【ネタバレ】『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のアレって科学的に起こり得る?マルチバース専門家が解説
映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の物語を紐解く上で、マルチバース(いくつもの並行世界)は重要な役割を果たす。別次元から襲来した歴代ヴィランや、予想の斜め上を行く驚きの展開まで、マルチバースを巧みに盛り込んだ本作を専門家はどう観たのか? マルチバース理論を研究するカリフォルニア大学バークレー校の野村泰紀教授が本編観賞後にインタビューに応じ、本作の気になる点と共に、マルチバースによって引き起こされる出来事が、現実でも起こり得るのか解説した。(取材・文:編集部・倉本拓弥)
※本記事はネタバレを含みます。映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』鑑賞後にお読みいただくことをおすすめします。
■別次元への移動「理論的にあり得ないことではない」
Q.野村教授は映画公開前、「ピーター・パーカーがスパイダーマンだとバレている世界と、バレていない世界が存在する」とパラレルユニバースを採用したストーリー展開になるのではと予想していました。予想を踏まえて、実際に本編を観た感想は?
野村教授:予想していた内容よりずっと深くて、すごくよく作られていました。マルチバースを一つのツールとして使ったストーリー展開はすごく良かったです。エンドロールで(涙を)乾かす時間があってよかったです(笑)。マルチバースがこういう形で使えるのかと思いながら観ていました。もちろん、サイエンスでは映画のように(別次元へ)行ったり来たり、空に(紫色の)亀裂が入ったりするようなことが、本当にマルチバースで起こることなのかと言われると、もちろんそれは映画としての脚色があります。残念ですが、歴代スパイダーマン(トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールド)のように(別次元から人が)やってくることは恐らくないでしょう。
Q.歴代ヴィランやスパイダーマンのように、別次元から集まることは科学的にはあり得ないのですか?
野村教授:理論的に絶対あり得ないとは言い切れないかもしれません。たとえば私たちの宇宙が紙だとして、その紙が別の紙と平行においてある状態を考えてみましょう。普段はこの2つの紙(宇宙)はパラレルユニバースとして別々に存在します。でも、もし紙が揺らいで重なったりしたら、この2つの世界は交わるかもしれません。これと同じように、私たちの宇宙は3次元なのですが、それと「直行」方向に別の宇宙が重なっているということを考えることができます。だから本当にそうなっているのかは別として、理論上絶対に起こり得ないということではないのです。
Q.本編で教授が科学的に興味深いと思ったシーンや演出はありますか?
野村教授:余剰次元のような次元が出てきた時に、それが鏡に結びつくのは面白いと思いました。本来の余剰次元は、鏡などの物質とはあまり関係のないものだと思っているので。また、映画では歴史が全く違う別次元から色々な人がやってきますが、私たちサイエンティストは、歴史が違う宇宙もあるし、それ以上に私たちが法則だと思っていることすら違っていたり、3次元ではなく4次元、5次元の宇宙があると方程式を見て思っているので、ある意味サイエンスの方が斜め上を行っているんですよね。もっとドラマティックなことが本当に起こっているのかを、私たちは日頃から真剣に議論していたりもします。
■ヴィランたちが帰ったユニバース=元のユニバースと呼べるのか
Q.別次元からマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)にやって来た歴代ヴィランは、劇中でスパイダーマンに“治療”されて帰っていきます。元のユニバース(サム・ライミ版、マーク・ウェブ版)と運命が変わっていますが、それによって各ユニバースの歴史に影響は出るのでしょうか?
