「ナナシス」から典型的アイドルアニメの文法を学ぶ!『Tokyo 7th シスターズ -僕らは青空になる-』
映画ファンにすすめるアニメ映画
『Tokyo 7th シスターズ -僕らは青空になる-』(通称・ナナシス)が、新宿バルト9を中心に、2月26日から期間限定上映されている。根強い人気を誇るアイドル育成&リズムアドベンチャーゲームを原作に、東映アニメーションが制作した作品だ。ゲームを知らなくても楽しめる本作を通して、典型的アイドルアニメの文法について考えてみたい。(香椎葉平)
※ご注意 なおこのコンテンツは『Tokyo 7th シスターズ -僕らは青空になる-』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。
【主な登場人物】
春日部ハル(かすかべはる)(CV:篠田みなみ)
いつも元気いっぱいで歌うことが大好きな女の子。デビューしたてのアイドルグループ「777☆SISTERS(スリーセブンシスターズ)」に所属し、グループのまとめ役として、日々明るく元気に頑張っている。
八角コウゾウ(はっかくこうぞう)(CV:西村知道)
劇場型アイドルスタジオ「HAKKAKU」の支配人。「HAKKAKU」は、かつては連日満員だったが、今は閉鎖の危機に直面している。伝説のグループ・セブンスシスターズの解散前には、そのライブを数多く手掛けていた。
衰えることのないアイドルアニメというジャンル
人気アイドルコンテンツ「ラブライブ!」は国民的ブームを巻き起こし、劇場版アニメ『ラブライブ!The School Idol Movie』(2015)も大ヒットを記録した。そこから飛び出した声優アイドルグループ・μ's(ミューズ)がNHK紅白歌合戦に出場してから、早や5年だ。双璧をなすとも言われる「THE IDOLM@STER アイドルマスター」の劇場版アニメ『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』が公開されたのが2014年。テレビアニメやアーケードゲームに至っては、それよりずっと前から存在し、今も変わらぬ人気を誇っている。
最近公開されたアプリゲームが大ヒットしている「ウマ娘 プリティーダービー」も、アイドル物のひとつに数えられるだろう。プレイヤーは、ウマ娘として美少女化された競走馬と共に夢を追い、懸命に汗をかいて努力し、勝利をつかんだら華やかなステージで歌と踊りを披露する権利を得るというものだ。
「誰かの背中を、押すために」「──ねぇ、君はなにがしたい?」
そんなキャッチコピーを掲げる『Tokyo 7th シスターズ -僕らは青空になる-』も、数あるアイドル作品のひとつ。舞台は「アイドル氷河期」と言われる西暦2034年の架空の東京。デビューしたてのアイドルグループ「777☆SISTERS(スリーセブンシスターズ)」が、ある日、予期せぬトラブルによってライブ中止の危機に直面する。それを救ったのが八角コウゾウ。彼は、劇場型アイドルスタジオ「HAKKAKU」の支配人で、解散した伝説のグループ・セブンスシスターズのライブも手掛けていた人物だった。
かつてはにぎわっていた「HAKKAKU」も、今は見る影もなく、閉鎖の危機に直面している。春日部ハルたちスリーセブンシスターズは、「HAKKAKU」を救うために立ち上がるが……。
明るく前向きな主人公を中心に個性豊かな仲間たちが集まり、一致団結してひたむきに頑張ることで大きな挫折やシビアな現実を乗り越え、夢の実現としてのゴールや、明るい未来につながるポジティブな答えにたどり着く。この典型的アイドルアニメの文法を、本作も丁寧になぞっている。
そんなアイドルアニメは、コアなアニメファンには「アイドル物はもうたくさん」「いいかげん飽和状態」などと非難されつつも、変わることなく多くの人の心をつかみ続けている。それはいったいなぜなのか?
アイドルとスターはどう違う?
