『罪の声』小栗旬 単独インタビュー
あまり表現しすぎない
取材・文:高山亜紀 写真:映美
昭和の未解決事件をモチーフにしたリアリティーに読者が夢中になって引き込まれたベストセラー小説「罪の声」が映画化。すでに時効となっている未解決事件の真相を追うストーリーで主人公の新聞記者・阿久津にふんしたのは、映画『ゴジラVSコング(仮)』でハリウッド進出を果たし、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主演も控えている、いまや日本を代表する俳優の小栗旬。原作ものの実写化には定評のある彼が、今回はあえて役づくりをしなかったと語る胸の内は? 映画初共演でタッグを組んだ星野源の魅力にも言及する。
小説と漫画原作の役づくりの違い
Q:観れば観るほど、小栗さんが阿久津にしか見えなかったです。どんな準備をしたんですか?
今回は「こういうことをしてほしい」というものが特になかったので、普段よりも役づくりみたいなことはあまりせずにいたんです。ただ、くたびれた感みたいなものと、市井の人に見えるような感じだけは大切にしました。僕は原作の阿久津がものすごく好きで、どこか原作者・塩田(武士)さんの血が通っている人間だと思っていて、そこは意識していました。撮影の中盤で塩田さんにお会いさせていただき、お話を聞けたことで、そこからまた少しずつ、阿久津が出来上がっていった感覚がありました。
Q:小栗さんは人気原作の映画化に定評がありますが、どのように向き合っているのでしょう?
小説の場合は読んだ人それぞれにキャラクターのイメージがあると思うので、あんまり気にしていません。10人なら10人みんなが頭の中で生み出したものにはどうしたって、たどり着けないですから。一方、ビジュアルがある程度ある漫画原作の作品に関しては、いつもやりながら、難しさを感じています。自分が読んで「きっとこの人はこんな声だろう。こういうしゃべり方なんだろう」と自分が最初に漫画を読んだ時に抱いたイメージになるべく近づけようとしています。
Q:今回の阿久津のしゃべり方も、実に人間性が表れていると思いました。
だとしたら、よかったです。そこが一番、目指したところです。阿久津が英語を話すシーンのところで、英語を話せる人に「英検準1級ってどのくらいなんだろう」と聞いてみたところ、「ほぼしゃべれないと思いますよ」と言われたんです。しゃべれないなら、メモしてきたものを読みながら取材するレベルかと想像したのですが、それだとシーン的に長くなってしまう。それなら、前日に頭の中で何度も反すうして、一生懸命、しゃべろうとするんじゃないかと考えました。関西弁に関しては、もともとの台本は標準語が多かったんです。だけど、あんなに関西弁が飛び交っている仕事場で、僕だけが関西弁を話さないのもちょっとおかしいですよねという話になって、取材の時はなるべく標準語を使っているけれど、新聞社などは関西弁が出るような形にしてもらいました。
小栗旬が解析する、俳優・星野源の魅力
Q:熱意のあるような、ないような佇まいもよかったです。
今回はあまり表現しすぎないイメージでいきたいなとは思っていたんです。阿久津というキャラクターは主人公とはいえ、そんなに前に出すぎないようにしたかったんです。阿久津がヒーロー然とするみたいなのは避けたくて、単純に人間としてやらなきゃいけないことをやっていく。そのスタンスを大事にしたいと思っていました。
Q:衣装のくたびれ具合も計算通りですか?
かっちりしたブリティッシュを着ている(星野演じる)曽根さんと、スーツとして売っているものをただ買っている阿久津。そこはすごくコントラストがあると思います。衣装合わせの時にも「少し形が合っていない感じを出せたらいいね」と衣装の宮本(まさ江)さんと話していました。
Q:星野さん演じる曽根との関係は、どのように構築していったのですか?
何か相談するようなことはなかったですね。源くんと合流したのがまさに阿久津と曽根が最初に会うテーラーのシーンだったので、そこでお互いの空気が出来上がっていったという感じでした。自分もそうですが、源くんはそこにたどり着くまでに彼個人のエピソードは撮り終えていて、テーラーに行った時にはもう曽根俊也がいたんです。おかげですんなり自分も阿久津として、彼に会うことができました。特別にしたことは何もなかったです。
Q:星野さんの魅力はどんなところでしょう?
