おぞましい施設の実態とその中で生まれるシスターフッド『社会から虐げられた女たち』
厳選オンライン映画
女性監督特集 連載第1回(全7回)
日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は女性監督特集として日本初上陸となる新作を全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
『社会から虐げられた女たち』Amazon Prime Video
上映時間:121分
監督:メラニー・ロラン
出演:ルー・ドゥ・ラージュ、メラニー・ロラン、エマニュエル・ベルコほか
Amazon Prime Videoでフランス初となる配信長編作『社会から虐げられた女たち』は、1885年パリの精神病院が舞台の物語だ。高名な医師が院長を務める施設のおぞましい実態と、その中から生まれるシスターフッドが描かれる。『イングロリアス・バスターズ』(2009)や『6アンダーグラウンド』(2019)などハリウッドでも活躍する俳優、メラニー・ロランの長編監督作として5本目の劇映画だ。
パリ13区にある総合病院で、1997年にダイアナ元妃が最期を迎えたピティエ=サルペトリエール病院はかつて、精神疾患など問題を抱えるとされて社会からはみ出した女性を収容するサルペトリエール病院だった。
主人公のウジェニーはパリのブルジョワ家庭の娘だ。聡明で知識欲も旺盛だが、社会が彼女に求めるのは良妻賢母になることだけ。家を抜け出して文豪ヴィクトル・ユーゴーの葬儀に参列したり、カフェで読書にふける彼女には、死者の声を聞く霊能力もあった。だが、それを知った家族は彼女をサルペトリエール病院へと送る。
病院長は実在した著名な神経科医のシャルコー博士だ。患者たちを研究材料に、「学会の注意を引くから」と発作で体が硬直する様子を写真に撮り、催眠療法を公開で実践しては若い女性患者が身をよじらせるのを見せ物にしていた。
ウジェニーを演じるルー・ドゥ・ラージュはロランの2014年の監督作『呼吸 -友情と破壊』やロラン演出の舞台にも出演、両者の信頼関係は厚い。サルペトリエール病院に長年勤める有能な看護師、ジュヌヴィエーヴをロランが演じている。
狭い世界に閉じ込められた年齢も、それぞれ抱える問題や症状も異なる女性たちの根幹にあるのは連帯だ。治療とは名ばかりの非科学的な処置や虐待が横行する劣悪な環境で、彼女たちは互いを支え、守ろうとする。無防備な姿も映し出されるが、ニコラス・カラカトサニス(『クルエラ』『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』などの撮影監督)の撮影はシャルコー博士のそれとは違い、被写体を尊重している。
病院では四旬節(キリスト教の復活祭前日までの斎戒期間)に毎年恒例のイベントが開催される。本作の原題であり、ヴィクトリア・マスの原作小説タイトルでもある「狂女たちの舞踏会」だ。患者たちは思い思いの扮装(ふんそう)で外部の人々と交流する夕べを楽しみにしているし、史実である舞踏会について当時の新聞は好意的に紹介していた。だが、その実態は裕福な招待客が不幸な女性を面白おかしくもてあそぶ醜悪な催しだ。
男性の目を通して伝えられてきたものを、虐げられた女性の視点で語る手法、男性が女性の身体について誤った認識を振りかざす展開は、同時期公開のリドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』とも共通する偶然が興味深い。
入院前のウジェニーはカフェでユーゴーの「静観詩集」を読んでいる。愛娘を亡くした文豪は降霊術にのめり込み、その経験から詩集を作り上げたが、女性であるウジェニーは霊を信じることで異分子とされ、社会から切り離された。
この物語の皮肉でもあり、最も美しくもあるのは、理解されずに閉じ込められた先でウジェニーが自己を守り抜き、より強く、他者を助けて戦う人となったことだ。彼女の力に触れた看護師2人は正反対の反応を示す。ひた隠しにしてきた悲しみを彼女に知られることで、心を開いて病院からの脱出に協力するジュヌヴィエーヴと、警戒心と敵意をさらに強めるジャンヌだ。ジャンヌを演じるエマニュエル・ベルコも監督・俳優を兼ねる才能の持ち主であり、残酷の一言で片付けられないジャンヌを怪演。冷たくゆがんだ笑顔は忘れられないインパクトだ。
ウジェニーと死者が交信するとき、画面には何も映らない。何かの気配を感じている彼女の視線、しぐさで見せる。この演出は、観客自身にウジェニーを信じるか信じないかの選択を迫る面白さがある。やがてウジェニーとジュヌヴィエーヴがたどる2つの運命は、魂と肉体の自由についての考察も促す。
2019年の原作出版後すぐに始まった映画化の企画は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響をもろに受けた。当初は大手映画会社ゴーモン配給で公開予定だったのが、パンデミックによって同社は撤退し、クランクイン直前に手を挙げたのがAmazonだ。本来ならフランス国内公開から時間をかけて海外輸出されたであろう本作は、9月から240か国で一斉に配信されている。より多くの観客を得ることができた事実は、小規模作にとっての厳しい現状にかすかな希望をもたらしたのではないだろうか。(文・冨永由紀、編集協力・今祥枝)