ルフィが!孫悟空が!アヌシー60年を祝福
ぐるっと!世界の映画祭
【第94回】(フランス)
新型コロナウイルスの感染者数が減少傾向にあるフランスで、世界最大級のアニメーションの祭典・アヌシー国際アニメーション映画祭(以下、アヌシー)が6月14日~19日(現地時間)に開催された。昨年は創設60年の記念大会となるはずだったが、オンラインのみとなったために今年に持ち越しに。そして今年は同映画祭初となるリアルとオンラインのハイブリッド開催が実現し、日本からも漫画家・永井豪やアニメ「ドラゴンボール超」が祝福メッセージを送った。(取材・文:中山治美、写真:アヌシー国際アニメーション映画祭)
日常を取り戻すための一助となる開催
カンヌ国際映画祭のアニメーション部門が独立し、アヌシー国際アニメーション映画祭が誕生して2020年で60年。自粛続きで抑えていた感情を爆発させるように、ルーニー・テューンズでおなじみのワーナー・ブラザースや『ウォレスとグルミット』シリーズのアードマン・スタジオら世界中のスタジオや配信サイトなどから祝福メッセージが届いた。
日本からも『時をかける少女』(2006)で特別賞を受賞した細田守監督、『百日紅~Miss HOKUSAI~』(2015)で審査員賞を受賞した原恵一監督、『夜明け告げるルーのうた』(2017)でクリスタル賞(最優秀作品賞)を受賞した湯浅政明監督と、アヌシーゆかりの監督がお祝いコメントを発表。さらに東映アニメーションから「ONE PIECE」と「ドラゴンボール超」の祝福特別映像が届き、アヌシーだけでなく両作のファンをも熱狂させた。
オープニングセレモニーでステージに立ったアーティスト・ディレクターのマルセル・ジャンは、開幕までの最後の1か月間は、本当にリアル開催できるのか薄氷を踏む思いで準備を進めていたようで、「今回の開催は、文化の復興と映画館の再開、日常生活を取り戻すことへの一助となる大きな価値を生み、そしてこうして皆さんと一堂に会することができたことに言葉では言い尽くせないほどの喜びがあります」と感無量の面持ちであいさつをした。
その後、国際オリンピック委員会(IOC)とスタジオポノックが共同制作した短編『トゥモローズ・リーブス(英題) / Tomorrow’s Leaves』(百瀬義行監督)のワールドプレミア上映と、オープニング作品のタムラコータロー監督『ジョゼと虎と魚たち』(2020)の上映で記念大会の幕が開いた。
「日本沈没2020」が受賞
メインの長編コンペティション部門で上映された作品は、日本からの廣田裕介監督『映画 えんとつ町のプペル』、安藤雅司監督&宮地昌幸共同監督『鹿の王 ユナと約束の旅』、タムラコータロー監督『ジョゼと虎と魚たち』の3作を含む11作が選ばれた。今年は、例年5月に行われているカンヌ国際映画祭の開催がアヌシー後の7月となったため、カンヌ狙いの大作は出品を見送ったと思われる。
そんな中で最優秀作品賞に当たるクリスタル賞を受賞したのは、結婚を前に、戦火のアフガニスタンからデンマークへと逃れたきた難民であるという過去を明かすことを余儀なくされたアミンの苦悩を描いたドキュメンタリー・アニメ『フリー(原題) / Flee』(ヨナス・ポエール ・ラスムッセン監督)。
セレクションのみの発表となった昨年のカンヌ国際映画祭の「カンヌ2020」に選ばれ、今年1月に開催されたサンダンス国際映画祭(アメリカ)のワールドシネマドキュメンタリー部門で、審査員大賞を受賞。アヌシーでもクリスタル賞をはじめ3冠に輝いており、高い評価を得ている。2020年製作の作品だがこの1年は劇場公開も映画祭上映もままならぬ状態だったと思われ、優秀な作品が埋もれることなく、今回の受賞で再脚光を浴びることを期待したい。
日本からはテレビ映画部門で、湯浅政明監督「日本沈没2020」第1話「オワリノハジマリ」が審査員賞を受賞。湯浅監督は新作『犬王』(年内公開予定)が控えているが、アヌシー会期中には監督のメッセージ付きで同作のプロローグ映像を公開した。
さらにVR部門では、京都在住のアニメーターであるジョナサン・ハガード監督が、インドネシア・ジャカルタに暮らす一家を通して、40年間にわたる街や社会の変化を切り取った『諸行無常』がクリスタル賞を受賞した。同作は2020年のベネチア国際映画祭 VR Expanded 部門に選出されたのを皮切りに、日本初のVRに特化した国際映画祭・第1回Beyond the Frame Festival(ビヨンド・ザ・フレーム・フェスティバル)でグランプリ、第24回文化庁メディア芸術祭でもエンターテインメント部門優秀賞を受賞している。今後さらに海外で注目されそうだ。
主な受賞結果は以下の通り。
【長編コンペティション】
●クリスタル賞 / GANファンデーション賞 / 最優秀オリジナル音楽賞
ヨナス・ポエール ・ラスムッセン監督『フリー(原題) / Flee』(デンマーク、フランス、ノルウェー、スウェーデン)
●審査員賞
ミカエラ・パヴラートヴァー監督『マイ・サニー・マッド(英題) / My Sunny Maad』(チェコ、フランス、スロバキア)
●審査員優秀賞
