間違いなしの神配信映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』Netflix
神配信映画
今観たいドキュメンタリー6選
配信映画は、いまやオスカーほか賞レースの常連にもなっており世界中から注目されている。この記事では数多くの配信映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は“社会の今”を映したドキュメンタリー6選として、全6作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
トランスジェンダーの真の声に焦点を当て、映像表象における問題点を浮き彫りに
『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』Netflix
上映時間:107分
監督:サム・フェーダー
出演:ラヴァーン・コックス、リリー・ウォシャウスキー、ヤンス・フォードほか
映画やドラマを鑑賞するとき、わたしたちは無意識のうちに劇中の登場人物たちに共感したり、親近感を覚えたりする。それは映像作品が、いわゆる現実を映す鏡のような存在として機能しているからだろう。しかし、そういった登場人物たちは果たして、現実をありのままに映し出しているのだろうか? ドキュメンタリー映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』(2020)は、トランスジェンダーの描かれ方に焦点を絞り、映画やテレビにおけるトランスジェンダー表象の問題点を浮き彫りにしている。
自身もトランスジェンダーを公言するサム・フェーダー監督による本作は、古くはD・W・グリフィスのサイレント映画『ベッスリアの女王』(1914)から最近では1980年代のボール・カルチャーを通して、当時のLGBTQコミュニティーの人間模様を描くテレビシリーズ「POSE ポーズ」(2018~)まで、映像作品におけるトランスジェンダー表象の歴史を説明。アメリカのエンターテインメント業界に携わる当事者のインタビューを中心に、実際に各作品の映像を交えながら、トランスジェンダーの人々が、いかに人間性を奪われてきたのかを視聴者に示している。
アメリカ映画やドラマの中で白人たちの多種多様な物語が描かれてきた一方で、トランスジェンダーの人々は決まって偏った描かれ方ばかりされてきた。先に述べた『ベッスリアの女王』には、女装男性が剣を振り回しながら殺人を犯す描写があり、映像作品においてトランスジェンダーを精神異常者として描くきっかけとなった作品として紹介されている。コメディーでは嘲笑の対象としていじられ、犯罪ドラマではヘイトクライムの被害者として殺害され、医療ドラマではホルモン療法が原因で病気に苦しむ患者役を充てがわれる。『クライング・ゲーム』(1992)、」『エース・ベンチュラ』(1994)では、トランスジェンダーとわかるやいなや吐き気を催すほどの不快感を示すという、行き過ぎた差別的描写も見られた。
これらは全てシスジェンダー(生物学的性別と性自認が一致している人)の製作者による一方的な描かれ方によるもので、トランスジェンダーの人々は「トランスジェンダーだから」という理由だけで幸せになれない、ましてや普通に暮らすことさえできない、笑い者にされてもいい存在だという先入観が生み出されていくのである。
LGBTQに関するメディアモニタリングを行っている米GLAADの調査によると、アメリカ人の8割近くが周りにトランスジェンダーがいない環境にいるという。映画やドラマはトランスジェンダーに関する知識を得る身近な手段だが、その唯一の情報源に偏りがある状況は当事者たちに大きな負担となってのしかかってくる。テレビシリーズ「ダーティ・セクシー・マネー」(2007~2009)でトランスジェンダー俳優の道を切り開いたキャンディス・ケイン、テレビシリーズ「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」(2013~2019)でトランスジェンダー俳優として一躍人気を得たラヴァーン・コックス(本作ではエグゼクティブ・プロデューサーも務める)、リリー・ウォシャウスキー(『マトリックス』シリーズの共同監督)など、第一線で活躍する彼女たちが声を震わせながら語る実体験からもそのことが如実に伝わってくる。トランスジェンダーを取り巻く環境を良くしたいと願う彼女たちの声は力強く、われわれはそのメッセージから目を背けることは決して許されないのだ。
昨今、シスジェンダーの俳優がトランスジェンダーの役を演じることの問題点が大きく論じられるなど多くの課題が残されている一方で、本作では映画・ドラマ産業におけるトランスジェンダーを取り巻く環境に明るい兆しが見えていることも示唆される。その例として挙がったクリエイターがライアン・マーフィーだ。テレビシリーズ「NIP/TUCK マイアミ整形外科医」(2003~2010)で性転換者の女性を“実は男性だった”と描いた彼が、今では黒人のトランスジェンダーが主役を務める初のドラマ「POSE ポーズ」を製作しているのだ。レギュラーキャストを含むトランスジェンダーの役者を多数起用し雇用機会を創出するとともに、当事者の実体験を脚本に取り入れながら、1980年代のLGBTQコミュニティーを描き出している。
トランスジェンダーのハリウッド進出は確実に進んでいて、それは世に出る作品からも明らかだ。しかし、社会全体で見てみるとまだまだ多くの課題が残されている。100年以上かけて映画を通して作られてきたトランスジェンダー像を覆すには、新たな表象を生み出すほかない。フェーダー監督が本作を「すべてのトランスジェンダーのために製作した」とインタビューで語っているように、本作はトランスジェンダーの人々が共感できる作品がより多く作られ、正しく理解されるための大きなきっかけとなる作品であることは間違いない。(文・中井佑來、編集協力・今祥枝)