『朝が来る』永作博美 単独インタビュー
子育ては思いもよらないことが毎日起こる
取材・文:石塚圭子 写真:尾藤能暢
直木賞作家・辻村深月によるヒューマンミステリー小説を、国内外で高い評価を受ける河瀬直美監督が映画化。実子を持てなかった者、我が子を手放さなければならなかった者、立場の異なる両者がそれぞれの葛藤を乗り越えながら、たどり着いた場所とは――。特別養子縁組という制度を知り、夫とともに新たな家族を迎える決意をした妻・佐都子を演じたのは、「意識せずとも母性を滲み出せる方」との理由でオファーされた永作博美。河瀬組に初めて参加した彼女が、撮影現場での貴重な経験や自身の子育てについて語った。
演じるというより、一緒に生きたという感覚
Q:『朝が来る』への出演を決めた一番の理由は?
河瀬直美監督とご一緒できると聞いたので。私を選んでくださったことに、まず嬉しいなと思いました。と同時に、作品としてのハードルは非常に高いなと……。いつもは割とイメージが何となく画で思い浮かんだりするのですが、今回は自分がどういうふうにやっているのかが、あんまり浮かばなくて。それが何を意味するのか、ドキドキでしたね。
Q:役に共感するところはありましたか?
共感ではなく、本当に一緒に生きた感じがあったんです。客観的に佐都子という人を見られていない。別の人じゃないんですよ。この作品の中で、私はずっと選択を迫られていて、自分の考えをどこに持っていったらいいのかを、いつも考えていたので、全て自分がやったことだという感覚になっていたんです。
子供が生まれるということの奇跡
Q:本作で描かれている特別養子縁組という制度について、どう思いますか?
実はかなり前に、特別養子縁組に関する番組のナレーションのお仕事をしたことがあったんです。そのときに興味を持って、本もたくさん読みました。今でもこの制度を受け入れるか、受け入れないかというのは人によって意見が分かれると思いますが、とにかくいろんなことを言ってくる人たちがいる中で、強い信念を持って、行き場のない子供たちを助けようとしている人と、本当に奇跡の子供がやって来た実感をあらわにしている人を見て、なんて素晴らしいことをやっている人たちがいるんだと、当時ただただ引き込まれ興味深かったのを覚えています。海外では養子縁組が当たり前になっている国も多いので、この差って何だろうなと……。
Q:この映画を観て、初めて特別養子縁組のことを知る人たちもいるかもしれません。
映画では、原作の辻村深月さんのメッセージ性の強い作品に、さらに河瀬監督が新たなメッセージを送ったなぁという印象を受けました。外国では普通のことなのに、何がそんなに不思議なの? という問いに答えを見い出そうとしたような。昨今の話として、登場人物たちがどう選択すればいいのかを必死に悩んでいる姿も魅力的だなと思いましたね。
Q:本作への出演を通して、家族のイメージに何か変化はありましたか?
夫役の井浦新さんと、特別養子縁組の説明会に参加するシーンがあるんですけど、そこで、実際に養子縁組をされた方たちが集まってくださって。とにかく幸せ度がすごかったです。「子供が生まれるって、奇跡なんだよ」っていうことを本当にわかっていらっしゃる方たちの集まりだったので、みんながありがたさを知っている。そのパワー、熱気がすごかったです。
シーンとして映らない時間を埋めていく“役積み”という作業
Q:河瀬監督の撮影現場はいかがでしたか?
驚きの連続でした(笑)。登場人物が経験してきたことを、そのままリアルに体験して、取り入れて、その人物になっていく作業を河瀬組では“役積み”と呼んでいるんですね。例えば小説では書かれているけれど、映画では削らなきゃいけない部分というのはたくさんあるのですが、そのほとんどのことを経験してもらう! という演出方法です。シーンとしては映らない時間を埋める作業を、すごく丁寧に積み重ねていく。本当にいろんなことを経験させていただきました。
Q:どんな経験が印象に残っていますか?
養子を望む夫婦として、井浦さんと一緒に、特別養子縁組の団体の代表の方と面接をしたときは、本当に覚悟が必要なんだなと思いました。「仕事を辞めなければいけませんが、それは大丈夫ですか?」や「どんな子が生まれてきても、受け入れますか?」など、たった10分ほどの時間なのに、決断しなきゃいけないことが一度にブワーッと入ってくる。それまでは、やっぱりどこか対岸で眺めていた感覚だったのが、一気に自分のことになって。今、すごい人生になっている……と感じました。
Q:俳優として、新たな面白さを発見できたという感じでしょうか?
もちろん。自分から絞り出してばかりいると、アウトプット方向メインになるので、どうしても自分に飽きてくるんですよね(笑)。こりゃダメだ……って思うことがあるのですが、今回また新しい現場に行って、今までとは違うスタイルを経験できて、すごく新鮮でした。新しい空気を吸えた気がします。役にどっぷりハマらせてもらえる河瀬組は、私にとっては本当にリフレッシュできる、充実した現場でした。
2児の母として、子育ての日々
Q:私生活では男の子と女の子の2児のお母さんでもあります。
男の子と女の子では全然違いますね。私自身は姉妹で育って、家に男の子がいなかったので、ビックリしました。下の子の方は上の子の影響を受けるから、やっぱりいろいろ早いし、上の子に比べてマセています(笑)。
Q:今までの子育ての中で一番大変だったことは?
一番大変……それはちょっと愚問かな(笑)。ずーっと大変です(笑)。1日1日、あぁ、今日も無事に終わった……と思って、寝ています。毎日、思いもよらないことが起こりますからね。子供たちは精神がまだまだ自由ですから。
Q:お母さんとして、今、大切にしていることは何ですか?
日々、追われて終わってしまいますが、大変だ、大変だって言いながら、どうしてもやってあげてしまうことが多いので、なるべく、やってあげないようにしなければと。これからは、もう少し自立を促す方向でいこうかなと思っています(笑)。
Q:今後、俳優としてトライしてみたい役や作品などはありますか?
何だろうな……いつも役づくりで何かを練習するのですが、最初から得意なことで入れたら、より役に重層感が出るかなと思います。例えば、手先が器用な人だったら、技工士役とか、すごく堂に入った感じが見られますよね。私だったら、調理人役とか面白そうだなと思います。あとは、ファンタジーがいいな(笑)。ちょっと前だと『シェイプ・オブ・ウォーター』がカッコ良かったです。レトロ感のある雰囲気や音楽も良かった。ファンタジーといっても、今さらかわいらしいものを求めているのではなく(笑)、大人のファンタジーをやってみたいです。
魔性の女から愛情深い妻や母親まで、作品ごとに、さまざまなカラーを見せる永作博美。血のつながりがなくても、家族の絆を築くことができるというヒロイン像の豊かな説得力は、彼女が演じたからこそ生まれたものだろう。本作での河瀬監督とのタッグが新鮮な風を吹き込んだように、この先も新しい出会いが待っているはず。透明感のある彼女の魅力を生かしたファンタジー作品、いつかぜひ観てみたい。
映画『朝が来る』は10月23日より全国公開