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『シドニアの騎士 あいつむぐほし』SF本来の面白さとロマンに満ちた快作エンターテインメント

映画ファンにすすめるアニメ映画

 『シドニアの騎士 あいつむぐほし』は、SF本来の面白さに満ちている。壮大なる宇宙、謎と驚きに満ちた空想科学的世界観、そして何より、それを舞台に繰り広げられる心躍る恋と冒険だ。この作品は、一部のSFマニアや、ロボットアニメ好きだけのものではない。実は万人に開かれた作品の魅力を、食わず嫌いの方々に向けてひも解いてみたい。(香椎葉平)

※ご注意 なおこのコンテンツは『シドニアの騎士 あいつむぐほし』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

シドニアの騎士 あいつむぐほし
『シドニアの騎士 あいつむぐほし』ポスター - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

【主な登場人物】

谷風長道(たにかぜながて / CV:逢坂良太
人型戦闘兵器・衛人(もりと)を操り、正体不明の生命体・奇居子(ガウナ)と戦うパイロット。目覚ましい戦果を残し、播種船(はしゅせん)シドニアの中では、英雄視されている。

白羽衣つむぎ(しらういつむぎ / CV:洲崎綾
人間とガウナから生まれた融合個体。高い戦闘能力を持つ。意思疎通ができる触手を配管伝いに伸ばし、長道たちと生活している。いつも長道のことで頭がいっぱい。

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ハードルが高いイメージのあるSFというジャンル

谷風長道
人型戦闘兵器・衛人のエースパイロットである谷風長道。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』より - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

 SFというジャンルには、とかくハードルの高いイメージがある。第一、用語がよくわからない。ロケットやアンドロイドくらいなら耳になじみもあるが、シンギュラリティだエントロピーだと言われると、もう理解が怪しくなってくる。『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』が大ヒット中の、ガンダムシリーズの「モビルスーツ」は、SF用語とみなして良いのだろうか? 古式ゆかしきSFマニアの方々には、「SFではない」と否定されそうだし、伝統あるガンダムファンの皆さんには、「モビルスーツという用語の使い方が間違っている」などと、お叱りを受けてしまいそうだ。

 『シドニアの騎士 あいつむぐほし』も、難しそうな用語がたくさん出てくるSFだ。原作コミックスは、海外でも圧倒的な人気を誇る漫画家・弐瓶勉が、月刊アフタヌーン(講談社)に連載して人気を博した作品。高い評価を受け、優れたSF作品に贈られる第47回星雲賞(コミック部門)にも輝いた。2014年から放送されたテレビアニメ第1期「シドニアの騎士」、第1期を再編集した『劇場版 シドニアの騎士』、2015年から放送されたテレビアニメ第2期「シドニアの騎士 第九惑星戦役」を経て、今回の劇場版である『シドニアの騎士 あいつむぐほし』で、いよいよシリーズが完結することになる。

つむぎと長道
戦闘状態でないときの緩やかな雰囲気の白羽衣つむぎ(左)と長道。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』より - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

 本作のハードルが何となく高そうなのは事実だろう。用語は独特だが、実は『シドニアの騎士』はSF初心者でも十分に楽しめる作品だ。ひとまずあらすじを紹介する。

 「奇居子(ガウナ)」は、未来の地球を滅ぼした謎の生命体のこと。「胞衣(エナ)」と呼ばれる物質に守られ、カビという物質を用いた攻撃でしか、これを貫くことができない。カビを穂先に用いた槍型兵器「カビザシ」を使ってガウナと戦うのが、「衛人(もりと)」と呼ばれる人型戦闘機だ。

