「おちょやん」モデルの浪花千栄子、巨匠たちに愛された名脇役の出演映画
今週のクローズアップ
現在放送中の連続テレビ小説「おちょやん」の主人公のモデルとしても注目を浴びている女優・浪花千栄子。溝口健二、木下惠介、黒澤明、小津安二郎作品などに出演した“稀代の名脇役”の生涯を辿りつつ、出演作品を紹介する。(編集部・大内啓輔)
朝ドラでも描かれた苦労続きの女優人生
今でいう「名バイプレイヤー」として知られた浪花千栄子の生涯は、朝ドラ「おちょやん」でも描かれているように、きわめて波乱万丈なものだった。1907年、大阪府南河内郡大伴村大字板持(現在は富田林市東板持町)に生まれた浪花(本名は南口キクノ)。父は養鶏業に携わっていたものの生活は貧しく、最愛の母は5歳のときに他界してしまう。飲み屋の仲居だった継母に追い出されるかたちで、9歳にして道頓堀の仕出し料理屋に女中奉公に出されることになる。
その後、京都の「カフェー・オリエンタル」で女給として働いたのち、18歳のときに村田栄子一座に加わり、女優として舞台にも立つように。ところが一座は不入りが続いたことから、浪花は東亜キネマ等持院撮影所に活躍の場を求め、芸名を「香住千栄子」として端役出演を続けていく。1926年には『帰って来た英雄』で重要な役どころを任されるなど、順調にステップアップを続けていくも、撮影所では不遇の時代を経験。のちに所属する帝国キネマで芸名を「浪花千栄子」と改めて、女優としての活動を継続した。
その後、映画界を離れて新潮座などの舞台に参加。1930年には二代目渋谷天外たちが旗揚げした松竹家庭劇の専属女優となり、同年に天外と結婚する。看板女優として、舞台喜劇の世界で日の目を見ることに。ところが、夫の不倫など身辺まわりの事情から1951年に松竹新喜劇を退団。表舞台からも姿を消してしまう。
稀代の名脇役として知られる浪花の映画女優としての姿は、花菱アチャコとの黄金コンビで人気を博したラジオドラマ「アチャコ青春手帖」「お父さんはお人好し」などによって、半引退状態から復活を遂げた後のもの。1950年代以降、関西弁を駆使した端役で巨匠たちの作品に重宝されていくことになるのだった。
『祇園囃子』をきっかけに名作に続々出演
大きなきっかけとなったのは、1953年公開の『雨月物語』で国際的な注目を浴びた溝口健二監督が同年に発表した『祇園囃子』での演技。京都の花街・祇園を舞台に、木暮実千代と若尾文子ふんする二人の芸妓を中心として、祇園という特殊な世界を生きる人々の人生模様が描かれる。浪花は、祇園で強い影響力を持つお茶屋の女将・お君を貫禄たっぷりに演じ、ブルーリボン賞の助演女優賞に輝いた。
ほかにも溝口作品への起用は続き、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞を獲得した1954年公開の『山椒大夫』にも出演。都へと向かうために母親である玉木(田中絹代)と野宿する厨子王と安寿たちに付き従う姥竹役を務めている。ちなみに、厨子王の幼少期を津川雅彦(当時は加藤雅彦)が演じていた。さらに、田中の溝口作品最後の出演作となった同年公開の『噂の女』にも出演。京都の祇園と並ぶ花街・島原を舞台に母娘の思いを描くこの作品では、初子(田中)を手助けするお咲を演じている。
また、香川京子がヒロインのおさんを演じた溝口監督の『近松物語』(1954)では、おさんの母親であるおこうに。香川に方言指導を行うなど、役者のみならず若い世代の俳優たちに大きな影響を与えることになる。香川とは豊田四郎監督の『猫と庄造と二人のをんな』(1956)でも共演を果たしている。なお、浪花は前年の『夫婦善哉』でも豊田監督と森繁久彌とタッグを組んだ。
『噂の女』で主人公の娘の雪子を演じた久我美子のほか、高峰秀子と岸恵子というスター女優が学生役で集結した木下惠介監督の『女の園』も同年に公開。京都にある全寮制の女子大学を舞台に、封建主義的な学校のルールや教師たちに挑む学生たちの姿が描かれる同作で、浪花は男子学生との交友で一時停学となる岸ふんする滝岡富子のおばさん役を務めている。厳しい規律で女性を育成することを名目に恋愛や自由な思想を許さない大学の大人たちに対して、富子の処分について掛け合うという心意気を見せる、数少ない良心の持ち主として存在感を発揮。同じく木下監督による学園を舞台とした『二十四の瞳』(1954)では飯屋のかみさんを好演し、ハマり役となった。
怪猫映画から小津作品まで幅広い活躍
強烈なインパクトを残す変わり種にも。一時期の入江たか子が「化け猫女優」と呼ばれるきっかけとなった怪猫映画『怪談佐賀屋敷』(1953)に出演。入江が美女から化け猫へと変貌する二役に挑戦するなか、浪花も化け猫に変身する杉江を演じている。のちの黒澤明監督による『蜘蛛巣城』(1957)では物の怪の老婆にふんしているが、そんな浪花のインパクトある怪演を堪能することができる。
そして、浪花は小津安二郎監督のフィルモグラフィーに欠かせない存在でもある。小津監督の初のカラー作品である『彼岸花』(1958)では、口を開いたら止まらない、小気味好い関西弁で本領発揮の演技を披露している。この作品では、佐分利信ふんする娘の結婚を認められない父親を中心に世代の違いによる価値観の衝突が描かれ、浪花は京都の旅館の女将で娘の幸子(山本富士子)の縁談に心血を注ぐ初を演じる。小津作品には新鮮な関西的な雰囲気を持ち込んでおり、その後も『小早川家の秋』(1961)で小津組に参加。小早川家の当主・万兵衛(中村鴈治郎)のかつての愛人で、祇園の芸者だった佐々木つねを演じた。
ほかにも、川端康成の名作を映画化し、岩下志麻が一人二役に挑んだ『古都』(1963)や、同じく川端の小説が原作で、吉永小百合と高橋英樹が共演した『伊豆の踊子』(1963)、若尾文子や京マチ子といった面々が集結した『女系家族』(1963)、そして増村保造監督と脚本・新藤兼人による『華岡青洲の妻』(1967)など、代表作と呼べる作品だけでも文字通り枚挙にいとまがなく、膨大な数に及ぶ。
さらに、復活への道を拓いたラジオ番組が映画化された『お父さんはお人好し』シリーズをはじめ、『宮本武蔵』シリーズや『悪名』シリーズといった、数多くのシリーズものにも出演した浪花。そのうちの『サザエさん』シリーズでは、サザエの叔母である西野ちえ役として数作に出演を果たしており、サザエの叔父の西野万造は花菱アチャコが演じた。1960年代にはテレビドラマにも精力的に出演しており、旺盛な活動ぶりに驚くほど。作品の多くは定額配信サービスでも鑑賞可能となっており、朝ドラとともに稀代の名脇役の演技を楽しむのも一興だろう。
参考文献:青山誠著「浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優」KADOKAWA刊