フローレンス・ミアイユ監督『ザ・クロッシング(英題) / The Crossing』(ドイツ・フランス・チェコ)
【長編コントルシャン】
●コントルシャン賞
シーザー・カブラル監督『ボブ・スピット - ウィー・ドゥ・ノット・ライク・ピープル(英題) / Bob Spit -We Do Not Like People』(ブラジル)
●コントルシャン審査員優秀賞
フェリックス・デュフール=ラペリエール監督『アーキペラゴ(英題) / Archipelago』(カナダ)
【短編コンペティション】
●クリスタル賞
サミュエル・パシー&シルヴァン・モニー監督『ピール(英題)/ Peel』(スイス)
●審査員賞
ニコラス・ケッペンス監督『イースター・エッグス(原題) / Easter Eggs』(ベルギー・フランス・オランダ)
●審査員ディスティンクション(監督に対して)
ジョアンナ・クイン監督『アフェアー・オブ・ジ・アート(原題) / Affairs of the Art』(イギリス・カナダ)
●ジャン=リュック・ジブラス賞(初監督に対して)
メラニー・ロベルト=ターナー監督『ホールド・ミー・タイト(原題)/ Hold Me Tight』(ベルギー・フランス)
●オフ・リミッツ賞
ヴラディミル・トドロヴィッチ監督『トゥナブル・ミモイド(原題)/ Tunable Mimoid』(オーストラリア)
【TV&コミッションド・フィルム】
●クリスタル賞(TVプロダクションに対して)
ギョーム・ロリン監督「バニラ(原題)/ Vanille」(フランス・スイス)
●審査員賞(TVシリーズに対して)
湯浅政明監督「日本沈没2020」第1話「オワリノハジマリ」(日本)
●審査員賞(スペシャル番組に対して)
ヒューゴ・ド・フォーコンプレ監督『マム・イズ・ポーリング・レイン(英題) / Mum Is Pouring Rain』(フランス)
【コミッションド・フィルム】
●クリスタル賞
マルティナ スカルペリ監督『カイ“ア・リトル・トゥー・マッチ”(原題)/ Kai "A Little Too Much”』(アメリカ)
【卒業制作】
●クリスタル賞
リ・ザーハオ監督『ヒッポカムポス(原題)/ Hippocampus』』(中国)
【VR ワーク】
●クリスタル賞
ジョナサン・ハガード監督『諸行無常』(ドイツ・インドネシア・日本)
【スペシャル賞】
●アンドレ・マルタン賞(2021年公開のフランス長編アニメに対して)
アンカ・ダミアン監督『マロナの幻想的な物語り』(フランス・ルーマニア・ベルギー)
女性監督が躍進
昨今の国際映画祭では2015年に国連で「持続可能な開発目標(SDGs)」が設定され、その中の一つであるジェンダー平等を達成すべく、審査員や映画祭の主要スタッフへの女性の雇用や、現状調査を行っている。
アヌシーでは併設されたマーケット部門のMIFAで2017年から、女性アーティストの教育支援やアニメ業界における女性の労働環境の改善、さらには作品の中での人種・性差別問題を考察しより良き未来へ繋げていくことを目的とした「WOMEN IN ANIMATION WORLD SUMMIT」(主催は非営利団体 Woman in Animation で、同団体の副代表は『ファインディング・ニモ』などのプロデューサーの後藤仁子さん)。
今年はオンラインでの開催となったが「The Business Case for Diversity」(多様性のためのビジネス事例)をテーマに会議が行われた。
こうしたアヌシーと業界団体の取り組みが少しずつ変革をもたらしている。それが今年の長編コンペティション部門で、2人の女性監督が受賞したのだ。『マイ・サニー・マード(英題) / My Sunny Maad』で審査員賞を受賞したミカエラ・パヴラートヴァー監督と、『ザ・クロッシング(英題) / The Crossing』で審査員優秀賞に輝いたフローレンス・ミアイユ監督。1985年に長編コンペティション部門が設立されたが、主要賞を女性監督2人が占めるのはアヌシー史上初だという。
またオフィシャルセレクションに女性監督が選ばれる割合は、この60年間で9%から45%までアップしたという。これが早いか、ようやくかと思うのか判断が分かれるところ。しかし当たり前を見直して、業界全体で変えていこうとする取り組みは、日本の映画祭や映画業界も見習うべきだろう。
来年の特集はスイス
毎年1つの国や地域にフォーカスして特集上映を組んできたアヌシー。今年はアフリカを取り上げたが、2022年はスイスにスポットライトを当てる。会期は2022年6月13日~18日(現地時間)の予定。
またアヌシーでは今年から3つの長編プロジェクトを選出して、アーティストたちに3か月間、アヌシーに滞在して創作活動に専念してもらう「アヌシー・フェスティバル・レジデンシー」をスタート。
2022年も継続して事業が行われ、現在、参加プロジェクトを募集中だ。
英語か仏語が必須となるが、映画祭の主催団体であるIMAGE&INDUSTRIES CREATIVES(CITIA)がサポートしてくれるまたとない機会。 締め切りは9月10日。 Let’s try!!