日本でロングラン上映続く中国発のアニメ『羅小黒戦記』
映画ファンにすすめるアニメ映画
中国発のアクションファンタジーアニメ『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』は、「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」などで知られるアニメーション監督・入江泰浩が絶賛している作品だ。日本国内でロングラン上映を続け、人気声優の花澤香菜や宮野真守らがメインキャラクターの声優を務める日本語吹替版でも多くの観客を動員した。飛躍的に発展する中国アニメのエネルギーと、中国ならではの世界観が、作品の魅力として余すところなく反映されている。(香椎葉平)
【主な登場人物】
シャオヘイ(日本語CV:花澤香菜)
黒猫の妖精。人間による開発によって、すみかである森から追われ行き場をなくして放浪していたところを、同じ妖精であるフーシーに助けられ、人間の力の及ばない島に住むことになる。いつも元気いっぱいで、人間の食べ物は好き。
ムゲン(日本語CV:宮野真守)
不穏な動きをする妖精たちを法に基づいて捕らえる「最強の執行人」。人間でありながら、妖精たちの集う「館」に所属している。金属を自在に操る力を持ち、両腕に装着した手甲をさまざまに変形させて戦う。島を訪れ、シャオヘイを外の世界に連れ出す。
その国ならではの世界観とキャラクターの魅力が驚異の技術で結びつく
本作は、誰にとっても親しみやすい物語だ。
黒猫の妖精・シャオヘイは、ある日、人間による都市再開発によって故郷の森を追われ、ひとり放浪することになる。人間たちに追い詰められていたところを助けてくれたのが、同じ妖精のフーシー(日本語CV:櫻井孝宏)。そして彼らの計らいで、妖精たちの安らぎの地として人間の力の及ばない島で、まるで家族のように暮らすシャオヘイ……。
そこに現れて、シャオヘイを連れ去るのがムゲン。人間でありながら、妖精たちの「執行人」として働く男だ。彼が向かおうとするのは、仙人の世界のように天上に浮かぶ妖精たちの「館」。実は、ムゲンたちはある理想の実現のためにシャオヘイを連れ去らざるを得なかったのだ。だが、それは、フーシーが心に留める目的とは決して相容れないもの。対立し激闘を繰り広げるムゲンとフーシーの間に挟まれたシャオヘイは、自らに大きな力が秘められているのを知り、やがて妖精と人間の運命をも左右する決断を迫られることになる。
ところで、「羽化登仙(うかとうせん)」という表現はご存じだろうか。「羽根が生えて仙人の世界に昇れそうなくらい、ほろ酔い加減の良い気分だ」というような意味で、中国の北宋時代の詩人・蘇軾(そしょく)の漢詩『前赤壁賦(ぜんせきへきのふ)』に由来する。
中国では、羽根を広げて人間の世界から飛び立ち、仙人の世界に昇っていこうとするヒーローが描かれることが多い。中国本土で絶大な人気を誇るというオンライン小説発のコンテンツ「全職高手(マスターオブスキル)」にも、この傾向は顕著に見られる。
ムゲンは言うなれば、「道を極めて仙人(妖精)の世界に上った人間の男」だろう。中国以外の作品であれば、彼を「人間のまま仙人(妖精)たちとの関係に葛藤する男」として描いたのではないか。前者は娯楽性と深いテーマを併せ持った活劇、後者はヒューマンドラマ色が強く描かれるのではないだろうか。本作は明らかに前者だ。アニメーションの分野に限らず、中国がこれまでに生み出してきた、数多くの優れた作品がそうであるように。『羅小黒戦記』は、中国ならではの世界観を驚異的な技術でアニメーションにしてみせた、見どころいっぱいのエンターテインメントなのだ。
劇的な変化が進行中の中国アニメ
アニメーションの表現には、手描きの2Dアニメや3DCGによるアニメだけでなく、最近ネットで話題のテレビアニメ「PUI PUI モルカー」(見里朝希監督)の羊毛フェルトでできた人形を使ったパペットアニメや、藤城清治による影絵アニメなど、さまざまな手法が存在する。
中には『老人と海』(アレクサンドル・ペトロフ監督・1999)や『ゴッホ 最期の手紙』(ドロタ・コビエラ&ヒュー・ウェルチマン監督・2017)のように、全編を油絵で描くという、労力を考えると気が遠くなってしまいそうな作品まである。いわゆるジャパニメーションの特徴でもある漫画的キャラクターの魅力を前面に押し出すものだけではない、はかり知れないほど多様で深い広がりのあるジャンル、それがアニメーションなのだ。
