間違いなしの神配信映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』Netflix
神配信映画
今観ておきたい6選 連載最終回(全6回)
配信映画は、いまやオスカーほか賞レースの常連にもなっており世界中から注目されている。この記事では数多くの配信映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は今観ておきたい6選として、全6作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
奇妙な三角関係が問う真実と多様性を描く新たな青春映画
上映時間:105分
監督:アリス・ウー
出演:リーア・ルイス、ダニエル・ディーマー、アレクシス・ルミールほか
自らの恋心を胸の内にしまいこみ、ラブレターを代筆する。古くはエドモン・ロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』に代表される三角関係を、アメリカの田舎町を舞台に、現代ならではの視点を交えて描いたのが『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』(2020)だ。
主人公は成績優秀な高校生のエリー(リーア・ルイス)。中国系移民として父親と二人で暮らしているという設定だ。アジア系を主人公にした作品は、『クレイジー・リッチ!』(2018)をきっかけに多く制作されるようになった。2020年のゴールデン・グローブ賞では『フェアウェル』(2019)の主演オークワフィナが、アジア系として初となる主演女優賞(コメディー/ミュージカル部門)を受賞したことはまだ記憶に新しい。ハリウッド映画や米ドラマ作品において「アジア人=秀才」といった一辺倒的な描写が多かった状況も好転し、アジア系の描かれ方が多様化するなかで、本作もその一連の流れを汲んだ作品だといえる。
エリーの父親は博士号を持っているが、英語力を理由に希望の職に就けず、コミュニティーからも孤立。エリーも同級生たちから差別的な言葉を投げつけられるなど、高校に馴染めずにいた。家計を助けるため、持ち前の文学の才能を活かしてクラスメイトのレポートを代筆していたが、高額な報酬につられ、文才のない同級生のポール(ダニエル・ディーマー)の依頼も引き受けることになる。内容は、学校の人気者であるアスター(アレクシス・ルミール)への恋文を代筆すること。
エリーは文学やアートといった共通の話題をきっかけにして、スクールカースト(学校内での身分制度)の頂点にいることに葛藤するアスターの心に寄り添っていく。手紙とショートメールを織り交ぜ、美しい言葉を交わしながら理解を深めていく二人だが、もちろんアスターは手紙の相手がエリーだということを知らない。そして、エリーがアスターに惹かれているということをポールは知らない。
白人が大半を占めるコミュニティーの中で、すでに人種を理由に差別的扱いを受けるエリーが、自身のセクシュアリティーを隠したいと思うのは想像に難くない。ましてや、舞台はカトリック教徒が多い保守的な町なのだからなおさらだ。優等生の彼女は、一見するとアジア人の典型のように捉えられそうだが、マイノリティーとして悩みを抱える人物でもある。しかし、だからといって作中でLGBTQの要素が過度に表現されることはない。エリーがアスターと二人きりで温泉に入るシーンで服を脱がなかったり、他者との交流を好まなかったり、映画はあくまでナイーブなエリー個人の性格や、恋愛に対する奥手な姿勢に寄り添って進んで行く。
本作の監督は、台湾からの移民の両親のもとで育ったアリス・ウー。彼女自身もレズビアンを公言している。かつて親友だった男性の恋人の存在によって友情関係が壊れてしまったという監督の実体験と、リーア・ルイスの繊細で含みのある演技が、ちょっとぎこちない、奇妙な三角関係に説得力を持たせる。
冒頭で哲学者・プラトンの戯曲「饗宴」から「片割れ」(ハーフ・オブ・イット)についての引用がある。人間の身体はゼウスによって二つに分けられたため、一人では不完全であり、自ら片割れ(愛)を探し求めているのだと。のちにエリーのモノローグで、本作が「ラブストーリー」でもなければ、「欲しいものを手にいれる話」でもないと語られる。高校卒業を前にして、小さなコミュニティーの中に居場所を見つけられず、家族や周囲の理想に応えようとするあまり、本当の自分を押し殺してしまうティーンたち。大人への階段を上る彼女たちが見つけるのは、「片割れ」や「愛」よりもさらに大きな何かなのだ。
本作も、ただの青春映画に留まらず、さらにその一歩先を行く作品である。将来への漠然とした不安や自らのアイデンティティーに悩みながらも、他者とのかかわりを通じることで見えてくる「本当の自分」を探す物語なのではないだろうか。(文・中井佑來、編集協力・今祥枝)