アイドル物に夢中になるのは、コアな男性ファンばかりではない。アニメ『アイカツ!』シリーズや『プリティーリズム』シリーズをはじめとした子ども向けのアイドルコンテンツも、何年経っても変わらぬ人気を誇っている。
その『プリティーリズム』から派生した『KING OF PRISM』(通称・キンプリ)シリーズについては、2016年から劇場公開されるや、男性アイドルファンの熱気など軽くしのぐほど熱い女性ファンが映画館に連日詰めかけたことは、記憶に新しいところだ。もともとはコア層の男性を想定して立ち上げられた「THE IDOLM@STER アイドルマスター」や「ラブライブ!」も、熱狂的に支えるかなりの部分を女性が占めていることは、ファンの間でよく知られている。世代も性別も関係なく、アイドルには惹きつけられるものなのだ。
「銀幕のスター」という古くからの言葉がある。華やかなスクリーンの向こうで活躍する者は、男女を問わず別世界に生きる憧れの人。
韓流映画の大スターなどは、この感覚を今に至るまで強く引き継いでいるのかもしれない。『JSA』(2000)などでブレイクを果たした世界的スター、イ・ビョンホンは、自らのファンを「思い出を共有する親友であり仲間」とみなしているそうだが、彼のキラースマイルに陶酔しに行くのに、友だち気分で映画館を訪れる者はむしろ少ないだろう。
銀幕のスターと観客を隔てるのは、「スターはあくまで自分とは別世界に生きている人」という意識だ。だからこそ、本物のスターは銀幕に映し出された夢の世界で永遠に生き続けるものだし、「もしも会えたら?」という『ノッティングヒルの恋人』(1999)のようなおとぎ話も生まれる。
アイドルに対しても、「会いに行けるアイドル」と称する握手会戦略で一世を風靡(ふうび)したAKB48のように、「もしも会えたら?」という気持ちがないわけではない。だが、多くのアイドルファンが「現場」と呼ぶライブ会場に行くのは、夢を見させてもらうのではなく、同じ夢を目指す同じ物語の中で、アイドルと共に生きるため。CDやグッズを買い、歌と踊りに合わせてケミカルライトを振り、汗だくになってまで声援を送るのは、そのための懸命の努力なのだ。
アイドルとは、永遠ではなく今を生きるもの。ファンの連帯意識と共感に支えられて、より大きな舞台へと夢の階段を一歩ずつ上っていく、その過程で輝く瞬間こそが、スターとは性質の異なるアイドルの本質なのだ。
「憧れる」のがスターなら「推す」のがアイドル。現代に生きる、多くの人が「推す」ための偶像と、熱い一体感をもって没入できるエモーショナルな夢への物語を求めている。だからこそ、アイドルアニメの文法は、いくら数があろうともサビつくことなく、多くの人を惹きつけ続けるのだ。
アイドルは現代の映し鏡
その意味で、本作の舞台が「アイドル氷河期」と呼ばれる時代を迎えた近未来の東京として設定されているのは面白い。作中では、セブンスシスターズという伝説のグループの解散を機にアイドル文化そのものが下火になったとシンプルに説明されるが、より想像力を働かせて、夢への物語を誰もが求めなくなった、あるいは求められない時代になったと解釈したらどうだろう?
皆がそれぞれの現状に満足している、ある意味、幸せな時代なのかもしれない。あるいは、夢見ることをあきらめてしまった時代。だが、誰もが夢を必要とせずに生きるなんて、果たしてできるものだろうか。少なくとも、劇中に登場する不思議な老人・八角コウゾウにはできなかった。だから、彼はリスクを承知で大きな挑戦へと踏み出した。
大きな夢へと続く階段を、手を取り合って上っていく仲間であるアイドル同士は、挑戦へと踏み出す者の背中を押すことができる。夢を追う者が決してひとりでないことは、ファンがケミカルライトを振り声援を送る現場で体験済みだ
典型的アイドルアニメの文法にのっとった本作のキャッチコピー、「誰かの背中を、押すために」「──ねぇ、君はなにがしたい?」は、アイドル自身のことでもあり、スクリーンを見つめる観客にも問いかけている。誰かの「推し」側になることでスターになれなくても自己実現はできるというメッセージでもあるのだ。
作中に登場する悪役が、春日部ハルたちスリーセブンシスターズを「地味なアイドル」と揶揄する。しかしハルたちは、たとえ地味であっても、最後の最後まで、誰かの背中を押し、自分たちも背中を押してもらう、アイドルであり続ける。アイドルやアイドルファンというのは生き方であり、地味かそうでないかなど、まったく問題ではないのだ。
第164回芥川賞を受賞した宇佐見りんの小説「推し、燃ゆ」は、アイドルを推すファンの姿を通して、現代ならではの若者の孤独を浮き彫りにした小説だ。宇佐見りんのように深く人間を見つめるにせよ、ナナシスを含む多くのアイドルアニメと同じように前向きな希望を描くにせよ、アイドルとそのファンのありようは、その時代の映し鏡であり続ける。
皆さんが推すアイドルは誰で、どんな夢を追いかけ、皆さん自身はそのアイドルと共に、何を目指してどんなふうに毎日を頑張っているだろうか。心からひたむきになれる何かを持ちながら生きているだろうか。
──ねぇ、君はなにがしたい?
【メインスタッフ】
原作:Donuts
監督:北川隆之
副監督:砂川正和
原案・脚本:茂木伸太郎
キャラクターデザイン原案:MKS
企画:鈴木篤志、森山義秀、加藤和夫、茂木伸太郎
プロデューサー:松浦寿志、小田元浩、鈴木康治
ラインプロデューサー:坂上貴彦
アニメーションキャラクターデザイン・総作監:菊池陽介
美術監督:杉本あゆみ
美術設定:新妻雅行
色彩設計:寺分神奈
音楽プロデューサー:茂木伸太郎
音楽:出羽良彰
制作:東映アニメーション
アニメーション制作:LandQ studios
【声の出演】
篠田みなみ
高田憂希
加隈亜衣
中島唯
井澤詩織
清水彩香
道井悠
今井麻夏
大西沙織
中村桜
高井舞香
桑原由気
水瀬いのり
西村知道
森川智之