撮影現場で一緒に仕事をして感じたのは、星野源さんという俳優は映像において、あまり表現しすぎないことをチョイスしている人なんだろうなということです。表情一つでその人の心の中がわかるようにはあまりしない。そのチャレンジって、実は難しいんです。本当に読み取れなかったら、何も伝わらずに終わってしまうことがあるから、諸刃の剣みたいなところがあるんです。だけど、彼はそれを確実に狙ってやっている。そこが彼の感覚として優れたところなんだろうなと思いました。
小栗旬が苦手なことは?
Q:阿久津の取材対象となる共演者で、特に印象に残っている方は?
皆さん、印象に残っていますが、強いて言うなら、やっぱり宇崎(竜童)さんとお会いできたことはいい経験になりました。撮影時、僕は36歳だったんですが、宇崎さんは73歳だったんです。あともう一回分くらい、自分の人生を生きないと宇崎さんの年齢になれないのに、現役バリバリで生き生きとしている姿を見て、すごく勇気をもらいました。自分が73歳になるまで、こんなに時間があるんだと知って、ワクワクしました。
Q:お芝居をする時に、年齢の差を意識することはありますか?
役としての年齢の意識はもちろんあります。でも、僕らの仕事に年は関係ないですからね。僕はどこかで一緒に仕事をする人たちはパートナーだと思っています。ただ、小栗旬としてバラエティー番組に出るとなると、すごく意識します。芸人さんは芸歴や年齢を大事にしていらっしゃるから。それでいて、「そっちのルール、俺、知らないから」ってどこかで思ってる自分もいます(笑)。
Q:小栗さんに苦手なことってあるんですか?
歌ったり、踊ったりすることは苦手です。一回だけ、チャレンジしましたが、もうなかなかチョイスしないと思います(笑)。
もっとみんなが夢を持てる世界に
Q:小栗さんが現在、力を入れていることは?
ぼちぼち大河に向けて、準備をしなければならないので、それに向けての前準備をいろいろやっていかなきゃと思っています。できる限り、ものすごく自信を持てるまで馬に乗っておきたい。何をするにせよ、どうしても仕事につながっちゃいますね。
Q:自粛期間中はどう過ごしていましたか?
ずっと家にいました。何か新しいことを始めることもなく……。あ、「愛の不時着」は観ました。予算が潤沢にあるなぁと感心しました(笑)。確か16話でシリーズ完結だったと思うんですが、後半の方は1話1時間半ぐらいで作っているから、20話分くらい尺があるんですよね。それなら、いろんなキャラクターをちゃんと丁寧に描くことができる。全10話の連続ドラマだと描けるのは主要の数人に限られてしまうので、そこは本当にうらやましいと思いました。
Q:自分の仕事に関して、改めて考えたことなどはありましたか?
何かを待っているだけじゃ、どうにもならなくなりそうだなっていうのは感じました。自分から行動を起こしていかないと。チャンスがあるなら、俳優業だけではもったいないと思っているので、何か面白いことができそうな発想があればチャレンジしていきたい。今後は大河に集中することになりますが、1年4か月かかりっきりになる分、役者の仕事を同時にやるのは無理でも、別のこととなると脳の働きは別。いろんな人と会って、打ち合わせたり、企画のことを語ったりするのは、どこか息抜きにもなるんじゃないかと思ってます。具体的にはまだ考えてないですけど、最終的にはもっとみんなが夢を持てる世界になればと考えています。
自分が目指すイメージを具現化することに注力し、役に命を宿す俳優・小栗旬。彼がいつも劇中のキャラクターそのものにしか見えないのは、起こす行動がどんなことでも仕事につながるものだという心構えがあるからこそ。共演者からの刺激をパワーに変え、さらなる進化を遂げることだろう。今の倍を生きた、70代の小栗も楽しみである。
映画『罪の声』は10月30日より全国公開