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キャサリン・ウォーターストンとヴァネッサ・カービーが紡ぎ出す静かな愛の物語『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』

厳選オンライン映画

女性監督特集 連載第5回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は女性監督特集として日本初上陸となる新作を全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』 - (C)2021 Tallie Productions LLC. All Rights Reserved.

『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』ソニーデジタル配信

上映時間:98分

監督:モナ・ファストヴォールド

出演:キャサリン・ウォーターストンヴァネッサ・カービークリストファー・アボットほか

 「驚きと歓喜」。19世紀半ばのニューヨーク州北部、夫とふたりで単調な日々を送るアビゲイル(キャサリン・ウォーターストン)が独白で明かす、隣人タリー(ヴァネッサ・カービー)との関係に見出した感情だ。彼女と初めて交わしたキスは、アビゲイルに信じられないような驚きと喜びを与え、味気ない日々を鮮やかに彩るにふさわしいものだった。

 第77回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、クィア獅子賞を受賞した『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』は、西部開拓時代のアメリカで抑圧された女性たちのロマンスを美しくもはかなく描くヒューマンドラマだ。監督はノルウェー出身の俳優で脚本家のモナ・ファストヴォールド。原作はジム・シェパードによる同名小説で、シェパードはロン・ハンセンとともに、本作の脚本にも携わっている。

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ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』より - (C)2021 Tallie Productions LLC. All Rights Reserved.

 アビゲイルの抑揚のないモノローグで始まる本作。雪で白く染まった荒涼とした景色からは、1月の厳しい冬の寒さが画面越しに伝わってくる。まるで色を失ったように暗く冷たい映像は、子どもを病気で失った彼女を支配する悲しみを映し出したかのよう。「わたしたちの寝室に氷が張った」という独白から、どうやらケイシー・アフレック演じる夫ダイアーとの結婚生活は冷え切ったもので、アビゲイルは喜びを感じていないことがわかる。農家の妻としてルーティンをこなすだけの日々を過ごす彼女のもとにやってきたのが、夫フィニー(クリストファー・アボット)とともに近所に引っ越してきたばかりのタリーだった。

 近年、当事者ではないヘテロセクシュアル(異性愛者)の俳優が、同性愛者の役を演じることの正当性について議論が交わされている。確かに、メディア表現において当事者たちが正しく表象されてしかるべきだが、「他者」を演じるのが俳優業であり、キャスティングの時点で選択肢を狭めてしまうことが果たして最良の結果をもたらすことにつながるのかは非常に繊細な問題だ。しかし、すべての俳優に平等に機会が与えられ、当事者たちが正しく表象されるように、今後も積極的に議論は行っていくべきだと思う。ヘテロセクシュアル俳優がレズビアンの役を演じる本作も例外ではないが、ウォーターストンとカービーが見せるケミストリーは見逃すには惜しい。

ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』より - (C)2021 Tallie Productions LLC. All Rights Reserved.

 凍えるように寒い冬に出会ったふたりの関係は、ぎこちなさから始まり、季節の移り変わりとともに親密さを深めていく。内向的なアビゲイルと自信に満ちたタリー。見た目も性格も対照的な女性ふたりの繊細な心情の変化を、ウォーターストンとカービーは触れ合う指先の動きや交じり合う視線などで見事に表現。まるで雪解けが訪れたかのように徐々に笑顔を取り戻していくアビゲイルの姿とそれを見守るタリーの優しい眼差しは、決して派手ではないが静かに進む物語のなかでひときわ魅力を放っていた。

 本作を一言で表すならば「静けさ」が最もしっくりとくる。普段は口ベタなアビゲイルの内に秘めた想いは日記の独白で語られるし、登場人物たちが互いに言葉を交わし、感情を表現することはあまりない。それこそアビゲイルの独白によると「彼女の前だと伝えたいことがうまく話せない」ほどだ。しかしながら、アビゲイルが日記につづる言葉は対照的に豊かさにあふれ、タリーと交わす詩や手紙のやり取りも相まって、作品自体が持つ詩的な美しさに筆者はいや応なく引き込まれた。さらに、原作からの引用が独白の一部に落とし込まれていたり、撮影監督アンドレ・シェメトフが切り取った、まるで油絵のように美しい画と重なることで、文学的な趣がより高められている。

ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』より - (C)2021 Tallie Productions LLC. All Rights Reserved.

 アビゲイルとタリーのロマンスは悲劇的な結末へと進む。時代が19世紀でなかったら、ふたりが妻としての役割に縛られていなかったら……。社会的制約がなかったら、ふたりのもとにどんな「来るべき世界(ワールド・トゥ・カム)」があったのだろうか。劇中でタリーが述べるようにわたしたちの「想像力は養うことができる」のだ。(文・中井佑來、編集協力・今祥枝)

映画『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』はソニーデジタルより配信

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