時代を超えて魅了する『ウエスト・サイド・ストーリー』の世界
今週のクローズアップ
スティーヴン・スピルバーグ監督によるミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(2月11日公開)。公開を前に、原作となったブロードウェイ・ミュージカル、アカデミー賞を総なめにした1961年の映画化作品など、時代を超えて愛される世界観の魅力を紐解く。(編集部・石井百合子)
ベースはシェイクスピアの悲恋物語
モチーフは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」。イタリアのヴェローナを舞台に、敵対する名家に生まれた若い男女の悲恋を追う物語。主要人物は、モンタギュー家の一人息子ロミオと、キャピュレット家の一人娘ジュリエット、ロミオの親友マキューシオ、ジュリエットに思いを寄せる従兄のティボルト。ロミオとジュリエットが恋に落ちたことから血で血を洗う戦いが勃発し、2人は追い詰められていく。
ミュージカル、テレビドラマ、映画、オペラ、バレエ、アニメなど多岐にわたって展開。古くは名作と名高い1968年のフランコ・ゼフィレッリ監督&オリヴィア・ハッセー主演版や、1996年のレオナルド・ディカプリオ主演、バズ・ラーマン監督版など。後者は舞台を現代に置き換えたアレンジが話題を呼び、ガービッジ、デズリー、カーディガンズ、レディオヘッドら豪華アーティストが参加したサウンドトラックも親しまれた。
60年以上、上演され続ける伝説のミュージカル
1957年初演のブロードウェイ・ミュージカルでは「ロミオとジュリエット」を大胆にアレンジ。当初、舞台をマンハッタンのイーストサイド、ジュリエットをユダヤ系の少女、ロミオをカトリック系の少年として想定していた。しかし、当時のニューヨークでの社会的背景をふまえて人種間の対立というテーマが加わり、白人のジェッツとプエルトリコ人のシャークスの抗争、その中で運命的な出会いを果たす男女の悲恋として描かれた。ロミオにあたる青年がジェッツ側のトニー、ジュリエットにあたる女性がシャークス側のマリア。マキューシオはジェッツのリーダー、リフ。ティボルトはシャークスのリーダー、ベルナルドでマリアの兄という設定になっている。
原案、演出はジェローム・ロビンズ。作曲を指揮者、作曲家、ピアニストのレナード・バーンスタイン、作詞をミュージカル界の巨匠スティーヴン・ソンドハイムが手掛け「マリア」「アメリカ」「トゥナイト」「サムホエア」など数々の名曲を生んだ。公式サイトによると732もの公演が行われ、1958年のトニー賞で最優秀振付賞(ジェローム・ロビンズ)、最優秀舞台美術賞(オリヴァー・スミス)を受賞している。
日本では宝塚歌劇団や劇団四季のほか、2004年に少年隊主演版(トニー:東山紀之、リフ:錦織一清、ベルナルド:植草克秀)、嵐主演版(トニー:櫻井翔、リフ:大野智、ベルナルド:松本潤)も上演された。2019年にIHIステージアラウンド東京で長期公演が行われ、日本キャスト版ではトニーを宮野真守、蒼井翔太が、マリアを北乃きい、笹本玲奈が演じている。
1961年の映画化作品はアカデミー賞総なめ
1961年の『ウエスト・サイド物語』を手掛けた監督は、のちに『たたり』『サウンド・オブ・ミュージック』などの名作も手掛けたアメリカの巨匠ロバート・ワイズとブロードウェイ・ミュージカルを演出したジェローム・ロビンズが共同で務めた。マリア役の候補に挙がっていたのはエリザベス・テイラー、ブロードウェイ版でマリアを演じたキャロル・ローレンスら、トニー役にはエルヴィス・プレスリー、ロバート・レッドフォード、バート・レイノルズ、ウォーレン・ベイティらが挙がっていた。最終的にはマリアにナタリー・ウッド、トニーにリチャード・ベイマー、ベルナルドにジョージ・チャキリス(ミュージカルのロンドン公演ではリフを演じていた)、リフにラス・タンブリン、ベルナルドの恋人アニタにリタ・モレノが決定した。
