『犬部!』林遣都 単独インタビュー
失敗を重ねて強くなれる
取材・文:柴田メグミ 写真:奥山智明
北里大学獣医学部に実在した動物保護サークル「犬部」の活動に迫ったノンフィクション「北里大学獣医学部 犬部!」を原案に、『花戦さ』『影踏み』の篠原哲雄監督が映画化した青春“犬ラブ”群像劇『犬部!』。主人公はサークルの創設メンバーで、超がつくほどの動物好き青年・花井颯太だ。殺処分ゼロを目指し、行き場のない犬や猫のために奮闘する熱血漢の学生時代と、その16年後を演じた林遣都が、役柄への思いや動物愛を語った。
命を救ってきた人間は懐の深さがある
Q:動物愛護を取り巻く問題について学びつつ、理想と現実の間で揺れる青年たちの葛藤の物語を堪能しましたが、今回は題材に惹かれてオファーを受けられたのでしょうか? あるいはユニークなキャラクターに惹かれて?
僕は動物が大好きで、動物に関わる役どころをいちど演じてみたいと思っていました。そうしたら今回、こんなにすばらしい題材の作品に声を掛けていただいて。「ぜひやりたい」とお返事しました。
Q:犬が好き過ぎる颯太は有言実行のアツく青くさい男ですが、林さんから見た彼の人物像は? また、どのようにして役に近づいていきましたか?
作品自体が実話を基にしていますが、僕が演じた颯太にもモデルの方がいらっしゃるんです。太田快作先生という方ですが、まずその方のことを調べたり、ドキュメンタリーの映像を観たり。太田先生のことを知ることから始めていきました。動物愛護に対する考え方や、ほかの人にはなかなか真似できない生き方をされているので、いろいろなご意見はあると思うんです。ただ劇中のセリフにもあるように、自分を犠牲にしてでもとにかく目の前のひとつの命を助けたい、という精神が第一にある方で、行動もまったくブレない。とてもカッコいいなと思って、演じさせていただくのがすごくありがたかったです。
Q:太田医師とは直接お会いになられましたか?
はい、何度かお会いしました。映画にご出演もされていますし。颯太が大学で(生体を使った)外科実習をやらないと言い、代わりに開業医の先生たちのもとで直接、手術を学ぶシーンです。
Q:実際にお会いして、とくに役づくりの参考になったことは?
自分は動物が好きですけど、動物保護などで力になれているとは思えないですから。太田先生のような方とお話しして、その方の人生を演じるというのは、僕にとってもなかなか覚悟が要るものだったので、お会いする前は緊張していました。お会いして、僕だけでなく、この映画を撮る人たちの想いみたいなものを感じてくださって。本当に協力的に、いろいろなお話をしてくださったんです。命を救ってきた人間というのは、こういう懐の深さがあるんだなと、間近で感じることができました。やっぱり命を救うことに自分の人生を捧げている人って、素敵ですよね。太田先生だけでなくいろいろな獣医さん、いろいろな立場の方に、この撮影でお会いしましたけど。
Q:そういう人物を演じるにあたって、撮影で何より大切にしたことは?
命を救っている人にしか出せないオーラというか、人間力みたいなものを表現できればと。そこを目指すしかないと思っていました。
颯太の強さの源は
Q:学生時代と、獣医師となった30代の違いを表現するうえで、意識したことはありますか?
年齢的なことに関しては、そう細かくは考えていなかったです。スタッフの方がそういった部分は撮ってくださいますし、30代の颯太も、学生の頃のブレない精神を持ったままなので、核となる部分は変わらないです。映画ではそこまで描かれていないですけど、親友の柴崎(中川大志)だけでなく、卒業して現在に至るまでの間には、颯太にも困難がたくさんあったと思います。そういうことを経てきた空気感が出せればな、というのは意識していました。
Q:柴崎の元同僚(田中麗奈)から「あなたは強いですね」と言われたときに、颯太が浮かべる表情が印象的でした。人間の強さとはなんだと思いますか?
