間違いなしの神配信映画『オン・ザ・ロック』Apple TV+
神配信映画
気軽に楽しめる5選
配信映画は、いまやオスカーほか賞レースの常連にもなっており世界中から注目されている。この記事では数多くの配信映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は気軽に楽しめる5選として、全5作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
ソフィア・コッポラが自伝的なニュアンス盛り込んだエレガントでオフビートなコメディー
『オン・ザ・ロック』Apple TV+
上映時間:97分
監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、ラシダ・ジョーンズ、マーロン・ウェイアンズほか
Apple Original FilmsとA24の初のパートナーシップ作品である『オン・ザ・ロック』。ソフィア・コッポラ監督がニューヨークを舞台に、彼女の自伝的なニュアンスを盛り込んだ、エレガントでオフビートなコメディーだ。
ソーホーのロフトに夫と娘2人と暮らす30代の作家・ローラ(ラシダ・ジョーンズ)と、お金も時間もある自由人の父・フェリックスの物語は、フェリックスを演じるビル・マーレイの存在もあってか、ソフィアの代表作『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)の20年後を見るような不思議な親しみと懐かしさがある。
ローラは、優れた起業家の夫・ディーン(マーロン・ウェイアンズ)が同僚と浮気しているのではないかと疑っている。多忙で出張も多い夫といつも一緒にいるのは、若くて魅力的なフィオナ(ジェシカ・ヘンウィック)。子育てと家事に追われ、仕事は絶不調で、どんよりした不安ばかりが膨れ上がっていく。ローラ役のラシダ・ジョーンズは脚本や監督もこなす多才で、偉大な父・クインシー・ジョーンズを持つという共通点もあり、ソフィアの分身として申し分ない適役だ。
映画みたいな〇〇という表現があるが、冒頭からしばらくは映画みたいじゃない状況の退屈さを、本気で映画にしてみせたかのようだ。無下にできないママ友の身の上話のどうでもよさ、小さな子どもの世話に明け暮れる単調な日常。もうそろそろ観ているのも限界と思い始めた頃に、チャーミングな魔法使いのように登場するのが父親のフェリックスだ。
ローラの表情は曇ったままだが、彼女を取り巻く世界はパッと明るく、それまでの停滞モードが嘘のように軽やかになる。ビル・マーレイのクールネス全開の名演に誰もが魅了されるだろう。
目利きの画商だったフェリックスは社交界にも顔が広く、街を知り尽くしている。人当たりのいいスマートなプレイボーイでだが、その物腰には“古き良き”という修辞がぴったり。その女性観は明らかに時代遅れで、動物学者の見地から人間の行動について考察したデズモンド・モリスあたりの書物で得たであろう知識を隙あらば語り出す。久しぶりに再会した愛娘がつけているブレスレットを褒めながら、次に飛び出すうんちくは「腕輪は、男による女性の所有を象徴している」という調子だ。
愛娘たちが、おじいちゃんの古くさい“いい女”指南を鵜呑みにしないように軌道修正しつつも、ローラは結局そんな父のアドバイスを受け、2人でディーンの浮気調査を始める。赤のアルファ ロメオを乗り回し、海外にも飛ぶスクリューボールコメディー風味の探偵ごっこを隠れみのに、父娘がそれぞれの価値観と対峙していく展開には、ソフィアと父親・フランシス・フォード・コッポラの関係を重ねてみたくなる。
巨匠の娘として育ったソフィアは、スノッブだと揶揄(やゆ)され続けてきたが、幼い頃から一流のものにふれて培われたセンスは確かなものだ。劇中に現代アートの名画や個人蔵のモネの絵画まで登場させ、フェリックスが愛娘を連れ歩く先は5つ星ホテル「ザ・カーライル」のベーメルマンス・バーをはじめ、いつかは行ってみたいが、敷居が高めの名店ばかり。コロナ禍前の優雅さが映像に残されたのは感慨深い。
クラシックな風格と現代的な正しさと、その折衷案的な役割をディーンに担わせるストーリーのバランス感覚が面白い。一見正反対なキャラクターに見えるが、あいまいな態度でローラを振り回す夫は義父・フェリックスとコインの裏表のようだ。
何かをやめるときに“卒業”という言葉を使うが、それに倣えば、これは父娘の卒業物語。遅めの親離れと子離れを、ソフィアらしくおしゃれに描いていく……かと思うと、ときどきびっくりするほどベタな描写が出てくる本作には、ひねくれた賞賛を込めて陳腐なレッテルを貼りたくなるのだ。
ローラの誕生日プレゼントにまつわるストーリーに、フェリックスのうんちく話をふと思い出し、なんとも言えない“卒業”の顛末(てんまつ)にニヤッとしてしまった。(文・冨永由紀、編集協力・今祥枝)