強いヒロインの鎧に進化したバーバリーのトレンチコート
映画に見る憧れのブランド
カジュアルな秋の着こなしにクラス感と大人感を与えてくれるバーバリーのトレンチコート。そのせいか、強いヒロインを飾るファッションとして、多くの映画で象徴的に登場します。そんなバーバリーのトレンチコートの歴史を紹介しましょう。
機能性の高い軍用コート
トレンチコートは現在の形になるまでに様々な変遷を辿りましたが、鍵となったのは1879年にトーマス・バーバリーが発明したギャバジン生地。1856年、「衣服は英国の天候から人々を守るものであるべき」という哲学をもった21歳のトーマス・バーバリーはイギリス・ベイジングストークで服地屋を開業。丈夫で通気性のよい防風・防水に優れた生地「ギャバジン」を生み出すことによって、それまで重くて着心地の悪かったレインウェアの常識を変えました。(※1)その後、第一次世界大戦中に兵士のために、それまで販売していたコートに改良を重ねて、より機能性の高いトレンチコートを作り出します。
実は「トレンチ」とは「塹壕」の意味があり、元々は塹壕の中でいる兵士を激しい天候から守るために作られたもの。膝丈の裾(防寒)、エポーレット(双眼鏡や水筒、銃などが落ちないように留めておく肩帯)、カフ・ストラップ(風雨が入り込まないように袖口を絞るベルト)、ストーム・フラップ(襟を閉じると冷気や風雨をシャットアウトできる)、チン・フラップ(襟を立てて風雨が入らないようにする襟元の帯)、といったトレンチの特徴は実は重要な機能性があるのです。(※2)
だからこそ、強いヒロインたちが映画で纏うコートにトレンチが多いのは、トレンチコートが彼女たちを厳しい社会から守ってくれる象徴として使われているから。1980年に日本で公開された『クレイマー、クレイマー』(1979)は、ダスティン・ホフマンが家庭を顧みぬエリート会社員の夫を、メリル・ストリープがワンオペに疲れ果てた妻を演じ、アカデミー賞主演男優賞と助演女優賞のWオスカーを獲得。加えて、作品賞、監督賞、脚色賞を含む5部門で受賞した名作です。家事と育児を押し付けられていた妻は、夫の元に子供を置いてでも自立した女性として生きていこうと家を出ますが、そのときにストリープが羽織ったのがバーバリーのトレンチ。女性は家庭を守るという、ジェンダーステレオタイプがはびこる当時のアメリカ社会に戦いを挑んでいるよう。
バーバリー・チェック
第一次大戦中に軍人が着用したバーバリーのトレンチコートは、アウトドア、スポーツ、旅行が浸透し始めた市民の間で広まり、アウターの定番となっていきました。1920年代にはバーバリーのトレンチコートの裏地であったデザイン「バーバリー・チェック」がアイコンに。このバーバリー・チェックがチラっと見えるヒロインのトレンチの着こなしが素晴らしいのが、フレンチ・ミュージカルの名作『シェルブールの雨傘』(1963)。
カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞した本作は、同名の主題曲も世界中で大ヒット。リボン、メリー・ジェーンのローヒール、ブルーのギンガムチェックのワンピ、同色のオーガンジー・ストールなどのガーリーなスタイルに、辛口のトレンチを合わせた主演のカトリーヌ・ドヌーヴのミックスコーデは今見ても非常にオシャレです。
青春の美しい恋と現実との狭間に揺れて、女の子が大人へと脱皮するストーリーである本作で、ドヌーヴが魅せるトレンチコートは、人生は雨や風が吹くものだ、というメタファーのようにも受け取れます。特に印象深いのは、トレンチを羽織ったドヌーヴが雨に濡れて震えるシーンではないでしょうか。
そして、雨に濡れたトレンチ姿と言えば、おなじみの『ティファニーで朝食を』(1961)のラストシーン。オードリー・ヘプバーンが愛猫を追って車から飛び降り、ジョージ・ペパードから逃げ出す雨のシーンは映画史上最もロマンチックなエンディングでしょう。ヘプバーンが演じるホリー・ゴライトリーは、貧困のため父親のような年上の男性と結婚しますが、夫を捨ててコールガールになってでも大都会NYで自分の人生を生きようとします。夫の庇護から離れて自立しようとするヒロインを飾るトレンチコートは、社会規範に対する女性の抵抗の象徴にも見えます。