 「播種船(はしゅせん)シドニア」は、生き残った人類存続のために大宇宙に新天地を求める巨大な宇宙船。その地下部で育てられ、育ての親である老人の死をきっかけに地上に出てきたのが、主人公の谷風長道だ。長道は、シドニアの指揮をとる艦長・小林(CV: 大原さやか)の庇護(ひご)を受けながら、衛人を操縦する訓練生となる。思いを寄せる同期の訓練生・星白閑(ほしじろしずか / CV:洲崎綾)の戦死に打ちひしがれつつも、めざましく成長し、“シドニアの騎士”と称えられるエースパイロットへと成長していく。

 長道らの活躍で訪れた平和も束の間、ガウナとの最終決戦は迫っていた。長道と隣り合って共に戦うのは、ガウナが亡き星白の姿を再現した「エナ星白」を用いて作られた、巨大な融合個体兵器・白羽衣つむぎ。本作では、異形の存在でありながら乙女の心を持つつむぎと、彼女が慕う長道との恋愛も描かれる

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実は万人が楽しめる超王道の娯楽作

衛人
カッコいい人型戦闘兵器・衛人。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』より - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

 このあらすじを、筆者なりに要約してみよう。超スゴイ宇宙船の中で暮らす長道くん(イケメン)が、ものすごくカッコいいロボットを操縦して、謎の宇宙生物と人類存亡をかけた戦いを繰り広げる。ヒーロー長道くんの大活躍だけじゃなく、ユニークな恋物語にも御注目! 以上、要約終了。

 カッコよさとラブロマンスを堪能するのに、予備知識など不要ではないか。SF本来の楽しみ戦争アクションのロマン、その2つに難しい理屈抜きでも心ゆくまで浸れるのが、『シドニアの騎士』なのだ。そのうえ、最高のラブコメディーがあるのだから、難解なSF用語は味わいを深めるスパイスのようなもの。いちいちスパイスを舐めて吟味しなくたって、料理のおいしさが損なわれることはないのだ。

 SF本来の楽しみとは何か? 科学的に未知なる物や、現代の科学ではいまだ実現できていない世界を描くことで、観る者に驚異の感情を抱かせること、いわゆるセンス・オブ・ワンダーがそれだろう。やっぱり難しそうな言葉が出てくるじゃないかと思われる方には、かみ砕いて、「スゴイ! が無ければSFじゃない」とでも言っておこう。

 『シドニアの騎士』には、この「スゴイ!」が満ちている。CG制作最大手のポリゴン・ピクチュアズの制作する3DCGによる、シドニア船内部の構造や衛人やガウナの、見た目や動きのすごさだけではない。SF世界であるがゆえの「わたしたちの生きる世界とは全く異なる価値観」が、説得力をもって描かれていることもスゴイのだ。

ガウナとの合戦
ガウナとの合戦シーンも迫力満点! 『シドニアの騎士 あいつむぐほし』より - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

 例えば、シドニア船内に生きる人々は、長道を除いたほとんどが、人間の身体でありながら光合成を行えるように進化している。巨大とはいえ限定された居住空間で多くの人間が暮らしていれば、まず問題になるのは、食料の生産と消費にかかる莫大なコストだろう。だから、人体が植物のように光と水と空気だけでエネルギーを得られるようになるのはむしろ自然なことなのだ。十分に光を浴びるためには、当然、誰もが裸になる必要がある。そのため、光合成という言葉自体がエロティックな意味を持つようになり、植物の雌雄結合がそうであるように、シドニアの男女の恋愛も、直接的な肉体の行為からはやや切り離された位置づけになっていく

 長道とつむぎの「身長差15メートルの恋」が、観ているうちに不自然でなくなるのは、おそらくこの設定があるからだ。つむぎのようにけなげでいじらしい心さえあれば、容姿がどうあれ愛するには十分だ。何てピュアで胸がときめく設定! 観ているこちらの目にも、異形の容姿であるつむぎが、だんだんと愛らしく思えてくる。この感覚もまた、センス・オブ・ワンダーと言えるだろう。

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思想は抜きにした戦争アクションのロマン

艦長・小林
シドニアの艦長・小林はなぜ仮面で顔を隠すのか!? 『シドニアの騎士 あいつむぐほし』より - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

