壮絶な秘密を抱えたヒロインたち 『プロミシング・ヤング・ウーマン』ほか6選
今週のクローズアップ
明日(7月9日)より東京・大阪の一部劇場で先行公開(7月16日より全国公開)される、アカデミー賞脚本賞受賞の復讐劇『プロミシング・ヤング・ウーマン』。主演女優キャリー・マリガンの熱演に加え、予測不可能かつ切ない語り口で高い評価を受けた本作の公開を機に、哀しい秘密を抱えたヒロインを描いた衝撃作を紹介します。(編集部・石井百合子)
悪気のない悪は最もタチが悪い
『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)
キャリー・マリガンがアカデミー賞で『17歳の肖像』(2009)以来、2度目の主演女優賞候補になった本作。主人公のキャシー(マリガン)は、ある事件が原因で医大を中退し、カフェの店員として働く30歳目前の女性。恋愛するそぶりもなく親に心配されるなか、夜な夜なバーやクラブで泥酔したフリをしては声をかけてくる男性たちを懲らしめる奇妙な言動を繰り返していた。そんなある日、大学時代のクラスメートだったライアン(ボー・バーナム)と偶然再会してイイ雰囲気になるも、同時にキャシーのトラウマをよみがえらせていくこととなる。事の顛末、キャシーの行く末を見届けたあとには、“前途有望な若い女性”を意味するタイトルが、皮肉に感じられるはずだ。女性を取り巻く身近な問題を根底にしたオリジナル脚本で長編監督デビューを果たしたエメラルド・フェネルは、本作で見事アカデミー賞脚本賞を獲得した。
(C)2020 Focus Features, LLC.
生き残ったことを恥じるヒロインの苦悩
『あなたになら言える秘密のこと』(2005)
『死ぬまでにしたい10のこと』(2003)のスペイン人監督イザベル・コイシェ&サラ・ポーリー主演コンビの第2作。主人公は、工場と自宅の往復を淡々と繰り返し、一人ひっそりと暮らすハンナ(サラ・ポーリー)。ある日、働き過ぎを理由に工場長から1か月の休暇を言い渡された彼女は、出かけた先で2週間の間、油田発掘所で重症のやけどを負ったジョセフ(ティム・ロビンス)の看病をすることになる。ハンナには謎が多く、恋人も友人もおらず時折誰かに電話をかけているが何も話そうとしない。補聴器をつけており、何も聞きたくない時にはスイッチを切っているという。そんな彼女が、発掘所の気のいい人々に囲まれ哀しい罪を背負ったジョセフと会話を重ねるうちに少しずつ笑顔を見せるようになり、ジョセフに秘めた過去を打ち明ける。やがて明らかになるのは、ハンナが「生き残ってしまったことを恥じながら生きている」という事実。スペインの巨匠ペドロ・アルモドバルが製作総指揮に名を連ね、脇を固めるキャストにハビエル・カマラ、ジュリー・クリスティ、レオノール・ワトリングら豪華な顔ぶれが集結している。
戦禍に翻弄された女性の残酷な運命
『灼熱の魂』(2010)
近年『メッセージ』(2016)、『ブレードランナー 2049』(2017)など続々大作を手掛け、ハリウッドの第一線で活躍するようになったカナダの鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴによるミステリー仕立てのドラマ。レバノン出身の劇作家ワジディ・ムアワッドの同名戯曲に基づき、母ナワルが遺した奇妙な遺言に従い、これまで存在を知らなかった兄、そして父を捜す姉弟の旅が描かれる。とりわけ弟は亡き後も母への憎しみを募らせるが、なぜ母は我が子にさえ心を閉ざしていたのか。ある時、母がプールで放心状態になった理由は……? 姉弟は訳もわからぬまま、かつて中東で暮らしていた母の足跡をたどるなかで数奇な運命を知り、翻弄されていく。キーワードとなる「1+1=1」の意味を知ったときには言葉を失うはずだ。
(C) 2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) - TS Productions sarl. All rights reserved.
