頭の中は最後のフロンティア?記憶をモチーフにした傑作映画たち!
今週のクローズアップ
「宇宙、それは最後のフロンティア」というのは、かの有名なSFテレビドラマ「スター・トレック」冒頭のナレーション。映画の舞台は、古くは西部劇に登場する荒野から、地球を飛び出して宇宙へ、想像力の赴くままに新たな“フロンティア”となる場所を求めてきました。その新たな可能性は意外にも身近に、私たちの頭の中にあったのかも? 今回は記憶をモチーフに、独創的な物語を展開する映画作品を紹介していきます。(編集部・大内啓輔)
ヒュー・ジャックマンが記憶潜入エージェントに!
『グレイテスト・ショーマン』などで知られるヒュー・ジャックマンが主演を務める『レミニセンス』(9月17日公開)は、人間の記憶(レミニセンス)に潜入して、その記憶を360度再現することで事件を解決する記憶潜入エージェントの活躍を描くSFサスペンス。製作・監督・脚本をドラマ「ウエストワールド」などに携わったリサ・ジョイが務め、その夫であるジョナサン・ノーランも製作として参加しています。
ジョナサンといえば、クリストファー・ノーランの弟であり、これまで兄弟では『ダークナイト』(2008)、『インターステラー』(2014)などで共同脚本を担当したことで知られていますが、何よりクリストファーの代表作にして出世作となった『メメント』(2000)は、ジョナサンの短編小説をもとにしたもの。この作品の主人公は、妻が殺害されてしまった現場を目撃した(と思いこんでいる)保険会社の調査員レナード・シェルビー(ガイ・ピアース)ですが、彼の特徴は記憶を10分間しか保てないということ。そのために彼は身体にタトゥーを彫り、会った人物や訪れた場所をポラロイドカメラで撮影し、メモを残すことで妻殺害の犯人を捜しているのです。
この作品では、白黒とカラーの分割されたシークエンスが時系列を逆行させて描かれるため、主人公レナードの前向性健忘症を観客も体感できるという斬新なアイデアが採用されています。その革新的なストーリーテリングはアカデミー賞において脚本賞と編集賞にノミネートされるなど、高い評価を受けました(その後、ストーリーの終わりから始まりに向かって、時系列を逆行させるというアイデアは、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』(2020)で物語世界の物理法則にまで徹底されることになります)。
再び記憶をモチーフにした『レミニセンス』で、今度は製作として参加したジョナサン。海面が上昇した近未来のマイアミを舞台に、顧客が望む記憶の追体験を提供する、孤独な退役軍人ニコラス・バニスター(ヒュー)が、メイという謎めいた女性と出会ったことから物語が動き始めます。メイと恋愛関係になったニックですが、ある依頼人の記憶がメイを事件に巻き込んでしまったため、彼女にまつわる真実を明らかにしなければならなくなり……。
海に沈んだ都市や記憶潜入装置、謎の美女、そしてヒューによるアクションなど、見どころはたくさん。キャストには『グレイテスト・ショーマン』でヒューと共演したレベッカ・ファーガソンをはじめ、「ウエストワールド」にも出演したタンディ・ニュートンなどが名を連ねており、スケール満点の映像に期待が膨らむところ。
その少女の記憶は真実なのか?