劇中で対立するシャークスとジェッツ、双方のグループのキャストは、ジェローム・ロビンズより撮影中親しくしないよう告げられていた。「ロミオとジュリエット」の有名なバルコニーのシーンを模したトニーとマリアの密やかな逢瀬や、マリアの働くブティックでの疑似結婚式などロマンスの場面もさることながら、ジョージ・チャキリス、リタ・モレノらによるダンスシーンは圧巻。体育館でのダンスパーティではシャークスとジェッツが「マンボ」をBGMにダンスを競い、リフ役のラス・タンブリンがバク転などアクロバティックな技も披露する。ベルナルド、マリアらシャークスの仲間たちがアパートの屋上でアメリカ肯定派(女性たち)、否定派(男性たち)に分かれて、歌とダンスで意見を交わすシーンも大きな見せ場。ちなみに舞台版の「アメリカ」は女性ダンサーのみのものだった。屋上のシーンは男性陣が女性陣を担いでフィニッシュする流れで、成功するまで25もテイクを重ねた。トニーとマリアのダンスパーティでの出会いのシーンは60テイクだった。
「アメリカ」や「クラプキ巡査どの」など一部楽曲の歌詞は過激な内容も含んでいたため、舞台版から“きれいに”アレンジされている。また、ナタリー・ウッドとリチャード・ベイマーの歌声はそれぞれマーニ・ニクソンとジミー・ブライアントによって吹き替えられている。
なお、ジョージ・チャキリスは親日家で1984年に放送された山田太一脚本のNHKドラマ「日本の面影」ではラフカディオ・ハーン(小泉八雲)にふんし、たびたび来日。2019年にブロードウェイ・ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」の来日公演が開幕した際も来日していた。
本作は第34回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、撮影賞、美術・装置賞、衣装デザイン賞、音響賞など10部門で受賞。キャストではジョージ・チャキリス&リタ・モレノが助演男優&女優賞に輝いた。
スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』の見どころは?
スティーヴン・スピルバーグ監督による2021年版では、トニー役に『ベイビー・ドライバー』などのアンセル・エルゴート(27)、マリア役に約3万人のオーディションから選ばれた新人レイチェル・ゼグラー(20)が抜擢された。1950年代のニューヨーク、ウエスト・サイドを舞台に、ヨーロッパ系移民グループ・ジェッツとプエルトリコ系移民グループのシャークス、人種間の対立と悲劇が描かれる。
1961年の映画版と比較すると、ジェッツとシャークスが対立することの起因や両者の移民としての過酷な現実、トニーのバックグラウンドがより緻密に描かれ、双方のグループにより感情移入しやすくなっている。脚本は、トニー賞とピュリツァー賞の受賞歴があり、スピルバーグ作品では『ミュンヘン』『リンカーン』などの脚本に参加したトニー・クシュナー。「トゥナイト」「アメリカ」「クール」「クラプキ巡査どの(ジー・オフィサー・クラプキ)」といった名曲&ダンスシーンも健在で、とりわけ舞台を変更した「アメリカ」のシーンは、スピルバーグ版ならではのスケールと迫力。トニー役のアンセルとマリア役のレイチェル、共に歌唱やダンスシーンは吹替えなしで演じており、2人のまばゆい輝きから終始目が離せない。193センチのアンセルと、157センチのレイチェル、2人の身長差も効果的だ。
なお、1961年版でマリアの兄ベルナルドの恋人アニタを演じていたリタ・モレノも参加。トニーの働くドラッグストアの店主でプエルトリコ出身の設定で、歌声も披露している。
『ウエスト・サイド・ストーリー』の名曲の数々が半世紀以上を経てスクリーンで蘇ることについて、スピルバーグ監督は「“ウエスト・サイド・ストーリー”のことをよく知らない若い人たちも、『Tonight』などの曲にはどこか馴染みがあると思う。そして多くの人たちが、偉大な作曲家・作詞家たちが何十年も前に、いかに素晴らしい作品を作り出したかを知ってくれるといいな」と願いを込めている。「Tonight」をはじめ、思わず口ずさみたくなる名曲の数々、スピルバーグの気概を感じる凝りに凝ったダンスシーンはスクリーンで観てこその迫力。運命の出会いを果たしながら引き裂かれる男女の恋物語は、筋書きを知っていたとしても涙なしに観られない。
参考文献:「わたしのウエストサイド物語」 ジョージ・チャキリス(著)・戸田 奈津子 (訳) 双葉社刊