セクシーで刺激的!ヤマザキマリが解説「ニュー・ポープ」の魅力
提供:スターチャンネル
ジュード・ロウがイケメンすぎるカトリックの教皇を演じたドラマ「ヤング・ポープ 美しき異端児」の待望の続編、「ニュー・ポープ 悩める新教皇」の配信と放送がスタートし、映画・ドラマファンのみならず多方面で話題を集めている。今度はジュードに加えて、ジョン・マルコヴィッチが演じる屈折しまくりの英国貴族の教皇も登場! イタリア通の「テルマエ・ロマエ」の漫画家ヤマザキマリはこのドラマを見てゲラゲラ笑ったという。その理由は?(取材・文:平沢薫 写真:高野広美)
「大胆さが小気味よくて笑っちゃいました」
本作は、ジュード・ロウふんするセクシーな教皇ピウス13世が登場し、カトリックの総本山バチカンの枢機卿たちが世俗的な欲望のため右往左往するさまをブラック・ジョーク的に描く作品。一方、映画にもなった大ヒットコミック「テルマエ・ロマエ」の作者ヤマザキマリは、ミッションスクール出身でカトリックにも詳しく、イタリア在住歴も長い大のイタリア通。そんなヤマザキが見ると、このシリーズはかなり痛快な作品だったという。
ドラマでは、冒頭から十字架がネオンカラーでピカピカ点滅し、尼僧たちがセクシーに踊るなど、カトリック信者が見たら怒るのではないかと思うようなシーンが続出するが、ヤマザキによればその心配は不要だそう。
「私は敬虔なカトリック信者の母親に育てられましたが、17歳でイタリアに行った途端に、それまで抱いていたカトリックの概念はすべて崩壊しました。カトリック成立の歴史を学ぶと、バチカンが金と権力によって成り立ってきたことが歴然としてきます。そんなことはイタリア人は、信じたくなくてもみんな心底では分かっているので、このドラマを観ても、大きなショックを受けたりする人はあまりいないと思います」
とはいえ、本作の大胆さは別格。「これまでもバチカンや教皇を揶揄するような映画はいろいろありましたけど、さすがにここまで大胆じゃなかったと思います。凄いことやらかしたなあ、と思う反面で小気味良くもあり、私はしょっぱなから笑って観ていました。もちろんそのぶっ飛んだストーリーに意表を突かれたからでもありますが、私もものづくりが生業ですから、すごいな、ここまでやるのかと感心し、勇気とやる気を焚きつけられました。ボーダーレスな精神というのは旺盛でなんぼだなと痛感しました」
さらに、バチカンに詳しいヤマザキならではの爆笑ポイントもある。彼女が一番笑ったと言うのは、教皇フランシスコ2世のエピソード。この教皇が教会にはお金は不要だという清貧の教えを説いたため、バチカンの枢機卿たちがこれは大変だと震えあがり、あるとんでもない行動に出る。
「あれはあきらかに過去の実話を踏まえています。1978年にわずか1か月ほどの在位で亡くなったヨハネ・パウロ1世という教皇がいたのですが、貧困や政治腐敗、そしてバチカンの保守的姿勢に対して改革的な姿勢をとっていた人で、保守派からは反感を買っていたために、暗殺されたのではという説があるのです。バチカン史上ドラマティックな事件ですし、深刻なことではあるのですが、それをあそこまで盛って可笑しい話にしている。しかも、今の教皇の名前はフランシスコですよ。こんなもの撮っていいのか!? 笑いながらも、これは洒落がわかんない人には意味がわからないんじゃないだろうか、なんて心配までしてしまいました。なのでぜひ、この機会にこのドラマを通じて、ハイスペックな洒落のセンスも磨いていただきたい」と指摘。このドラマはそんなアブナいネタが満載なのだ。
パオロ・ソレンティーノ監督の観察眼が面白い!
