マーベル映画監督が手掛けた名作たち
今週のクローズアップ
大ヒット中の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』をはじめ、名作を連発するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)。その背景には、『アイアンマン』シリーズのジョン・ファヴロー監督(『スウィンガーズ』『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』)や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン監督(『スリザー 』『スーパー! 』)など、ベテランから新人までそろった、才能豊かな監督たちの存在があったことは間違いありません。マーベルの審美眼がうかがえる、名クリエイターたちの、マーベル映画以外のおすすめ作品をピックアップしてみました。(編集部・入倉功一)
『チェリー』(2021)
アンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ監督『アベンジャーズ』『キャプテン・アメリカ』シリーズ
『アベンジャーズ/エンドゲーム』でMCUを一段落させたルッソ兄弟が、スパイダーマンことトム・ホランドを主演に迎えた Apple TV+ 向けの青春映画。衛生兵としてイラク戦争に従事した、ニコ・ウォーカーの半自伝的小説が原作で、PTSDに苦しみ、最愛の恋人と薬物に溺れ、銀行強盗を重ねる青年を描く。戦争・PTSD・ドラッグ・強盗・そして恋……チェリー(新兵)がたどる破滅的な半生を複数のパートで描くスタイルは『エンドゲーム』とも共通。希望にあふれた青年から、ヤク中の犯罪者になるまでを巧みに演じ分けるホランドの熱演にも目を奪われる。
『COP CAR/コップ・カー』(2015)
ジョン・ワッツ監督『スパイダーマン』シリーズ
片田舎を舞台に、誰も乗っていないパトカーを出来心で運転した2人の家出少年が、取り返しのつかないトラブルに巻き込まれる、ビターテイストなジュブナイル映画。車の持ち主で、少年たちを追う悪徳保安官を演じたのはケヴィン・ベーコン。血も涙も無い冷徹な悪役が似合うベーコンだが、本作では、悪態をつきながら不測の事態に右往左往する人間臭い悪役を演じている。『スパイダーマン:ホームカミング』から続くシリーズの悪役たちに、どこか憎めないユーモアを感じるのも、ワッツ監督ならではと言えるのかも。
『さよなら、アドルフ』(2012)
第2次世界大戦後、ナチ親衛隊の高官だった父と母が拘束され、幼い弟と妹たちを連れて、祖母の家までの旅に出る14歳の少女を描いたロードムービー。900キロにわたる過酷な道中、ナチスによるユダヤ人虐殺の事実を知り、それまでの価値観が崩壊していく主人公ローレ。戦争や社会情勢によって、強制的にアイデンティティが覆されていく少女の姿は、スパイ機関レッドルームに暗殺者として育てられたウィドウたちを思わせる。
『ザ・ライダー』(2017)
落馬事故の後遺症でロデオライダーの道を断たれた、カウボーイの青年を描く青春ドラマ。主演のブレイディ・ジャンドローの実体験に基づいた物語で、ブレイディや彼の自閉症の妹など登場人物には当人を起用。彼らの瑞々しい演技に、ジャオ監督の手腕が光る。『エターナルズ』でも観客を魅了した、自然光を生かした映像美や、セリフに頼らず映像で物語を伝える手法からも、ジャオ監督の一貫したスタイルが垣間見える。
『NY心霊捜査官』(2014)
元ニューヨーク市警捜査官の手記をベースにしたクライムスリラー。他人に見えないものが見える霊感刑事が、一見関連のない二つの事件の裏に潜む、邪悪な存在に迫る。悪魔憑きをテーマにしながら、ザラついた質感の映像はドキュメンタリーのようなリアリティー。オカルト要素の一方、迫力のファイトシーンも用意されており、『ドクター・ストレンジ』に通じるテイストを垣間見ることができる。正常と狂気の狭間を行き来する主人公を演じたのはアン・リー版『ハルク』のエリック・バナ。マーベルと袂を分かったデリクソン監督だが、『フッテージ』のイーサン・ホークと再タッグを組んだ『ザ・ブラック・フォン(原題) / The Black Phone』が公開間近。
『遠い空の向こうに』(1999)
ジョー・ジョンストン監督『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』