 戦争物がなぜ観る者のロマンをかき立てるのかについての議論は深掘りするとキリがないのだが、最もシンプルな理由のみ述べると、「ドラマである限り主人公を設定せざるを得ない」からだ。

 戦争の英雄の活躍を描いた作品を観て「カッコいいなあ」とあこがれるのであれ、古くは『西部戦線異状なし』(1930)から『ジョニーは戦場へ行った』(1971)のように、戦争の不条理や残酷さを批判的な思想に基づいて描いた作品を観て「かわいそうだなあ」あるいは「許せないなあ」と悲憤に駆られるのであれ、それ自体がロマンチックな心の動きであることには変わりない。

 シドニアの艦長・小林は、戦争の不条理さや残酷さに対して常に自覚的だ。何しろ、彼女が宇宙船の航路を大きく変更する決断をしただけで、シドニア艦内の重力バランスが崩れ、安全ベルトを着けるのが遅れた一般住民に多数の死傷者が出てしまうのだ。

長道と海苔夫
長道と引けを取らない優秀なパイロットでもある岐神海苔夫(右)。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』より - (C) 弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

 ガウナを迎撃せよと命じることは、将来ある若者たちを死地に追いやることに他ならない。全人類の存亡がその両肩にかかっているという、とてつもない重圧だって感じているだろう。誰とも分かち合えない苦悩や葛藤や、彼女自身の人間的な迷いを仮面の下に押し隠し、小林艦長はあくまでガウナとの最終決戦に打って出る。

 長道やつむぎが、反戦思想に基づいて命令に異論を唱えたり、戦闘の悲惨な側面がことさらに強調されることもない。二人はあくまで小林艦長に従い、英雄的に死力を尽くす。彼らの生き様や戦いぶりを見て「かわいそうだなあ」と涙したり、「許せないなあ」と憤ったりする者は、おそらくほとんどいないだろう。

 エンターテインメントなのだから、それで一向に構わないではないか。カッコよさとラブロマンスを堪能している最中に、思想を持ち出すのは無粋というもの。

 現実の戦争は巨大な不条理そのものだし、真摯な考えを持って向き合う態度は、確かに必要なものだろう。それでも、超王道の娯楽作ならば思想抜きで、しびれるようなカッコよさと、ラブロマンスに浸るだけでOK。エンタメにはエンタメの良さと価値があるのだ。

 「身長差15メートルの恋」は、突拍子もない結末を迎えるが、SFとしての設定が「スゴイ」せいで、それだって不思議と説得力があるようにみえる。

 恋はいつだってセンス・オブ・ワンダー。童話「みにくいアヒルの子」へのオマージュでもあるのかもしれない。ハードルが高そうに見えて実は万人向けの、SFエンターテインメントの快作だ。

【メインスタッフ】
原作/総監修:弐瓶勉『シドニアの騎士』(講談社「アフタヌーン」所載)
総監督:瀬下寛之
監督:吉平 "Tady" 直弘
脚本:村井さだゆき山田哲弥
プロダクションデザイナー:田中直哉
アートディレクター:片塰満則
CGスーパーバイザー:石橋拓馬上本雅之
アニメーションディレクター:永園玲仁
美術監督:芳野満雄
色彩設計:野地弘納
音響監督:岩浪美和
音楽:片山修志
主題歌/挿入歌:CAPSULE
作詞/作曲:中田ヤスタカ
音楽制作:キングレコード
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
配給:クロックワークス
製作:東亜重工重力祭運営局

【声の出演】
逢坂良太
洲崎綾
豊崎愛生
金元寿子
櫻井孝宏
佐倉綾音
喜多村英梨
大原さやか
坪井智浩
子安武人
新井里美
田中敦子
本田貴子
鳥海浩輔
阪脩
佐藤利奈
能登麻美子
内田雄馬
上村祐翔
水瀬いのり
岡咲美保

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