モダンにアップデートされたトレンチ
1955年にバーバリーはイギリス王室御用達ブランドに指定され、チャールズ皇太子や故ダイアナ元妃もバーバリーのトレンチをペアで何度も着用。最近では、キャサリン妃のバーバリー・トレンチ姿も度々目撃されています。
英王室にも愛されるバーバリーのトレンチは、トラッドファッションでは欠かせぬアウターになりましたが、2001年に転機が訪れます。イギリス人ファッションデザイナー、クリストファー・ベイリーがデザイン・ディレクターに指名され、ラグジュアリーブランドへの転換が試みられたのです。2004年、クリエイティブ・ディレクターに昇進したベイリーは、バーバリー・トレンチの職人技に、ビニールやファーなどの素材、カラフルな生地、変化した機能パーツなどを加えて、様々なバリエーションのトレンチコートを生み出しました。(※3)
『モリーズ・ゲーム』(2017)のジェシカ・チャステインが着用するトレンチもその一例。実在のポーカールームの女性経営者モリー・ブルームの回顧録を映画化した作品で、スキーのモーグル選手として活躍した若い女性がふとしたことをきっかけにセレブを顧客にしたアンダーグラウンドのポーカールームの経営者になるという実話。
本作は、家庭、ポーカー、FBI……男性と同じ土俵で正々堂々と闘っても、いつもゲームから降ろされてしまうモリーが、FBIに逮捕されて弁護士に会いに行く時に着るのがバーバリーのトレンチコート。このモダンにアップデートされたブルーのトレンチコートは、男性優位な社会でも、自分流に(モリーズ・ゲーム)戦う決意のメタファーとも言えるでしょう。
さらに、シャーリーズ・セロンが激しいアクションシーンに体当たりした大ヒット作『アトミック・ブロンド』(2017)にもバーバリーのトレンチが登場。セロン演じるMI6のスパイ、ロレーンが各国の諜報機関のスパイの名前が書かれたリストを記憶しているスパイグラスを守るために、東ベルリンの建物の中を縦横無尽に、KGBを相手に死闘を繰り広げる場面です。このシーンでセロンが着ているグレーカラーのトレンチは、トラディショナルなものよりも裾が短く、生地も厚く丈夫なものになっており、まさに女の戦闘服!
社会的な声を上げ続けるバーバリーのトレンチコート
モダンなトレンチコートを打ち出すことにより、ブランドにセクシーで新しいイメージが加わり、バーバリーは高級トータルブランドへと生まれ変わりました。2016年には創業160周年の記念として、ドーナル・グリーソン、ドミニク・ウェスト、リリー・ジェームズ、シエナ・ミラーらアイルランドや英国の人気俳優をキャストし、創始者トーマス・バーバリーを描いたショートフィルムを発表して、映画ファンを取り込むことに成功。2020年のブリット・アワードでは、ボディ・シェイミング(体型批判)に問題提起するビリー・アイリッシュもコートからソックス、ネイルにまで全身バーバリーで登場し、注目を集めました。
2008年には慈善団体としてバーバリー財団を設立したバーバリー。さらに2018年のコレクションでは「レインボーチェック」を打ち出し、LGBTQ+の若者を支持する団体への寄付も行っています。(※1)
強く生きようとするヒロインの鎧として映画に登場するバーバリーのトレンチコート。そこには、荒ぶる気候から人々を守るという創始者の思いが、社会的マイノリティを応援するというブランドミッションへと進化していった歴史が背景にあるのかもしれません。
【参考】
※1…バーバリー公式サイト
※2…ワールド・フォトプレス「ワールド・ムック906 The Coat Style」
※3…バーバリーに復活をもたらした、クリストファー・ベイリーの6つの功績。 - VOGUE JAPAN
此花わかプロフィール
映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など。(此花さくや から改名しました)
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