『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は時代が求めた伝奇アクション
映画ファンにすすめるアニメ映画
2020年10月16日から公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が、日本どころか世界の映画関係者をも驚かせる、記録的なヒットを続けている。吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)による週刊少年ジャンプ連載漫画を、ufotableがテレビアニメ化。老若男女を巻き込みながら国民的ブームを巻き起こし、今回の劇場版の大ヒットに至った人気の理由の一端に、少しでも迫ってみたい。(香椎葉平)
※ご注意 なおこのコンテンツは『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。
【主な登場人物】
竈門炭治郎(かまど たんじろう / CV:花江夏樹)
家族を鬼に食い殺された、炭焼きの少年。生き残ったものの鬼となってしまった妹・禰豆子(ねずこ)(※1)を人間に戻す方法を探るべく、鬼の殲滅を目指す鬼殺隊(きさつたい)の一員となる。すべての鬼の源流であり頂点でもある、鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん)を追い求める。
煉獄杏寿郎(れんごく きょうじゅろう / CV:日野聡)(※2)
「柱」と呼ばれる、鬼殺隊の最高位に立つ九人の剣士のうちの一人。炎柱(えんばしら)として、炎の呼吸という特殊な呼吸法による剣技で鬼を斬る。短期間に大勢の乗客が消えた蒸気機関車・無限列車の調査に赴いたところに、炭治郎たちが合流した。
ヴァンパイア映画との類似点と違い
本作は鬼退治の物語だ。とはいえ、鬼たちは鬼ヶ島にいるわけではない。彼らもまた、元は人間として暮らしていた。鬼舞辻無惨(CV:関俊彦)という、魔王の血液によって鬼たる命を与えられ、不死の存在となって密かに人間を食らっているのだ。無惨は平安時代に、ある理由から鬼になっている。唯一の弱点は、太陽の光を浴びれば肉体が崩壊してしまうこと。だから、そのことを克服して真の不死者となる方法を探している。
『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)や『魔人ドラキュラ』(1931)など古くから存在するヴァンパイア映画を、大正時代の日本を舞台に活劇として翻案したような内容と言えなくもない。だが、『鬼滅の刃』には、欧米の吸血鬼ものとは決定的に異なる一点がある。吸血鬼としての「鬼」が、善によって正されるべき悪でなく、天災にも似た圧倒的に不条理かつ強大な暴力として描かれていることだ。ヴァンパイアの悪はあくまで後ろ暗い行為としての悪にとどまるが、鬼は自らの暴力を悪と考えてすらいない。
無惨はこんなことを言う。
「全ての決定権はわたしにあり、わたしの言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない。わたしが“正しい”と言ったことが“正しい”のだ」
「わたしに殺されることは大災に遭ったのと同じだと思え。何も難しく考える必要はない。雨が風が山の噴火が大地の揺れがどれだけ人を殺そうとも、天変地異に復讐しようという者はいない」
鬼舞辻無惨は、不条理をもたらす荒ぶる神なのだ。だから、人間の心など意に介する必要すらない。彼自身も言うように、日本列島に幾度となく襲い来る天災のようなもの。被災者がどんなに嘆き悲しもうが気にすることなく、軽々と命を奪い去っていく。
それでもだ。それでも人は血のにじむような努力を重ね、力を合わせ、自らの命を懸けて不条理に立ち向かう。たとえ、志半ばに倒れようと誇り高く最後まで戦い抜き、後に続く者たちに希望を託して散っていく。そうして人の歴史を紡いでいく。
鬼の餌ではなく一人の人間として、強く気高くあること。立派に生きること。覚悟を貫き通すこと。私利私欲ではなく世のため人のために尽くすこと。戦いの中で傷つき、何度打ちのめされようが、決して屈することなく、力尽きて倒れる時は前を向いて倒れること。
『鬼滅の刃』ファンには叱られるかもしれないが、これこそが、原作者・吾峠呼世晴がコミックスで描きたかった全てのように思える。そしてこの志の高さは、無慈悲に人命を奪う巨大な天変地異を何度も経験し、今も新型コロナウイルスという圧倒的不条理に直面している日本列島に暮らす者にとっては、とりわけ胸に響く。だからこそ、これだけ多くの支持を集めているのではないか。
『鬼滅の刃』は時代を変えるのではなく、この時代だからこそ生まれ大ヒットした、そんな作品のように思うのだ。
ハイクオリティーなアニメと声優の演技が感動を生み出す
炭焼きを生業としている家の長男として生まれた竈門炭治郎は、ある日、家を離れたわずかの間に家族を鬼に食い殺されてしまう。生き残ったのは、妹の一人である禰豆子(CV:鬼頭明里)だけ。ところが禰豆子も、無惨のみが持つ人を鬼に変える血によって、鬼となってしまっていた。炭治郎は、そんな悲運に襲われることさえなければ触れることすらなかったであろう刀を握り、鬼の殲滅を長きに渡る悲願としてきた鬼殺隊に入隊。人に危害を加えないよう牙のある口に竹筒を噛ませた禰豆子を背負ったつづらの中に隠し、我妻善逸(あがつま ぜんいつ / CV:下野紘)や嘴平伊之助(はしびら いのすけ / CV:松岡禎丞)といった同志と共に鬼と戦うことになる。
