間違いなしの神配信映画『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』Netflix
神配信映画
今観たいドキュメンタリー6選
配信映画は、いまやオスカーほか賞レースの常連にもなっており世界中から注目されている。この記事では数多くの配信映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は“社会の今”を映したドキュメンタリー6選として、全6作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
種を超えた友情を築いていく人間とタコをとらえた驚異的な映像の力
『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』
上映時間:85分
出演:クレイグ・フォスター、トム・フォスターほか
※第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞
『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』は、タコと人間の交流を映し出した、衝撃のドキュメンタリー作品だ。タコが愛犬のように、一人の人間と仲良くしている姿をとらえた本作の場面は、誰もが驚かざるを得ない映像の力を持っている。
本作に出演し、撮影をしているのは、南アフリカの映像作家クレイグ・フォスター。彼はかつてアフリカ南部のカラハリ砂漠に住む狩猟民族サン人の生活を追った作品を完成させる。その後、サメを間近に捉えるなど危険な映像素材を撮り続け、長い間極限の状況に身を投じたことで、心身ともに疲れきっていたという。そんな彼の傷ついた心を呼んだのは、幼少期に長い時間を過ごした、岬を囲む荒々しい海だった。
南アフリカの西ケープにある、大航海時代の航路として有名な「希望峰」。そこはかつて、ポルトガル人によって「嵐の岬」とも呼ばれていた、荒れた波に囲まれた場所だ。泳げば強い水流にのみ込まれそうになる危険な海だが、その波の下には、ケルプ(コンブ科の海藻)が無数に繁茂する、水中の森が存在していた。水流を緩和してくれる海藻たちの作り出す森の中では、多種多様な生物たちが生命の営みを続けていた。フォスターは、この人間世界から隔絶された、別の惑星のような幻想的な光景の中に、心の平穏を見出す。
そこで偶然出会ったのが、森に住む一匹のタコである。身体のかたちや色を一瞬で変えることのできる彼女の生態に興味を持ったフォスターは、毎日海に潜り、彼女に会いに行って、その姿をカメラに収めることを思いつく。すると、彼女の方でも次第に警戒心を解いていき、吸盤付きの触手でフォスターに触れ合いを求めてくるのである。それ以来、フォスターと彼女の関係は急接近していく。
人間と種を超えた友情を築いていくタコの行動にも驚かされるが、撮影のためとはいえ毎日タコに会いに行くフォスターの行動も、ある意味では奇妙だ。その姿はまるで、ドイツのロマン主義の作家フーケが小説に書いた、水の精ウンディーネに魅せられ恋に落ちる騎士のようである。自らの身体を周囲の色に同化することができる彼女は、フォスターの胸に抱きつき、フォスターの肌の色にその身を変化させる。その映像は、なんともなまめかしい。
変身術だけではなく、墨を吐いたり海藻にくるまったり、さらには海中を二本の脚を使って歩く姿を見せるなど、多様なスキルを見せる彼女は、まさに海の忍者のよう。そんな技を使ってカニや海のザリガニを狙い捕食する様子を間近にとらえた映像も非常に貴重だ。
そんな彼女の天敵は、森に獲物を探しにくるサメだ。彼女は、タテスジトラザメの猛追を逃れるため、ありとあらゆる技を必死に繰り出しながら、窮地から抜け出そうとする。よくあるネイチャー番組であれば、それは単に海中の狩りをとらえた瞬間に過ぎないかもしれない。だが、彼女に愛情を注いできたフォスターにとってはもちろん、奇跡の交流を目の当たりにしてきたわれわれ観客にとって、彼女の命が奪われそうになる場面では、心を引き裂かれるような思いにとらわれてしまう。
とはいえ、彼女自身も多くの命を奪ってきたように、他の種に命を狙われるのは、自然界では当然のことである。本作が感動的なのは、そんな厳しい世界の中でも、他者と心を通い合わせ、楽しい時間を持つことができるという事実である。他者との関係の中で生きる喜びを見出すことができるのは、人間だけではないし、哺乳類だけの特権でもない。本作で映し出される、無脊椎動物と人間との交流は、人間と他の生命との新たな交流の可能性を大きく広げるものだ。
しかし、このような豊かな生命活動を育む水中の森が、いま危機にさらされているという。海藻は、陸地に近い沿岸に繁殖するが、そこは人間の生産活動の影響を大きく受けてしまうエリアである。乱獲や温暖化はもちろん、最も懸念されるのは、人間の出す汚染された物質が流れ込むことだ。
フォスターは、海での体験を基に、ドキュメンタリー作家やジャーナリスト、海洋生物学者などとチームを組んで、危機に瀕する海の生態系を守る環境保護団体「シー・チェンジ・プロジェクト」を立ち上げ、現在も活動を続けている。陸からは見えない場所だからこそ、誰かが強く声をあげなければ、海洋の破壊は止まらないだろう。
このような危機は、もちろん日本人も例外ではない。沿岸部の自然が破壊されたり汚染されれば、その影響は、近隣の漁師や海産物を食べるわれわれにも当然及んでくる。日常的な生活排水や工場の排水……そして先頃、福島第一原発事故によって排出された放射能汚染水を、希釈するなど処理を施したのちに海洋に放出することを日本政府が決定したが、政府が「処理水」と呼ぶ、この液体が海洋に流され続けることで、海の生態系にどんな悪影響が出るかは未知数だ。とくに日本人は、この問題にもいや応なく向き合わざるを得なくなるはずである。(文・小野寺系、編集協力・今祥枝)