもマフィア役を務めたロバート・デ・ニーロ。徹底した役づくりで知られるデ・ニーロはカポネになりきるために額の生え際の全ての毛を抜き、顔も太らせて撮影に臨んだというエピソードも。物語はネスを中心に正義の側から描かれるため、登場シーンは多くはないものの、それがかえって大物感を醸し出しています。
また、正義感あふれるネスをケヴィン・コスナーが演じており、遅まきながら(公開当時、32歳)ハリウッドスターの仲間入りを果たします。そして、当時スランプ状態にあったショーン・コネリーがネスと手を組む初老の警官を好演し、第60回アカデミー賞助演男優賞に輝いて起死回生を果たしたことでも知られています。『戦艦ポチョムキン』(1925)におけるオデッサの階段のシーンを引用したシカゴ・ユニオン駅での銃撃戦など、ブライアン・デ・パルマ監督らしい演出も光ります。
さまざまな作品で換骨奪胎される最恐ギャング
伝記的な事実では、カポネの脱税をめぐる裁判が1931年10月に始まり、刑務所に収容されることになりました(ローレンス・バーグリーン著、常盤新平訳「カポネ 人と時代 殺戮と絶望のシカゴ篇」集英社刊)。『アンタッチャブル』のラストでは、カポネが陪審員を買収していたことが露呈し、ひいてはアメリカ合衆国側が勝利する見事な幕切れを迎えます。この1930年代のアメリカではギャング映画が隆盛を見せましたが、ワーナー・ブラザースを中心にハリウッドで製作された一連の作品に強烈なギャング像を提供したのが、密造酒の利権をめぐって過激な抗争を繰り広げるカポネたちギャングだったのです。恐慌時代も重なる当時の社会情勢のなか、ギャングたちの姿は社会の無秩序を体現する存在として暗い輝きを放っていました。
そんなギャング映画ブームに乗じて、数々の映画スターたちも誕生することに。マーヴィン・ルロイ監督の『犯罪王リコ』(1930)ではエドワード・G・ロビンソン、ウィリアム・A・ウェルマン監督の『民衆の敵』(1931)ではジェームズ・キャグニー、ハワード・ホークス監督の『暗黒街の顔役』(1932)ではポール・ムニといった俳優たちがカポネをモデルにしたギャングを演じ、スターへと上り詰めます。これらの作品でのギャングは貧しい移民一家に出自を持ち、成り上がるために卑劣な手も厭わず犯罪者になるという、それまでとは異なる社会的な背景が書き込まれることになりました。
そして、食卓で情婦の顔に半切りのグレープフルーツを押しつけるショッキングなシーンなどが物議を醸した『暗黒街の顔役』をデ・パルマ監督が大胆にリメイクしたのが『スカーフェイス』(1983)です。オリヴァー・ストーンが脚本を担当し、1980年代を物語の舞台に設定。主人公もキューバから反カストロ主義者として追放されてフロリダ州のマイアミにやってきたトニー・モンタナになっています。この作品では麻薬ビジネスがギャングの主産業になっており、元の作品にもあった実の妹への過剰な愛情の描写やチェーンソーによる暴力描写などは、より過激に展開されます。
主人公のトニーを演じたのは『ゴッドファーザー』(1972)などのアル・パチーノ。成り上がるために世話してくれたボスを殺害し、その恋人を奪い、組織のトップとして莫大な利益をあげるようになったのちのトニーの悲壮感は、パチーノの名演によるもの。すべてを手にしたことで周囲への不信感を募らせ、長年連れ添った仲間や妻さえも信じられなくなって罵詈雑言を撒き散らす姿を神経質に演じています。デ・ニーロと同じく役づくりにこだわるパチーノですが、二人は『ゴッドファーザーPART II』にともに出演したほか、その後も『ヒート』(1995)、『ボーダー』(2008)、『アイリッシュマン』といった作品で共演しています。
ほかにもさまざまな毛色の作品に登場してきたカポネ。ロッド・スタイガーがカポネを演じた『暗黒の大統領カポネ』(1959)や「B級映画の帝王」と呼ばれるロジャー・コーマンが監督した『聖バレンタインの虐殺/マシンガン・シティ』(1967)が作られたほか、マリリン・モンローが主演したビリー・ワイルダー監督のコメディー『お熱いのがお好き』(1959)では、カポネをモデルにしたコロンボが登場します。ここでは1930年代からロビンソンたちと並んでギャングスター役で名を馳せたジョージ・ラフトがコロンボを演じるという遊び心を垣間見ることができます。
カポネの最晩年を描く異色作
新たなカポネ像を提示する『カポネ』が描くのは、最盛期を過ぎた晩年の変わり果てた姿。1940年代半ば、服役を終えてフロリダ州にある豪邸で静かな隠居生活を送っていたカポネは、かつて「暗黒街の顔役」として恐れられていた当時の面影はなく、10代から患っていた梅毒による認知症に苦しんでいました。痴呆症状を伴って意識には妄想が入り交じり、理性を保てないときもあるありさま。ハーディが全身で表現した、病気に蝕まれていくカポネの容姿は驚くほどの変貌ぶり。
10代の頃から梅毒に苦しんだカポネは獄中にいたときから症状を悪化させており、顔の傷もより生々しく、年老いた牛のような声も不気味なほどです。ベッドで失禁してしまうなど、年老いた醜い姿に加えて赤ちゃん返りしたような振る舞い。健康状態が悪化したために葉巻の代わりに細いニンジンを咥えさせられている姿に象徴されるように、どこまでも滑稽でありながら悲哀に満ち満ちています。しかしながら、カポネはこのとき48歳。若き日に尽くしたのであろう悪行の数々や不健康な贅沢三昧の生活も思わせます。
一方で、FBI捜査官たちは彼の仮病を疑い、隠し財産の行方を探るために執拗な監視活動を行っていました。カポネは奇行を繰り返しますが、それは演技なのか? 混濁するカポネの意識とともに、物語もどこまでが現実の光景なのかが判別しにくくなり、観客もカポネ=ハーディを見極めるよう試されることになるのです。一人の個人としてカポネを主人公に、これまで正面から描かれなかった最晩年を描く異色作に仕上がっています。