歴史は繰り返す…男に虐げられる3世代の女たち
『ボルベール <帰郷>』(2006)
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1998)や『トーク・トゥ・ハー』(2002)などのスペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督によるサスペンス・ドラマ。赤を基調にした鮮烈な色彩で彩られた本作は、男性に虐げられてきた3世代の女性の物語。冒頭からして、ペネロペ・クルス演じるヒロイン・ライムンダの夫が、娘によって刺殺されるというショッキングな出だしだ。ライムンダは娘と2人で生きていくため事件を隠蔽し前を向く。ある日、叔母の死をきっかけに帰郷したライムンダは、亡くなったはずの母を見たといううわさを聞く。母も関わるライムンダの秘密は重く衝撃的なものだが、肉親や近所の人々など女性同士で結託して悲劇や危機を乗り越えようとする展開はアルモドバル節で、血なまぐさい物語ながら後味は爽やかですらある。カンヌ国際映画祭で主演のペネロペが女優賞、アルモドバル監督が脚本賞に輝いた。
孤独な少年を癒やした少女の恐るべき正体
『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)
原作者であるスウェーデンの作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが、自ら脚本を務めたホラー仕立てのラブストーリー。ストックホルム郊外で母親と暮らすいじめられっ子のオスカー(カーレ・ヘーデブラント)と、アパートの隣に引っ越して来た少女エリ(リーナ・レアンデション)の絆、周囲で起きる怪事件の顛末を追う。タイトルからしてエリが只者ではないことは想像がつくが、“別世界”を生きていた2人の行く末にはかなり驚かされる。謎めいたエリは、「だいたい12歳ぐらい」。「好きでこんな体になったんじゃない」と訴える。ブロンド&色白のオスカーと、黒髪のエリ。オセロのように表裏一体に見える2人のビジュアルやスウェーデンの凍てつく風景も印象的。2010年に『クローバーフィールド/HAKAISHA』のマット・リーヴス監督と、クロエ・グレース・モレッツ主演により、ハリウッドでリメイクされた。なお、2019年に同じ原作者が共同脚本を務めた『ボーダー 二つの世界』も日本公開。同作は特殊な嗅覚を持つ女性を主人公にしたミステリーで、その正体は『ぼくのエリ』をしのぐ衝撃。
(C) EFTI_Hoyte van Hoytema
完璧な優等生だった娘の裏の顔
『渇き。』(2014)
『下妻物語』(2004)、『告白』(2010)などの中島哲也監督が深町秋生のミステリー小説「果てしなき渇き」を映画化。R15+作品で、公開当時過激な作風が物議を醸した。自身の性格や言動で家族をバラバラにした元刑事の藤島(役所広司)が、失踪した高校生の娘・加奈子(小松菜奈)の行方を追ううちに、娘の裏の顔を知るはめになる。加奈子は、成績優秀で人気者のいわゆる学園のマドンナ的存在。しかし、藤島が調べていくと娘は精神科に通い、秘密のキャンディーボックスを隠し持っていた。誰にでも分け隔てなく接し、いじめられっ子の救いにもなっていた加奈子だが、ある者は「人が一番言ってほしい言葉を言って惹きつけ、めちゃくちゃにする」と言う。さらには加奈子の周囲で死者が続出しており、ヤバい組織との関与も浮上。完全無欠のようにみられていた美少女の心の闇があぶりだされていく展開もさることながら、その背景がまたショッキング。二面性を持つ難役を演じ切った小松が、数々の新人賞に輝いた。なお、加奈子の“餌食”になる面々に、清水尋也、二階堂ふみ、橋本愛、森川葵、高杉真宙らが名を連ねていた。
(C)2014「渇き。」製作委員会
戦争の悲劇、家族、アイデンティティー……国籍や生い立ち、環境は異なれど重い秘密を抱えて生きる彼女たち。その秘密や謎が解き明かされていく巧みなストーリーテリングのほか、彼女たちの生きざまは強烈に脳裏に刻まれるはずだ。