元NASA技術者の実話を基に、寂れゆく炭鉱街でロケットに青春をかける高校生を描いた人間ドラマ。『ロケッティア』で空飛ぶヒーローを開放感たっぷりに描いたジョンストン監督だけに、周囲からバカにされながらも、ひたすらロケット開発に没頭する青年の思いと葛藤がストレートに胸に響く。純粋な若者の描写は『キャプテン・アメリカ』における、ひ弱だったキャップの青春時代に通じる部分も。主人公ホーマーを演じたのは、後に『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』でミステリオを演じるジェイク・ギレンホール。
『チアーズ!』(2000)
チアリーディングに青春をかける女子高生たちを描くスポーツ映画。これが劇場映画デビューとなったリード監督は、学園カーストトップに位置するチアリーディングの世界を、涙あり、笑いありのスポ根青春映画に仕上げて見せた。その手堅い仕事ぶりとコメディーセンスは、創造性の違いから降板したエドガー・ライト監督の後を継いで『アントマン』をまとめ上げた手腕に通ずる。主人公を演じるのはトビー・マグワイア版『スパイダーマン』でMJを演じたキルステン・ダンスト。
『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014)
現代社会でシェアハウス生活を送る吸血鬼たちを描いたモキュメンタリー映画。ヴァンパイアあるある満載の脱力系コメディーにして、モンスター映画ならではのホラー描写も秀逸。笑いとシリアスの巧みな緩急やニクいCGの使いどころといい、『バトルロイヤル』にも通じる手腕が見てとれる。永遠ともいえる時を生き、すっかり自堕落になったヴァンパイアたちの負け組感に、ワイティティ監督のはみだし者たちへの愛がのぞく。
『フルートベール駅で』(2013)
2009年1月1日、武器を持たない22歳の黒人青年が、地下鉄駅構内で警察官に射殺された事件を映画化。彼が過ごした最後の1日を通じて、誰かと同じように大切な人生と守るべき存在がいた一人の青年の人生が、理不尽に奪われたことのやるせなさを訴える。貧しさゆえに真っ当な生活への一歩さえ踏み出せない、家族を愛する主人公を好演したマイケル・B・ジョーダンにとっても出世作となった。その後、クーグラー監督とジョーダンは『クリード チャンプを継ぐ男』『ブラックパンサー』でもタッグを組んだ。
『ショート・ターム』(2013)
デスティン・ダニエル・クレットン監督『シャン・チー/テン・リングスの伝説』
親からの虐待やいじめなど、心に傷を負ったティーンエイジャーのための短期保護施設「ショート・ターム12」を舞台に、ケアマネージャーの主人公と子供たちの交流を描く人間ドラマ。自身もケア施設で働いていたクレットン監督は、職員と子供たちが直面しているシビアな現実を冷静に描きながら、登場人物たちの葛藤と救済を温かな目線で見守る。自身も壮絶な過去を抱えた主人公を演じるのは、後にキャプテン・マーベルを演じるブリー・ラーソン。『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレック、『ゲット・アウト』のキース・スタンフィールド、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』のケイトリン・デヴァーなど、ブレイク俳優たちの出演にも注目。
『ベルファスト』(2021)
ケネス・ブラナー監督『マイティ・ソー』
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで多くの舞台に立った名優にして、イギリスを代表する名監督でもあるブラナー監督は、『マイティ・ソー』以降、『オリエント急行殺人事件』『シンデレラ』などメジャー大作でもヒットを連発。一方の『ベルファスト』は、1969年、北アイルランドの首府ベルファストを舞台にした労働者階級の家族の物語で、ブラナー監督の半自伝的作品。現在アカデミー賞前哨戦を席巻中で、ノミネートが確実視されている。
そのほかに、『インクレディブル・ハルク』のルイ・レテリエ(『トランスポーター』シリーズ)、『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』のアラン・テイラー(『ターミネーター:新起動/ジェニシス』)、『アイアンマン3』のシェーン・ブラック(『キスキス,バンバン -L.A.的殺人事件』)、『キャプテン・マーベル』のアンナ・ボーデン&ライアン・フレック(『なんだかおかしな物語』)など、MCUには名監督がズラリ。それぞれの代表作から、マーベル映画につながる個性を見つけ出すのも一興です。