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【最終回】『竜とそばかすの姫』インターネット、美女と野獣、人間同士で「つながる」こと

映画ファンにすすめるアニメ映画

 『竜とそばかすの姫』は、国内外で高い人気と評価を誇る細田守監督の最新作。第74回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション「カンヌ・プルミエール」部門に、日本映画として唯一選出された。細田監督が本作も含めて描き続けてきたのは、未来につながる、あるひとつのテーマではないか。(香椎葉平)

※ご注意 なおこのコンテンツは『竜とそばかすの姫』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

竜とそばかすの姫
巨大ネット空間の仮想世界を舞台に、心に傷を抱えた女子高生が、未知の存在との遭遇を通して成長する。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

【主な登場人物】

すず(内藤鈴/CV:中村佳穂
自然豊かな高知の田舎町で暮らす少女。幼い頃に母親を水難事故で亡くしており、父親と二人だけの生活を送っている。母親の影響で歌うことが大好きだったが、今は人前で歌えなくなっている。

ベル
インターネット上の仮想世界<U(ユー)>に突如出現した、美貌の歌姫。聴く者の心をひきつける魅力をもった歌声で、瞬く間に圧倒的な人気を集める。実は、その正体は……。

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細田守作品に一貫しているテーマ

すず
周囲に心を閉ざす、17歳の女子高生・内藤鈴(すず)。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

 独自の表現を突きつめようとする作家は、当人が意図しているかどうかにかかわらず、生涯ひとつのテーマを違った角度から描き続けることが多い。たとえば『晩春』(1949)や『東京物語』(1953)の小津安二郎監督は、日中戦争への従軍経験を踏まえたうえで、破壊的な戦争を経てもなお残った世間というものを、「わたしたちの日々の営みとは何か」という主題から撮り続けた。

 細田守監督の作品も同じように、ただひとつのテーマに貫かれているように見える「人間同士がつながることの意味とは何か」というのがそれだ。だから、田舎町の家族に代表される古き良き日本の共同体や、新しいつながりの手段としてのインターネットが、何度も重要なモチーフとして登場することになる。

ベル
インターネット空間の仮想世界<U(ユー)>の歌姫ベルというアバター。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

 今回の『竜とそばかすの姫』も、まさしくインターネットを介した「つながり」の話だ。

 舞台は高知県の田舎町。17歳の女子高生である内藤鈴(すず)は、幼い頃に水難事故で母親を亡くして以来、父親と二人暮らし。だが、家では会話もなく、学校生活でもそばかすの顔をうつむかせて自分に自信が持てないまま。母親の影響で歌うことが大好きだったのに、今では満足に声も出せなくなって、曲を自作することだけが生きる糧になっている。

 そんなある日、彼女は親友に誘われ、インターネット上の仮想世界<U(ユー)>に参加することになる。50億人もの人々が集うそこでは、<As(アズ)>と呼ばれる自分の分身を作ることで、まったく別の人生を送ることができるのだ。すずもUの中では、「ベル」と名付けたAsとして、心ゆくまで歌うことができた。その歌声への反応は予想をはるかに超えていた。ベルの歌は瞬く間に人気を呼び、彼女は世界的な歌姫になってしまったのだ!

 「ベルとはいったい何者か?」とネット上で話題が沸騰する中、彼女の前に「竜」と呼ばれる仮想世界の秩序を乱すAsが現れる。竜の出現によって、予定されていたベルのコンサートは中断。そして世界中から巻き起こる、竜の正体を暴けという声。この出来事が、すずの現実世界でのつながりや、ただひとり残った家族である父親との向き合い方にも影響を及ぼしていく。

 普通の女の子であるすずが、歌声で変えたかった世界とは何なのか。誰に何を聴いて、何を見てほしかったのか。いわゆる細田アニメとしては『時をかける少女』(2006)に勝るとも劣らない「エモい」クライマックスを、本作では堪能できることだろう。

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令和の『美女と野獣』として

竜
皆に忌み嫌われる竜の姿をした謎の存在。声は佐藤健が担当。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

 本作は、細田アニメ版の『美女と野獣』でもある。竜の隠れ家である城に咲くバラや、ヒロインの母親が故人であるという設定も、おそらく元ネタに由来するものだろう。

 ディズニーアニメで世界中に知られる「美女と野獣」だが、作品自体の成り立ちはかなり古く、もともとはフランスの作家・ヴィルヌーヴ夫人が1740年に書いたもの。その短縮版をボーモン夫人が1756年に出版したことで、広く知られるようになった。その後詩人であり小説家にして映画監督のジャン・コクトーが1946年に映画化。そしてアニメになり、誰もが知るポピュラーなタイトルになった。

 物語の類型としては「異類婚姻譚(いるいこんいんたん)」と呼ばれるもので、人間が種族の異なる者と結婚するという、世界中に古くから伝わるもの。日本であれば、民話「鶴の恩返し」を挙げればピンとくる方も多いのではないだろうか。ある意味ありふれた異類婚姻譚の中で、「美女と野獣」は、なぜここまで人気を得たのか。とびきりロマンチックだからという理由はもちろん、当時は作品として極めて斬新なところがあった。