近年劇的な変化を遂げている中国アニメだが、その歴史は意外と古く1961年に『大暴れ孫悟空』(万籟鳴&唐澄監督)のほか、水墨画で描いた作品が発表されているようだ。2020年のベルリン国際映画祭にノミネートされた『秋実』(孫立軍監督)も水墨画アニメだ。
そんな中国の水墨画アニメーションは、おそらく「自国ならでは」の表現手法を追求する過程で生み出されたものだろう。だが、これは残念ながら市場も巻き込んで定着することはなかった。いわゆる文化大革命の影響も指摘されているが、手間とコストがかかりすぎるというのが最も大きな理由だったのかもしれない。
中国アニメは今、国家による後ろ盾や巨大市場も背景に、劇的な飛躍を遂げようとしている。自国の世界観やキャラクターは大切にしつつ、日本作品をはじめとしたさまざまなアニメの手法を積極的に取り入れる貪欲さには驚かされるばかりだ。
「自国ならでは」の表現というのは、手法ではなく描こうとする世界観やキャラクターに大きく依存する。ムゲンの戦い方は、中国政府が国家を挙げて保護しているという中国伝統武術の達人のスタイルだ。それを描くバトルシーンには、アニメ「NARUTO -ナルト-」など日本作品をお手本にしたとおぼしき演出が多々見られる。『もののけ姫』(宮崎駿監督・1997)などジブリ作品へのオマージュにも、日本のアニメファンなら思わずニヤリとさせられるはずだ。
シンプルな絵が効果的な娯楽性の高い活劇
例えば、京都アニメーション制作の『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(石立太一監督・2020)のような日本のアニメと中国のアニメが大きく異なる点は、中国のアニメの方が極めてシンプルな形にデフォルメされていることだ。特に『羅小黒戦記』が線を少なくしているのは、WEBアニメとして発表された原作のデザインを尊重したからだろう。しかし、それだけではなく、より動かしやすくしたかったからだという理由もありそうだ。
複雑かつ繊細なデザインとシンプルなデザインのどちらが優れた表現かという、価値判断には意味がない。人物の心情のひだにまで分け入っていくヒューマンドラマであれば、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のように、線が多く一枚絵としても完成度の高いアニメの方が向いている。だが、娯楽性の高い活劇を通して深いテーマを求めていくのであれば、本作のように線が少なく動かしやすい絵にする必要がある。動きが物足りなければ活劇として成り立たず、「自国ならでは」の表現もできないからだ。
日本語吹替版でシャオヘイを演じた花澤香菜は、インタビュー(花澤香菜にインタビュー!映画『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』)の中で、心に残った場面として「落ちてくるシャオヘイの裾をムゲンがつかんで受け止め、乱れた裾をさりげなく手でなおしてやるところ」を挙げている。確かにこの場面は非常に印象的だ。シンプルな絵による優れた動きだからこそ、「その作品らしさ」や「描こうとする世界観やテーマ性」が、セリフで語ることなく一瞬にして深く伝わってくるシーンだからだ。
導入部分の説明セリフの少なさも特筆すべき点だろう。「わからせるのではなく感じさせること」は、アニメに限らない映像作品では本来あるべき姿勢だ。
現代中国のアニメは、日本アニメと似た部分もあるが、明らかに違う魅力を持ったものだ。これからも発展を続け、日本アニメの側にも、現代中国アニメの影響を受けるクリエイターが現れてくるだろう。そのクリエイターが生み出す作品にもまた、似た部分はあっても異なる良さや見どころがあるに違いない。
両国が切磋琢磨しながら生み出す未来の傑作アニメを、まずは『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』で羽化登仙の気分に浸りながら、楽しみに待っていたいものだ。
【メインスタッフ】
原作・監督:MTJJ
プロデューサー:叢芳氷、馬文卓
副監督: 顧傑
脚本:MTJJ、彭可欣、風息神涙
作画監督:馮志爽、李根李根、周達ウェイ、程暁榕、鄭立剛
美術監督:潘ジン
撮影監督:梁爽
3D監督:周冠旭
音響監督:皇貞季
音楽:孫玉鏡
制作会社:北京寒木春華動画技術有限公司
・日本語吹替版
音響監督:岩浪美和
音響制作:グロービジョン
配給:アニプレックス、チームジョイ
主題歌:LMYK「Unity」(EPICレコードジャパン)
【声の出演(日本語吹替版)】
花澤香菜
宮野真守
櫻井孝宏
斉藤壮馬
松岡禎丞
杉田智和
豊崎愛生
水瀬いのり
チョー
大塚芳忠
宇垣美里