「記憶への潜入」というテーマでいえば、2013年の『記憶探偵と鍵のかかった少女』を想起する人も多いはず。この映画の主人公は、他人の記憶に入り込むことのできる特殊能力を持つ“記憶探偵”のジョン。彼らは“観察者”とも呼ばれ、記憶による捜査はDNA検査よりも正確ではないものの、ポリグラフ検査よりは信頼度が高いとされています。数々の大事件を解決してきたものの、妻を自殺で亡くしてからスランプ状態だったジョンが、復帰後の初仕事として大富豪グリーン家の一人娘アナの絶食理由を探ってくれという依頼を受けることになります。
アナの記憶に潜入するなかで、周囲の証言をよそに、次第にアナの言葉を強く信じるようになるジョン。精神不安定な母によるアナへの虐待や継父とメイドとの浮気などの家庭の秘密や、寄宿校でのルームメートからのいじめ、美術教師からの性的暴力、クラスメートに対する殺人未遂といっためくるめく要素が記憶とともに明らかになりますが、果たして……。被験者の意思が加わった記憶には、時計が止まっているなど不自然な箇所が生じるなど、細部に注目して謎解きしてみるのも一興です。
記憶をデータベースのように可視化するという描写は、ほかにも『秘密 THE TOP SECRET』(2016)や『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)といった作品にも登場します。頭の中はパラレルワールドのようなものなのかも? と思わせます。かつて古代ギリシャの哲学者であるプラトンは、人間の頭には記憶が刻まれた蝋板のようなものがあると考えましたが、今ではメモリーディスクとしてイメージすることができるでしょう。
思い出は永遠に…
記憶を「思い出」と言い換えれば、記憶を喪失してしまうことは切ないラブストーリーになります。『50回目のファースト・キス』(2004)や『きみに読む物語』(2004)などは、記憶を失ってしまうことをテーマにしたもので、多くの観客の涙を誘ってきました。そうしたなかでラブストーリーを軸にしながら、SF的な要素を組み合わせた名作が『エターナル・サンシャイン』(2004)です。
バレンタインがまもなくに控える冬のある日、ごくごく平凡な男であるジョエル(ジム・キャリー)は、恋人のクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)と喧嘩をしてしまいます。プレゼントを買って彼女の働く本屋に仲直りに向かいますが、彼女に他人のように扱われてショックを受けます。やがて彼女が「記憶除去手術」なるものを受けたことを知り、彼も同様の手術を受けることを決心。しかし、手術を受けながら彼女との思い出を追体験するうちに、無意識下で抵抗を始めるのです。
脚本を担当したのは『マルコヴィッチの穴』(1999)、『ヒューマンネイチュア』(2001)、『アダプテーション』(2002)といった作品で、奇想天外な設定やストーリーを生み出してきた脚本家チャーリー・カウフマン。本作では、美しい思い出が少しずつ変化していく様子が描かれ、大切な記憶の愛おしさが存分に感じられます。ミシェル・ゴンドリー監督によるロマンチックな映像美とカウフマンによる奇想が見事な化学反応を見せています。その後、カウフマンは『脳内ニューヨーク』(2008)で、自分の頭の中にあるニューヨークを実際のニューヨークに作り出そうとする劇作家の悲喜劇を描くなど、独創的なアイデアの映像化に突き進んでいくことになります。
ピクサーが描く少女の頭の中
ピクサーの長編映画第1作である『トイ・ストーリー』の全米公開20周年に製作された、ディズニー/ピクサーによるアニメーション映画『インサイド・ヘッド』(2015)は、子どもも大人も楽しめる作品です。11歳の少女の頭の中で、喜び・怒り・嫌悪・恐れ・悲しみといった感情がそれぞれキャラクターとなって、物語を繰り広げます。頭の中は、記憶がたくさんのボールとして表現されていたり、思い出ボールによって作られた島が作られていたりと、ピクサーの真骨頂ともいえる心躍るビジュアルで表現されています。
さらに、一人の少女を主人公に、大人へと成長していくことや、変わっていくことに正面から向き合うことの難しさを描き、感動のストーリーに仕上がっています。記憶というのとは少し違いますが、私たち誰もが経験した“あの頃”の感情を映像化し、追体験させてくれることで、大人たちの琴線に触れまくりでしょう。おそるべきピクサーともいうべき、チャレンジングな名作です。
ほかにも記憶喪失というモチーフでは、スリラーからサスペンス、コメディーにいたるまで、数かぎりない作品が作られています。最近では、アンソニー・ホプキンスが認知症を患った父親を演じた『ファーザー』(2020)では、原作舞台を手掛けたフロリアン・ゼレールが監督と共同で脚本を担当し、記憶を失いつつある父親の視点から描くという、新鮮な表現方法が採用されています。私たちの頭の中が解明され尽くさないかぎり、今後も記憶をモチーフにした映画には、まだまだ可能性がありそうです。