鬼殺隊には、柱と呼ばれる最上位の剣士たちが存在する。その柱も含め、炭治郎たちが鬼に立ち向かう術として使うのが呼吸だ。独特な呼吸法を練り上げることで、肉体に秘められた力を極限まで高めるというもの。呼吸には水、火、風などさまざまな種類があり、その種類に応じたいくつもの型や奥義によって剣技を放つ。日本中の子供たちが今、一生懸命にまねをしているのがこれで、彼らの心の中には、炭治郎たちに負けない強い心が芽生え始めていることだろう。
呼吸によって放つ剣技は、浮世絵版画の錦絵が命を持って躍動するような迫力と美しさ、さらに川の水や雪などの描写も素晴らしい。そのアニメーションを手がけるのはufotable、『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が公開中の京都アニメーションと、技術力で双璧をなすともいわれる制作スタジオだ。先頃完結した『劇場版「Fate / stay night [Heaven's Feel] 」』3部作(2017~2020)でもシリーズ累計興収50億円以上をたたき出しているのを知れば、実力のほどはおわかりいただけるかもしれない。
今回の映画の物語は、指令を受けた炭治郎たちが、柱の一角をなす炎柱である煉獄杏寿郎と合流し、無限列車という蒸気機関車に乗り込むところから始まる。無限列車では、短期間に多くの乗客が姿を消すという不可解な出来事が起きていた。実は車内に、人を夢の世界に引きずり込んでは食らう鬼・魘夢(えんむ / CV:平川大輔)がいて……。
煉獄杏寿郎は、前段で述べた『鬼滅の刃』で描かれているテーマを、最も体現していると思われる人物だ。彼の堂々たる戦いぶりと熱い生き様には、原作コミックスで事前に結末を知っていたとしても、涙を禁じ得ないだろう。
せりふ回しで感情を表現する場面も多い作品なので、声優陣の熱演にもぜひ注意を向けてほしい。炭治郎を演じる花江夏樹は、この人以外には考えられないほどのハマリ役。ともすれば陰惨な雰囲気を帯びがちな物語を、善逸の下野紘と伊之助の松岡禎丞が、コメディーリリーフとしての巧みな演技で救っている。
日本的な物語に新風を吹き込む女性キャラクター
極めて日本的な仇討物語であるともいえる『鬼滅の刃』。そこに新鮮な風を吹き込むのが、今までにない女性キャラクターの描き方だ。
今回の映画にはわずかにしか顔を出さないものの、蟲柱(むしばしら)として柱の一角を担う、胡蝶しのぶ(こちょう しのぶ / CV:早見沙織)という剣士がいる。姉を鬼に殺された彼女は、その姉の残した普通の女性として暮らせという言葉に背き、ほほ笑みの裏に狂気にも似た執念を秘めて復讐を誓う。
邦画洋画に限らず、アクション物で活躍する女性キャラクターは、2パターンに大別できる場合が多い。男よりも強いというものと、女だからこそ強いというものだ。洋画に多いのが前者で、彼女たちは劇場に貼り出された宣伝ポスターでも、ほほ笑みを浮かべていることが極めて少ない。女の身でありながら男よりも強くあることを示すには、愛想を振りまいたり、こびを売ったりするわけにはいかないからだ。
後者は例えば、かつてのVシネマの人気シリーズでもあった『くの一忍法帖』シリーズがわかりやすいだろうか。くの一たちは、まさしく女であるからこそ持つ、女性の色香を用いた忍術で妖美に彩られた戦いを繰り広げる。「ルパン三世」の有名なヒロイン・峰不二子も、分類するとすればこちらだろう。
胡蝶しのぶは、どちらからも遠い。悪という概念をも超えてくる災厄に、男よりも強いなどという価値基準は、もとより全く意味をなさない。いわゆる女の武器というのも、当然通じるわけがない。小柄で斬るための筋力に劣る彼女は、非力な女だから仕方ないと考えることなく、斬るのではなく突くのに特化した剣技を編み出す。女の色香を武器にするのではなく、薬学の知識を身につけることで開発した特殊な毒をもって、鬼を倒す強さを手に入れる。
逆に、女の魅力を周囲に振りまく、恋柱(こいばしら)の甘露寺蜜璃(かんろじ みつり / CV:花澤香菜)という柱がいるのも面白い。常人の8倍の筋肉密度を持ち、かつ大食らいという特異体質に生まれついた彼女は、ありのままの自分でいられる場所を探すため、人の役に立つため、結婚相手を探すため(?)という他の柱や鬼殺隊員とは異なる理由で、戦いの場に身を投じる。彼女が使うのは、男の剣士が使う物とは発想自体が異なる、リボンのように柔らかくしなる刀だ。
誇り高く生きるのに、男であることも女であることも関係ない。そして、残酷な不条理に立ち向かう過酷な日々の中にあっても、女であるのを止める必要はない。この辺りが、多くの女性ファンの心を掴んでいる理由なのだろう。
何よりも勇気と信念の物語である。映画から入っても原作コミックスから入っても構わないので、まずは『鬼滅の刃』の世界に触れてほしい。単なる流行りものではない、これこそ時代が求めた作品だとわかるはずだ。
【メインスタッフ】
原作:吾峠呼世晴
監督:外崎春雄
脚本制作:ufotable
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
アニメーション制作:ufotable
制作プロデューサー:近藤光
主題歌:LiSA 「炎」(SACRA MUSIC)
【声の出演】
花江夏樹
鬼頭明里
下野紘
松岡禎丞
日野聡
平川大輔
※1「禰」は「ネ+爾」が正式表記 ※2「煉」は「火+東」が正式表記