ヤマザキは、もともとこのシリーズのクリエイターで全話を監督したイタリアの監督パオロ・ソレンティーノのファン。彼は『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(2013)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、同作や『グランドフィナーレ』(2015)、『きっと ここが帰る場所』(2011)などがカンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされている監督だ。
「このドラマで一番面白いのは、思いも寄らない角度から人間を見つめる、ソレンティーノの観察眼です。このドラマをバチカンはどう思っているのか。どういう気持ちでこの映像作品を許諾したのか。観れば観るほどそんなふうにどんどん疑問が湧いてくる。一つの軸からさまざまな方向に好奇心に火種をつけられる。それが、私にとって面白い作品の必須条件なんです」と本作の魅力を熱く語る。
ヤマザキは、次の教皇を選ぶ投票をするコンクラーベの場面でも、ソレンティーノ監督らしさを感じたそう。「枢機卿たちが揃って、みんなが真剣な表情で投票しているときに、枢機卿の一人がトイレから手を洗って出てくる。実際、あんなところにトイレがあるのかどうかわからないですけど、わざわざああいう猥雑なシーンを挟み込むところがこの監督らしいですよね」
ブリーフ1枚で歩いていて絵になるジュード・ロウ
このドラマはユニークなキャスティングも大きな魅力。シャロン・ストーンが本人役で出演し、バチカンで彼女の代表作『氷の微笑』のあの伝説のシーンを再現する場面があったり、マリリン・マンソンが本人役で登場したりする。ジュード・ロウはアメリカ人初の教皇役で、彼が白いブリーフ1枚だけで歩き回るシーンもある。
「あんなイケメンの教皇は、まあ、ほぼあり得ないんですけど、白いブリーフ1枚で歩かせるシーンとか、イケメンとしての影響力の演出を生かしているなあと感じました。しかも、清らかに、堂々と。ジュード・ロウ本人の持つ資質が余すところなく放出している。なかなか難しいですよ、ルネサンス絵画で描かれてきた半裸のキリストや聖人のように、清らかな官能性を生身で演出するのは」とヤマザキはジュードの演技を絶賛。
さらに本作には、個性派俳優ジョン・マルコヴィッチ演じる新たな教皇も登場。英国貴族の彼は、幼少時、双子の兄弟の死をきっかけに両親との関係に問題を抱えている、複雑な内面を持つ人物だ。
「マルコヴィッチは、これまで多数の狂気的な人物を演じてきているから、教皇役にはある意味適任だと思いました。最初にイギリスのお屋敷で彼が出てきた時の、あの時の病的な狂気。目の下を黒くしているから、目の中も穴みたいに真っ黒に見えるときがあるんです。“目は心の扉”って言うけど、この人の目は向こう側が見えない。ソレンティーノ監督としては予定調和などありえない人間を描くためにマルコヴィッチを起用し、あんなメイクにしたんだなと思いました」とマルコヴィッチの怪しい雰囲気にも称賛を惜しまない。
そして、中にはヤマザキのお気に入りのイタリア俳優もいる。「裏でいろいろ画策するヴォイエッロ枢機卿役のシルヴィオ・オルランド。この人の作品は留学時代から三流のろくでもないものから素晴らしいものまでいっぱい観てきました。だから、ああ、ここまで出世したんだと思って嬉しくなっちゃって。情動的だけど同時に冷めてもいる、現代のイタリア人らしさがある役者さんで好きなんです」。彼は『夫婦の危機』(2006)、『ボローニャの夕暮れ』(2008)などに出演しているベテラン俳優だ。
彼らに限らず、このドラマは登場する俳優たちの顔がすべていいと言う。「俳優たちの独特な顔を見ているだけでも楽しいんですよ。それはイタリア映画の一つの伝統を引き継いでいるんだと思います。フェリーニもパゾリーニも、出演者の顔というのを脇役に至るまでとても意識していた監督だと思うのですが、ドラマ性を含んだ顔というのは作品に思いがけない深みを加える効果があります。ソレンティーノにはそれが継承されている」
「イタリア職人がエクスタシーを感じながら作っているのが分かります」
忘れてはいけないのが、美術の素晴らしさ。スタジオ内に原寸大のシスティーナ礼拝堂や、バチカン内部などを設営。室内の美術品から最大で750着に及ぶ教皇や枢機卿たちの豪華な衣装まで、画面の隅から隅まで美しい。
「セットを作る人も衣装を作る人も、作品のためというよりもまず職人意識の高い自分たちの充足感のためにやっていたのだな、というのが画面から実直に伝わってきました。作ることにエクスタシーを感じる人たちが作っている。この作品にはそういう職人しか雇われていないんじゃないですかね」と美術セットや衣装に満ちているイタリアの職人気質を称賛する。「おそらく膨大な制作費が投じられたとは思うのですが、経済的に強固なスポンサーが付けば職人たちは全身全霊を余すこと無く発揮し、最高のものを生み出すようになる、というのはまさにイタリアのルネッサンス時代と同様の現象ですよ」
そして、それらを映し出す映像美。ヤマザキは映像にもイタリア人監督ソレンティーノならではの視点を感じるという。「例えば、ヴェネチアの撮り方。あそこは観光客には夢のような風景に見えるけど、実はかつて疫病も蔓延した退廃的な側面を持った都市なんです。ソレンティーノは観光プロモーション的な撮り方をしていませんが、ヴェネチアの表層性と影の見せ方が完全に解っている。デカダンスな美しさを引き出している。彼が持っている根本的な美的センスにもよる結果がああした映像なのでしょうけどね」
そんな見どころたっぷりの本作。「とにかくジョン・マルコヴィッチ演じる人物は何を感じているのかがさっぱり読めないので、今後も思わぬ展開になるというか、何も思った通りにならない展開になるでしょうね。予定調和を優美さとユーモラスさを入り混ぜた衝撃で崩していく、あの展開はいちど観始めればすっかり癖になってしまいます。私にとっては、ぼんやりしている場合じゃないなあ、と、少々焦りの気持ちを焚き付けられた作品でもありますね」。このユニークなドラマは、ヤマザキのクリエイター魂を刺激し続けるのに違いない。
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