『おとなの事情 スマホをのぞいたら』鈴木保奈美 単独インタビュー
一筋縄ではいかないのが大人
取材・文:天本伸一郎 写真:高野広美
世界18か国でリメイクされている傑作イタリア映画『おとなの事情』。あるホームパーティーで、スマホに届くメールや電話をさらし合うゲームを始めた3組の夫婦と独身男という7人の友人たちが、自らの秘密を隠すため右往左往を繰り返すことになるブラックコメディーの群像劇だ。同作を岡田惠和の脚本でアレンジした日本版で、精神科医の六甲絵里を演じた鈴木保奈美が、東山紀之や常盤貴子らメインキャストとの撮影現場の裏側を明かした。
粋に見せる岡田惠和脚本の魅力
Q:オリジナルのイタリア版と、リメイクのフランス版と韓国版をご覧になっていたそうですが、岡田惠和さんによる日本版の脚本を読んだ印象はいかがでしたか?
それぞれその国ならではの味付けがうまかったので、わたしたちが作る上でも、日本版としてどうアレンジしていくかが大事だと思っていましたが、「岡田さんはこういう風に書かれるんだ」というのがとても興味深かったし、いい意味でこちらの予想を裏切られた部分もありました。本当にセリフが多い会話劇なので、どういうテンポで演じたらいいだろうという難しさもありましたが、オリジナル版と岡田さんによる日本版脚本の双方が面白いし、共演者の方々や光野道夫監督をはじめとしたスタッフの皆さんとご一緒できることなど、とにかくすべてにおいてこの作品に参加できることが楽しみでしかなく、本当にワクワクしました。完成品を観ても、ダメダメな大人たちが、チャーミングにジタバタするブラックコメディーで、しゃれた作品だと思いましたね。それに、常盤(貴子)さんと一緒に倦怠期の夫婦を演じた田口(浩正)さんが、とにかく面白いです(笑)。
Q:初めて岡田惠和さんの作品に出演されたそうですが、脚本の魅力をどのように感じましたか?
元々、岡田さんのドラマに大好きな作品があって、大変なシチュエーションをさらっと書かれたり、それぞれの登場人物が正直に嫌なところを見せあったりするけれども、嫌な人にはならないんですよね。それをちょっと粋で上手にくるんでいる感じが、岡田さんの脚本の好きなところでした。今回の脚本も、まさにそういう作品だと思いましたね。
このために全編があると思えるほどに好きなセリフ
Q:ご自身が演じた、お嬢さま育ちの精神科医・六甲絵里という役について、「今まで演じてきた中でたぶん一番嫌な女性ですが、大好き。大人のくせにダメダメで、だからこそ愛すべき人間」とのコメントを出されていましたね。
7人の登場人物の中で、一番子供っぽい人だなと思っていました。その幼さが抜けない自分を自覚しているけど、それがどうにもならないことへのフラストレーションが噴出したりする。外面的には、テレビのコメンテーターもやっていて有名で、生活も裕福で、素敵だと憧れてもらえるような存在なのに、実は本人の中身はとても幼稚で破綻しているという。そのアンバランスさがとても面白いし、彼女のそういうところをわたし自身が好きだなと思えたので、それを上手に出せたらと思って演じました。
Q:演じる上で、特にポイントになったセリフはありますか?
