間違いなしの神配信映画『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』Amazon Prime Video
神配信映画
今観ておきたい6選 連載第4回(全6回)
配信映画は、いまやオスカーほか賞レースの常連にもなっており世界中から注目されている。この記事では数多くの配信映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は今観ておきたい6選として、全6作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
主人公がたどる「世界からの隔絶と再発見までのプロセス」を体感!
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』Amazon Prime Video
上映時間:120分
監督:ダリウス・マーダー
出演:リズ・アーメッド、オリヴィア・クック、ポール・レイシーほか
サウンド・オブ・メタル。鋼の音。なんと荒々しいタイトルだろうか! 主人公は全身タトゥーのヘビメタドラマー、ルーベン(リズ・アーメッド)と、眉毛をブリーチしたキレ系ボーカリスト兼ギタリストのルー(オリヴィア・クック)。デュオ形態で轟音をかき鳴らす二人は恋人同士でもあり、音楽スタジオに改造したトレーラーで各地のライブハウスを周る根無し草のような暮らしを送っている。
しかしながら、「ヘビーなロック映画が始まるぞ!」とか「なんだかメタルの人たち怖い!」みたいな短絡的な先入観はすぐに覆される。奏でる音楽やパフォーマンスは激烈だし、ルーベンの麻薬中毒の過去やルーの腕に刻まれたリストカット跡は山あり谷ありだった人生を示唆しているが、すぐに二人が心からお互いを思いやり、気遣い、助け合っているのだとわかるのだ。だが、映画が始まってほどなくして、大変な試練が訪れる。ルーベンが突然、重度の難聴を患ってしまうのである。
本作が生まれる契機を作ったのは、製作総指揮として名を連ねている『ブルーバレンタイン』(2010)のデレク・シアンフランス監督だった。メタルバンドのドラマーの経験があるシアンフランスは、実在するメタル夫婦デュオ・ジュシファーを主演に迎え、聴覚を失うドラマーを描いた映画『メタルヘッド(原題) / Metalhead』を企画していたのだ。だが撮影も開始していたのに資金難で頓挫してしまう。
その『メタルヘッド(原題)』に協力していたのが、シアンフランスの盟友で『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』(2012)の共同脚本でもあるダリウス・マーダーだった。『メタルヘッド(原題)』のアイデアに惚れ込んでいたマーダーは、企画を独自に膨らませ、自らの監督デビュー作として『サウンド・オブ・メタル』を完成させた。マーダーにとって13年がかりのプロジェクトで、『君と歩く世界』(2012)のマティアス・スーナールツとリメイク版『サスペリア』(2018)のダコタ・ジョンソン主演で進んでいたこともあったという。
前述のジュシファーが、劇中でルーベンとルーのバンド・ブラックギャモンのモデルになっていることはデュオという形態や演奏スタイルで明らかだ。しかし映画はむしろ“轟音”とはほど遠い方向へと舵を切る。マーダーが本作で試みたことは、観客をルーベンと同じ視覚障がいの世界に連れて行くこと、そして、音が失われた先の静謐(せいひつ)な世界にある“光”を提示することなのである。
ルーベンは自分に降りかかった不幸に激しく憤り、抵抗し、絶望し、出口を求めて七転八倒する。しかしマーダーは、いわゆる難病ものに多い悲劇的アプローチとは距離を取り、主人公の体験を入り口にして、「世界が変わってしまったら?」「人と人との関係が、自分自身が変わってしまったら?」という普遍的な考察へと踏み込んでいく。
フラットな目線で描かれる聴覚障がい者コミュニティーの寛容性には大きな気づきを得られるし、“音と無音”をテーマにしているだけに、凝りに凝ったサウンドデザインも圧倒的だ。特に聴覚が失われていく感覚や、インプラントの補聴器がどんな風に聞こえるのかの表現は、ルーベンが感じる孤立感にも直結しているので、ぜひ没入感の高いヘッドホンでの鑑賞をオススメしたい。
またドラムから手話までさまざまなスキルを習得して臨んだリズ・アーメッドの渾身(こんしん)の熱演や、出番が少ないからこそより不在の時間を感じさせるオリヴィア・クックの存在感も素晴らしい。しかしなによりも、ルーベンがたどる「世界からの隔絶と再発見までのプロセス」が、観る者のさまざまな体験や感情ともリンクして、まるでわがことのように身近に感じられるのがいい。
もちろんこの過酷な物語には、悲しくてネガティブなことやつらい決断が不可避なのだが、それでも根底にあるのは「ノー」ではなく「イエス」なのだと感じた。登場人物たちの“その後”には一切触れないラストも、目の前に可能性だけが開かれているようなすがすがしさに満ちている。(文・村山章、編集協力・今祥枝)