人間の強さ、ですか……。まだそんなことを語れる自分ではないですけど。動物たちと比較したら長い人生を懸けて、知識を得ることができる。困難な目に遭ったり失敗したりして、強くなれる。そういうことなんじゃないでしょうか。だから颯太の強さもまた、失敗を重ねてこそなのだと思います。
自然の美しさを感じられる人でありたい
Q:中川大志さんとの共演はいかがでしたか?
大志は自分が思っていたより(8歳)年下ですけど、すごく落ち着いていて大人っぽくて、ビックリしました。信念を持って役柄や俳優業に取り組んでいる姿勢を肌で感じましたし、いろいろなお芝居についてたくさん話し合い、役どころのように対等なふたりの関係性をつくっていけたかなと感じます。それから彼もわんちゃんを飼っていて、動物愛が強かったです。その愛が演技にも出ていると思います。
Q:主な舞台は青森県十和田市ですが、地方ロケでの思い出深いできごとは?
このような時期だけに、撮影以外にあまり出歩いていないんですけど、きれいなところでしたね。時間が空いたときに、十和田湖へ行ったんです。水の透明感にビックリしました。撮影で久々に長期間、東京から離れた場所へ行って。動物たちのことだけじゃなく、自然の美しさみたいなものを感じられる人でありたいなと思っていました。
わんこファーストな撮影現場での幸せな日々
Q:写真撮影のときにも花子役のちえちゃんを愛おしげに見つめていましたが、撮影現場ではどれくらい時間を一緒に過ごされましたか?
短期間ではなかなか劇中のような距離には縮められないとは思いましたけど、限られた時間でなるべく自分のことを認識してもらえるよう、撮影の合間に時間があるときには積極的に接するようにしていました。ちえだけでなく、どの子たちにも。ただ、同じ場所にわんこたちがいたら、いつも戯れていたいので(笑)。別に意識的にやっていたわけではないですけど。撮影期間中に犬たちと過ごし、僕自身がただただ幸せな日々を送らせてもらいました。
Q:通じ合えたな、気持ちがわかり合えているなと感じた瞬間はありましたか?
飼い主さんたちが、しっかりと僕たちのことを紹介してくれて安心感を与えてくださるので。きっとこの人たちは大丈夫なんだなって気持ちは、持ってくれてたんじゃないかと。今回は人間だけでなく動物たちも重要なキャラクターで、ともに撮影していかなきゃいけない。だからなにが起こるかわからないし、慣れない環境でストレスを感じさせないように、とにかく動物たちの居心地をいちばんに気をつけて。ケアしながら、その場で起きることにしっかりと僕たちが向き合っていけるようにと。それが撮影現場全体に常に流れていた空気でした。動物から出てくる表情をみんなでしっかりと受け止めつつ、つくっていった現場だったと思います。
Q:愚直ともいえる颯太の生きざまを通して、刺激を受けたことはありますか?
完成した作品を観たとき、こんなにも尊敬できてカッコいい男の生きざまを演じさせていただいたことに、ものすごく喜びを感じました。自分の信じたものに向かって失敗を恐れず進んでいくと、きっといい人生になるんじゃないかなという気がして。自分も真似したいなと感じました(照)。
取材中、「獣医さんの世界に敬意を持って準備してくださった」とスタッフへの感謝と、妥協をせず「上っ面なことをやっていると見抜かれるような鋭い目」の監督との仕事の醍醐味を語っていた林遣都。そんな謙虚かつ真摯な姿勢もまた、近年の幅広い活躍と無関係ではないだろう。はにかんだ笑顔が少年のようでいて、真っ直ぐ前を見据える瞳の力強さは、経験を重ねた大人ならでは。理想に燃える花井颯太役に大きな説得力をもたらした彼の挑戦を、ずっとずっと見届けていきたい。
映画『犬部!』は7月22日(木・祝)より全国公開