野村教授:彼らが戻っていくユニバースを、元のユニバースと呼ぶかどうかですよね。科学的には、別の宇宙を自由に行ったり来たりすることはできなくて、せいぜいパラレルユニバースのようにして分岐していくんですよ。量子力学では、確率でさまざまなことが決まっているので、起こり得ることは全部起こって、分岐していると考えるのです。そして分岐した世界では人の名前が違って存在していたり、違う経験をしている宇宙や、すでに死んでしまった宇宙など、いろんな宇宙があり得ます。でも、別の仕事をして、別の経験をして、別の考え方をする人が果たしてその人自身なのか、その人と言ってしまってよいのか。サイエンティストである私とサイエンスライターとして取材しているあなたの、ちょうど真ん中ぐらいの顔をした人ががどこかの宇宙にいたとして、その人が私たちのどちらかと同一人物と言えるのか。恐らく別の宇宙というのはたくさん存在して、それらの宇宙ではものが少しずつ違っていて、少しずつ別のヒストリーがあるのでしょう。
彼ら(ヴィランたち)は同じ世界に戻ったのでしょうか。でも、もし戻ったところにもとの彼らがいたら2人存在することになってコピーになってしまいます。映画では恐らくそういうことをは考えていないですよね。だったら戻ったときに新しい世界が出来たのでしょうか。その場合、もしヴィランたちが戻って改心した宇宙があり、そうではない元の宇宙もあるとしたら、その元の宇宙では彼らはいずれにせよ死んでいるじゃないかと。
もしくは、あるはずだった存在が消えて、置き換えられているのでしょうか。こういったサイエンティストっぽい思考は切らないと、心の底から映画を楽しめないので切ってはいるんですけど、でも元の世界はどうなったのか、もしそれが変わったのだとしたらどこで変わったのか、少しは気になりました。
■ドクター・ストレンジがマルチバースを閉じなかったら…?
Q.クライマックスではマルチバースが一時制御不能となり、別次元から無数の来訪者がMCUにやって来ようとしました。もし、ドクター・ストレンジがあの時点でマルチバースを閉じなければ、ピーター(トム・ホランド)の世界にどのような悪影響が生じるのでしょうか?
野村教授:劇中で「無限の~」というセリフがあったと思うんですよ。恐らくそれはサイエンティストのインプットが入っていて、私たちもマルチバースはある意味で無限だと思っているんです。なので(マルチバースから来訪者が)無限にやって来れるのかもしれません。でもそうすると、地球は有限だし「どうするんだろう……」みたいな。でも、そもそも無限の本当の意味は実はよく分かってなかったりもします。とにかく、映画のままだと、ひたすら来ることになるのでしょう。
Q.マーベル映画を通して、多くの人がマルチバースを認知するようになりました。
野村教授:単純に嬉しいですね。私は20年近くマルチバースと向き合ってきて、21世紀の最初の頃は会議で(マルチバースに関して)何かを話しても「哲学の話をありがとうございました」と軽くあしらわれることもあったのが、今ではそんなリアクションをする人はいません。サイエンスの世界で少しずつ認識が変わっていくところを見ているので、一般の方がその単語を使って色々話をしていると「ここまで来たか!」と感じますね。興味を持っていただけているのは、本当に嬉しいですし、感慨深いです。たった20年で(マルチバースが)サイエンスの中で異端でなくなったからこそ、一般の人がその単語を使うようになったということだろうと思うので、進歩の速さにびっくりしますし、いろんな感情がありますね。
Q.マルチバース理論の今後が気になります。
野村教授:マルチバースの今後を教えてくだされば、私が論文を書きます……という状態です(笑)。でも、それはサイエンティストにとってすごくいいことなんです。全部がわかっていたら、それがどんなに画期的で感動的なものであっても、プロのサイエンティストとしては仕事がなくなってしまいますから。理論的に「大体こういうことだろう」というのは分かりつつありますが、どんな種類の宇宙があって、どのくらいのことができるのかなど深い構造は分かりません。でも、それは悲しいことではなく、逆に私たちにとっては一番エキサイティングでチャレンジングな状態です。映画のように(マルチバースを)たくさんの人に使ってもらって、一般の方にどんどん興味を持ってもらえれば最高ですね。
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ドクター・ストレンジが頭を抱えたように、現実世界でもマルチバースにはまだまだ立証すべき仮説が山ほど存在する。フィクションとしてマルチバースを描くマーベル映画を「非常によく作られています」と評価した野村教授は、次回作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』についても、「もっと壮大で面白い話になるのではないかと思います。マルチバースをどういう風に使っていただけるのか、それを利用した『ドクター・ストレンジ』がどのような作品になるのか、楽しみになりましたね」とマルチバースの本格化に期待を寄せていた。
映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は全国公開中
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