 それは、「美女と野獣」の主人公ベルが「たとえ容姿が野獣のようであったとしても、忌むべき罪を背負った者であるとは限らない」と見かけにとらわれず、野獣の本質を見抜いたことである。

「ベル」のドレスのデザイン
歌姫「ベル」のドレスのデザインをANREALAGE(アンリアレイジ)のデザイナー森永邦彦、フラワークリエイターの篠崎恵美が、衣装デザインを一部手掛けた。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

 『竜とそばかすの姫』にも、この「美女と野獣」と共通テーマが見え隠れする。恐ろしい「竜」の奥底に、本当は罪のない人間の魂が隠れているのだとしたらどうだろう? 竜だけでなく50億個の匿名のアバター<As(アズ)>それぞれにだって、ネットの向こう側には生身の人間が生きているのだ。だったら、あなた自身も生身の人間として、どんなふうに彼らと向き合いつながる? 謎めいた歌姫として? それとも、そばかす顔の普通の17歳として?

 「人間同士がつながることの意味とは何か」を新しく問いかけるために、『竜とそばかすの姫』は令和の『美女と野獣』でなければならなかったのだ。

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細田アニメのテーマと希望

中村佳穂の歌唱シーン
すずの声を担当するミュージシャン・中村佳穂の歌唱シーンは本作の見どころの一つ。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

 いろいろと理屈を述べてきたが、本作は心躍るミュージカルアニメとして、子供を含むたくさんの人が純粋に楽しめる作品でもある。細田アニメに特有の、キャラクターに付く影の色を省略しつつ計算しつくした画面作りは、<U(ユー)>の絢爛(けんらん)たる世界や、心のままに歌うベルの生き生きとした表情や華やかな姿を、よりいっそう際立たせる。

 ベルの歌声と楽曲も素晴らしい。すずのような背景を抱えた人物として歌う場合、「わたしをわかって!」と求める意味での自己表現か「わたしはこんなに孤独なの!」と訴える意味での自己憐憫(れんびん)に偏りがちだが、彼女の歌は、そのどちらでもない。「わたしがあなたに何かを届けたい!」という、強い意志と願いがこめられている。ベルとして歌うミュージシャン・中村佳穂のパワフルなだけでない豊かな表現力に満ちた歌唱力が、歌を通したメッセージにも説得力を持たせている

 役所広司佐藤健成田凌染谷将太玉城ティナなど豪華キャストをが集結した中で、特に驚かされるのが、音楽ユニット・YOASOBIのボーカルikuraとしても知られる幾田りらだ。本格的な演技が初めてとはとても思えない、すずの親友キャラがはまり役となり、作品を支えている。

親友ヒロちゃん
声優初挑戦の幾田りら演じる親友ヒロちゃんにも注目。『竜とそばかすの姫』より - (C) 2021 スタジオ地図

 そして特筆したいのが、森山良子清水ミチコ坂本冬美岩崎良美中尾幸世をキャストにそろえた「合唱隊」の面々。こんなふうに年を重ね、人とつながっていたいものではないか。彼女たちは、細田守監督がたびたびモチーフとして取り上げる、古き良き日本の共同体のひとつの姿だろう。

 細田アニメには賛否両論があり、新作が公開されるたびにさまざまな評価がネットを中心に飛び交うのが特徴だ。実際、本作にも完璧なエンターテインメントとは言いがたい部分があるし、これまでの作品には特に物語の面で首をひねるような箇所もあった。というツッコミはさておき、注視してほしいのは、細田守監督ならではの真価、つまり作家性は、表現力や作品の完成度以上に、一貫して描き続けているそのテーマにある。

 新型コロナウイルスによるパンデミックによって、わたしたちの世界のあり方は大きく変わった。それに伴い、従来からあった人間同士のつながりにも大きな問題が生じ、孤独は全世界で大きな社会問題になっている。

 人と人とのつながりをテーマとして描いてきた細田アニメが、そこに射すひとすじの光となる可能性は十分にあるはずだ。

 細田アニメにかかわらず、アニメーションというものすべてが、希望とまでは言えずとも、これからの世界にささやかな喜びをもたらす手段であることを願ってやまない。

【メインスタッフ】
原作・脚本・監督:細田守
企画・制作:スタジオ地図
作画監督:青山浩行
CG作画監督:山下高明
CGキャラクターデザイン:ジン・キム秋屋蜻一
CGディレクター:堀部亮下澤洋平
美術監督:池信孝
プロダクションデザイン:上條安里エリック・ウォン
音楽監督:岩崎太整
音楽:岩崎太整、ルートヴィヒ・フォルセル坂東祐大
衣装:伊賀大介森永邦彦篠崎恵美
メインテーマ:millennium parade × Belle

【声の出演】
中村佳穂
成田凌
染谷将太
玉城ティナ
幾田りら
森山良子
清水ミチコ
坂本冬美
岩崎良美
中尾幸世
森川智之
宮野真守
島本須美
役所広司
佐藤健
津田健次郎
小山茉美
ermhoi
HANA
石黒賢

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