後半の「チェッ」というセリフですね。絵里があることをごまかそうとするのですが、結局ダメ出しされて言うんです。台本を読んだとき、「岡田さんはここで絵里さんに『チェッ』って言わせるんだ!」と。わたしの中では、このセリフのために全編があるくらいに、大好きでした(笑)。
Q:そのシーンの一連は、感動的にも、喜劇的にも見えますし、絵里が語る言葉も、本心とも、その場をごまかすためとも、多面的な見方ができて、この作品ならではの面白さがありました。
騒動のさなかにいる絵里としては、真剣に本心で言っていると思いますが、どう観ていただいてもいいというのは、脚本を書いた岡田さんもそのつもりだと思います。この作品自体が「一筋縄ではいかないから、大人なんじゃない?」という話だと思うんですよね。一つの言葉に対して、それを言う動機が一つとは限らない。それは今回のどの方のセリフにも言えることで、ただの口から出まかせだったり、本人もよくわかっていないかもしれない。でも、それが転がって、何かとても大きな意味を持つこともある。だからこそ人生って豊かになるんじゃないだろうかと。そういう肯定的なメッセージを持った作品だと思います。
強化合宿のようなリハーサル
Q:クランクイン前に、スタジオの一室に集まって、2週間くらいのリハーサルをされたそうですね。
登場人物7人全員が、常に一つのテーブルにいなければいけない密室劇でもあるので、休めないし、逃げ場がないんですよね。それはもうトレーニングというか、強化合宿みたいで(笑)。でも、やっているうちになんだか自虐的に、みんな楽しくなってくる感じもありました(笑)。「舞台みたいだよね」と言いあったり、お互いの芝居を観て「すごいな、わたしも頑張ろう!」という思いになったりもして、とても刺激的で楽しかったです。
Q:リハーサルや撮影中に、特に意識されていたことはありましたか?
東山(紀之)さんが演じる一人だけ独身の小山三平を、みんなでいかにぐちゃぐちゃにするかということでしょうか(笑)。三平ちゃんは、ちょっと情けない感じだけど、一番みんなにかわいがられているし、一番まともなことを言ってくれるキャラクターでもある。これだけ人数がいる中で、特に三平ちゃんのイジられキャラな感じを、どうみんなでチームとして出していくか。東山さんも「やってやって!」「かかってきて!」と(笑)。岡田さんがとてもしっかりと一人一人のキャラクター設定を作ってくださっていたので、それを劇中の会話だけでセリフは一言一句変えず、どう自分なりの表現で見せていくかということが、とても大事だと思いました。工夫しがいのある楽しい現場でしたね。
同時代を生きてきた常盤貴子との初共演
Q:主婦の園山薫を演じた常盤貴子さんとは、お二人ともに1990年前後から主演女優として活躍し続けていらっしゃいますが、今回が初共演となりましたね。
わたしは常盤さんの出演されたドラマが好きで観ていたので、まずお会いしたときに、「あのドラマのこの役がすごく好きだったの!」という話を、お互いにしました(笑)。おかしかったのは、リハーサルでわたしと常盤さんが並んでいたとき、ちょうど正面にいた東山さんが「すごいなあ。鈴木保奈美と常盤貴子が二人でいる」って、しみじみと言われて(笑)。常盤さんと二人で「ええっ!?」って、顔を見合わせて、「こっちから言えば、少年隊がいてすごいなあ」って(笑)。自分が「すごいなあ」「素敵だなあ」と思って観ていた人とご一緒できて、皆さんといろんな話ができたのは、とっても感動的でうれしかったですね。
Q:女優業に復帰されてから10年ほど経ち、近年は特に活躍の場も広がってきているように思いますが、女優業への取り組み方などに変化はありますか?
元々あまり自分に自信がないので、自分の引き出しがすぐ空っぽになってしまうことへの恐怖心は、今も抱いています。でも、一回空っぽにすると、実はその奥にまだ引き出しがあったりする。だから計画的に全体像から考えてみたりすることよりも、今とりあえず目の前のことに対して、その都度その都度、自分の持っているもののすべてを投げ込んで、空っぽになるまでやってみたら、意外とその方が得るものがある。それにより、次の新しいものが出てきたりする面白さがあるということは、歳を重ねてみて感じていますね。
鈴木は、今回演じた絵里もそうだが、32歳と57歳の姿を演じたドラマ「35歳の少女」の主人公の母親役など、多面的な幅広い役柄を演じる機会が増えている。自身初の著書となるエッセイ集「獅子座、A型、丙午。」(中央公論新社刊)でも、自らの普段の情けない姿をさらけ出しているそうだが、できる女を演じることが多かった女優としてのイメージとは違う、気さくな姿を見せていた。
映画『おとなの事情 スマホをのぞいたら』は2021年1月8日より全国公開