キャリア最大の衝撃!『ばるぼら』俳優・稲垣吾郎の経歴
公開中の主演映画『ばるぼら』で、キャリア最大ともいえる体当たりの衝撃的な芝居を見せている稲垣吾郎。同作は、禁断の問題作とも称される手塚治虫の名作漫画を、息子の手塚眞監督が実写映画化したもので、稲垣は主人公の人気作家・美倉洋介を演じている。本作の公開をきっかけに、稲垣の主な出演映画から俳優としての経歴を振り返ってみた。(天本伸一郎)
朝ドラで主人公の弟役に抜擢!
それぞれに俳優としてのキャリアも豊富な元SMAPのメンバーの中でも、最初に俳優として頭角を現したのは稲垣だった。個人での俳優デビュー作となる1989年のNHK連続テレビ小説「青春家族」で主人公の弟役に抜擢され、1990年には『さらば愛しのやくざ』で映画デビュー。同作で、陣内孝則演じる主人公のヤクザの甥っ子である薬物中毒の少年という難役に挑んだ。1993年にはアメリカと日本の合作『プライベート・レッスン』で映画初主演。1981年のアメリカ映画を、日本を舞台にリメイクした同作で、稲垣ふんする主人公の少年は、ジョアンナ・パクラふんする年上の家庭教師から性の手ほどきを受けることになる。なお、1992年にはドラマ「二十歳の約束」にも主演しており、映画デビュー、ドラマと映画の各主演デビューも、元SMAPのメンバーの中で最も早く、結成初期の同グループ内では俳優としての活動を牽引した存在だった。
端正な顔立ちと物静かで優雅な佇まい、文学や芸術への造詣の深さなどから、独特の気品を漂わせる稲垣は、そのパブリックイメージを活かして、少し浮世離れしたような役やキャラクター性の強い役がハマる。1999年にスマッシュヒットしたサスペンスホラー『催眠』では、催眠暗示による連続殺人事件の謎に挑む主人公の心理カウンセラー・嵯峨敏也を演じてハマり役となり、翌年にはTBSで続編が連ドラ化されて、引き続き同役を演じた。その後も、稲垣はテレビドラマで明智小五郎、金田一耕助、安倍晴明など、知性的なイメージのキャラクターを度々演じている。
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三谷幸喜に見いだされ、名優と演技バトル
正統派の俳優としての確かな実力を見せつけたのが、傑作同名舞台を作者の三谷幸喜自身が脚本化し、星護が監督した2004年の『笑の大学』。戦時下の日本の警視庁の取調室を舞台に、演劇台本の審査を行う検閲官と、ある劇団の座付作家が、台本の内容や上演の可否を巡って、舌戦や書き直しなどの攻防を繰り広げる。劇中の大半が取調室内で進行する密室劇で、二人の緊迫感のあるやり取り、関係性の変化などが、大きな笑いと感動を生んだ。順撮りの効果もあり、二人のボルテージが共に高まっていくさまは大きな見どころで、作家の椿を演じた稲垣は、検閲官の向坂を演じた名優・役所広司と共に、全編ほぼ出ずっぱりで真っ向から芝居でぶつかりあった。この役に稲垣を指名した三谷は、生活感を感じさせずクリエイターの匂いを醸し出せ、さらには左利きという点も含めて、稲垣が笑いにこだわり抜く天才的な作家役に最適だったと評価している。
悪役もハマる!残酷な暴君役で賞レースを席巻
2010年の三池崇史監督作『十三人の刺客』で再び役所とぶつかりあった稲垣は、自らのイメージを裏切る強烈な悪役にも挑戦。役所ふんする刺客たちに、自らの悪行により命を狙われることになる明石藩の藩主を演じた。その狂気を内に秘めた残酷な暴君ぶりは高く評価され、第65回毎日映画コンクールや第23回日刊スポーツ大賞などで助演男優賞を受賞した。また、同2010年の『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』では、1997年のテレビSP「踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル」で演じた麻薬中毒の強盗殺人犯・鏡恭一を、再び演じている。織田裕二ふんする主人公・青島刑事に関わった犯人たちの釈放を要求する脅迫犯が現れるという物語に沿って、ゲスト的に服役中の姿を演じたものだが、悪役でも早くから独自の魅力を発揮していた。
スター俳優でありながら数々の作品で助演を務め、脇に回っても確かな存在感を見せているのも興味深い。2016年の湊かなえ原作のヒューマンミステリー『少女』では、あるトラウマを抱えながら主人公の女子高生たちと関わることになる老人ホームの職員役、2020年の大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館-キネマの玉手箱』では、主人公たちがタイムスリップする中で出会う大久保利通を演じ、短い登場シーンでも印象を残している。また、国民的大ヒットした同名ドラマをリメイクした2013年の『おしん』では、主人公・おしんの父親・作造という、貧しい小作農家の無骨で厳しい男を違和感なく演じており、ある意味最も意外な姿を見せた。
父親役でもこんなに違う!
父親役を演じる機会も増えた稲垣が、2013年の『桜、ふたたびの加奈子』で広末涼子と共に演じたのは、幼い娘を不慮の事故で亡くした夫婦。新津きよみの小説を基にした同作で稲垣は、娘を失った喪失感から立ち直れず、次第に娘の魂の気配や転生を信じだす妻の姿に困惑しながらも、そんな妻を懸命に支える夫を好演。そして、久々の長編映画主演作となった2019年の阪本順治監督作『半世界』では、自らのことで精一杯で、池脇千鶴ふんする妻や反抗期の中学生の息子への関心が希薄になってしまっている、さえない中年の炭焼職人を演じている。山と海に囲まれた田舎町を舞台に、長谷川博己と渋川清彦ふんする幼馴染と共に自らの人生を見つめ直すことになる同作で、等身大の中年男を自然体で演じた稲垣は、俳優としての新たな一面を見せ、第34回高崎映画祭の最優秀主演男優賞を獲得するなど高い評価を受けた。
新作の『ばるぼら』では、新宿の雑踏の片隅で出会ったフーテンの少女ばるぼら(二階堂ふみ)に溺れ、転落していく作家の美倉洋介を演じている稲垣。狂気とエロスに満ちた幻想的かつ退廃的な物語が、クリストファー・ドイル撮影の耽美的な美しい映像と相まって、刺激的な世界に誘われる。芸術家として苦悩するスタイリッシュな人気小説家という役は、稲垣のパブリックイメージにもピッタリだが、大胆なベッドシーンも含め、堕ちていくさまを、すべてをさらけ出すかのように体当たりで演じており、こんな稲垣はかつてみたことがない。『ばるぼら』は前作『半世界』と共に、自らのイメージを軽やかに壊しつつ、それぞれに魅力的かつ新鮮な顔を見せており、代表作となることは間違いないだろう。