『騙し絵の牙』大泉洋 単独インタビュー
役者は人生を懸けた壮大なギャンブル
取材・文:坂田正樹 写真:橋本龍二
俳優の大泉洋を主人公に当て書きした塩田武士の小説を、『桐島、部活やめるってよ』などの吉田大八監督が映画化した『騙し絵の牙』。出版界の光と闇を描く本作で、大泉は廃刊の危機に瀕した雑誌「トリニティ」を存続させるために奔走する風変わりな編集長・速水を熱演する。撮影を振り返り、「当て書きなので役づくりはいらないと思っていたが、いつも以上に難しかった」と笑みを浮かべる大泉、果たしてその真意とは? 吉田監督から厳しい演出を受けたという白熱の舞台裏とともに、主演を担う重圧について思いを語った。
大泉の冗談?から始まった壮大なプロジェクト
Q:そもそもこの企画は、「映像化された際、僕が主演できそうな小説はない?」と大泉さんが言い続けていたことがキッカケだそうですね。
もともとは雑誌「ダ・ヴィンチ」の編集者とマネージャーの企画なんですが、毎回「ダ・ヴィンチ」でオススメの本を持つときに、僕がそれほど読書家じゃないから、編集者に「僕が主演できそうな本ないですかね? それだったら読むんだけどなぁ」なんて、冗談まじりに言っていたんです。「だったら、最初から大泉さんを主人公にイメージした小説を作りませんか?」という話になって。つまり、僕の何気ない軽口から始まった企画ということなんですよ。
Q:書き上がった小説を読んでいかがでしたか?
とても面白く読ませていただきました。ただ、僕より数段魅力的で、思っていた以上にかっこいい主人公だなと思いましたね。塩田さんにはそんなふうに映っているのかなぁ(笑)。
人を笑わせたい、笑ってほしい
Q:こうして第三者が描く「大泉洋」に触れることで、新たな発見はありますか?
そうですね。例えば、昨年『新解釈・三國志』でご一緒した福田雄一監督なんかは「いつも何かに文句を言っている男」だと思っているみたいですしね。まぁ、外れちゃいないんですが(笑)。やっぱり二面性みたいなものを出される方が多いのかな。三谷幸喜監督も僕を書くときはそうですし。なんだろう、表向きは陽気な男だけれど、裏ではとんでもないことをしている人?(笑)当て書きされると、大体そんな役が多いです。今回もそうですよね。誰にでも愛される人たらしでありながら、その笑顔の裏に何かを隠し持つ二面性のある男ですし。
Q:確かに大泉さんは、常に面白いのか、実は超真面目なのか、謎な部分がありますよね。本当はどうなんですか?
あんまり二面性はあるとは思わないです。基本的に真面目ではあるんですが、とにかく物心ついたときから、人を笑わせたい、人に笑ってほしいという思いがずっとあって。だから、こういった取材のときもついつい笑いを入れてしまうので、「大泉さんってサービス精神が旺盛ですね」って言われるんですが、むしろ、笑いなしに話す方が僕にとっては苦痛なんです。でも、僕の笑いの取り方って、自虐的でグダグダなときが多いから、ブルーリボン賞の司会なんかやっちゃうと、ああいうこと(受賞した俳優陣が笑いすぎて困惑するという事態)になっちゃうんですよね(笑)。
当て書きなのに想像以上に難役だった
Q:大泉さんの一言で始まった企画がようやく映画となり、公開されます。ここまでの道のりは長かったですか?
企画が立ち上がってから、「どんな本がいいかね」という話し合いがあって、それから塩田さんが一から小説を書き始めましたからね。本ができた後も、映像化するためのチームの編成をして、その後映画のための脚本作りがあって、ようやく撮影ということですから、その期間を考えると、7年くらい経ったんじゃないですか? 正直、随分時間がかかったなとは思います。
Q:当て書きながら、役づくりに苦労されたそうですね。緻密な演出で知られる吉田監督とはどういうセッションだったのでしょう。
もともと僕をイメージして書き下ろした小説だから、映像化するときもそんなに役づくりはいらないだろうと思っていたんですが(笑)、大八さんの演出は、とても緻密で、細かなところの要求もありました。確かに僕に当て書きした役でありましたが、監督ご自身の中でイメージする速水像というのがしっかりあって、だから少しでも大泉洋が出てくるとNGになっちゃう。つまり、吉田監督にとって速水は僕ではなく、あくまでもやり手の編集者。これが、売れないローカル芸人の役だったら、このまま行けたかもしれませんが(笑)。結局、いつも以上に演じるのが難しかったです。
Q:細かい演出というのは、例えばどんな感じなのでしょう。テイクが多いとも聞いていますが。
例えば、1分かかったセリフが無駄だなと感じると「40秒でいいよ、もっとコンパクトに言って」とか、長ゼリフの中でも「今このセリフ、ここでブレスしているけど、そこはブレスなしで言っちゃって」とか。非常に細部にこだわる監督さん。テイクも確かに少なくはないけれど、それを1つ1つクリアして前に進んでいくので、達成感はものすごく大きかったです。
Q:福田監督とは対照的なイメージがありますね。
真逆ではありますよね(笑)。『新解釈・三國志』は劉備(りゅうび)という僕とは全然違うキャラクターなんですが、「これ当て書きか?」と思えるくらい、ほとんど素の僕で演じていますから、気が楽でした(笑)。福田さんは「僕の好きな大泉洋が見たい」という監督さんで、役づくりをすると逆に怒られるくらい(笑)。許されるなら、一生『新解釈・三國志』のような映画を撮っていればずっと楽しいだろうなぁと思いますが、あの現場ばっかりやってたら役者としてはダメになるでしょうね(笑)。時には大八さんのように「大泉に好き放題やらせない」という厳しい監督の現場も経験しないとね(笑)。
役者という仕事は人生を懸けたギャンブル
Q:速水には「面白ければ何でもいい!」という勝負師の顔がありますが、大泉さんにもそういう一面はありますか?
勝負ごとって、根本的に好きじゃないかもしれないですね。子供の頃、友達同士で野球をやろうとチーム分けの話になったとき、僕、審判やっていましたからね。別に体を動かすことが嫌いなわけじゃないんですが、それくらい勝ち負けが嫌いだったんです。ただ、実際にやってみたら、やっぱり「審判はつまらんな」とは思いましたけどね(笑)。
Q:それはまた、筋金入りですね(笑)。
大人になってからも、賭けごとには全く興味がないんですが、ただ、よくよく考えてみると、役者という仕事って、実は非常にギャンブル性が高いんじゃないかと。主演のお仕事をいただくようになってからは、特にそう思うようになりました。映画がヒットするかどうかは、もちろん俳優だけではなく、原作、監督、脚本などいろんな要素がそろって、「さて、どうなるか」ということだと思うんですが、それでもやっぱり、イメージも含めて主演が背負ってしまう部分が多いですからね。その代わり成功した時に一番評価してもらえるのも主演ですから。そういった意味では、役者って人生を懸けたギャンブルと言えるかもしれません。
劇中で松岡茉優が演じる新人編集者・高野恵は、書籍に対して無償の愛を注ぐ。大泉に「高野のように、これだけは何があっても守っていきたいというものはあるか」と聞くと、「月並みだけど、家族かな」と照れくさそうに答えた。どこかつみどころのない彼のふとした言葉に、「大泉洋」の根幹が見えたようで、なんだかほっこりした。
映画『騙し絵の牙』は3月26日より全国公開