パンデミック下で怒りを強烈な皮肉に昇華させる『ドント・ルック・アップ』
厳選オンライン映画
今観たい最新作品特集 連載第2回(全7回)
日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は今観たい最新作品特集として全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。
『ドント・ルック・アップ』Netflix
上映時間:145分
監督:アダム・マッケイ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンスほか
年明けすぐにトンガの海底火山噴火が広範囲に影響を引き起こし、世界の富豪トップ10人がパンデミック中で資産を倍増したとBBCが報じ、ウクライナ情勢の緊張が高まる2022年、これぞ今観ておきたいタイムリーな作品だ。
キャストにはオスカー受賞者が5人(レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、ケイト・ブランシェット、メリル・ストリープ、マーク・ライランス)、オスカー候補が2人(ティモテ・シャラメ、ジョナ・ヒル)。これほど豪華な顔ぶれを集めたのは、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)を監督し、同作で第88回アカデミー賞脚色賞を受賞したアダム・マッケイだ。
2008年のリーマン・ショックをテーマにした『マネー・ショート 華麗なる大逆転』やディック・チェイニー元米副大統領を描いた前作『バイス』(2018)と同じく、今回も痛烈な社会風刺を効かせたコメディーだが、設定は彗星接近による地球存亡の危機という壮大なもの。『アルマゲドン』(1998)など過去のディザスター映画とラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』(2011)をマッシュアップ(混ぜ合わせること)したようなテイストになっている。
着想のきっかけは、マッケイが10年ほど前から強い懸念を抱いてきた気候変動問題だ。人類滅亡の可能性をはらむ一大事のはずが世間の関心は高まらず、完全否定する人々もいて、進展のないまま時間だけが過ぎていく。危機感を募らせたマッケイは、問題を彗星接近に置き換えた脚本を書き、環境保護の活動家でもあるディカプリオが賛同、撮影開始までアイデアを交換しながら、脚本作りにも貢献した。
物語は、ミシガン州立大学の天文学博士課程に在籍するケイト・ディビアスキー(ジェニファー・ローレンス)が新しい彗星を発見するところから始まる。アドバイザーのランドール・ミンディ教授(レオナルド・ディカプリオ)と共に彗星の進路が地球に向かっていることに気づき、地球衝突までの猶予は約半年と割り出した2人は差し迫った危機を国家に伝えようとする。彼らの話を聞いたNASAのオグルソープ博士(ロブ・モーガン)の対応は早かった。科学者は科学を信じる。3人はホワイトハウスで大統領(メリル・ストリープ)との面会までこぎつけるが、そこからが悪夢の始まりだった。
支持率やスキャンダル揉み消ししか頭になく、まともに取り合おうとしない大統領に業を煮やしたケイトとミンディ教授はテレビ情報番組に出演して、迫り来る危機を伝えようとしたが、気持ち悪いほどの陽気さで押し切る司会のブリー(ケイト・ブランシェット)とジャック(タイラー・ペリー)は深刻な訴えをジョークで受け流し、笑い話に変えていく。言葉を尽くしてもまるで通じない状況に取り乱したケイトはあっという間にSNSでミーム(画像ネタ)化されて嘲笑(ちょうしょう)の対象となり、反対にミンディ教授はイケオジのセクシー科学者と持てはやされ、テレビの人気者になっていく。
一方、ようやく彗星の脅威に気付いた大統領は最悪のシナリオ回避と支持率対策として、核兵器による彗星攻撃を計画するが、そこにハイテク企業バッシュのカリスマCEOで大統領の有力支援者のイッシャーウェル(マーク・ライランス)が登場し、事態は思わぬ方向へと転がり始める。
迫り来る危機を一般に広めるのは、大手メディアの報道ではなくSNSだ。一方の主張に極端に振れやすいSNS上では「空を見上げて(Just Look Up)」をスローガンに危機を訴えるランドール教授とケイトたちに対して、「空を見上げるな(Don’t Look Up)」と真っ向から否定する集団も現れ、その分断は政治利用される。
とにかく展開が速い。何かが起きると1分も経たないうちに事態は覆される。対立する主張、怒りや悲しみ、そして無関心、地球の危機も家庭の不和も同列に並び、何の関係もないもの同士が影響を与え合う。人心の弱さや愚かさが作り出す社会の狂騒があまりにも的確に描かれていて、笑わされながらもズシリと響くものがある。
これが2019年以前の作品だったら、これだけのスターパワーと素晴らしい脚本をそろえても、観る側は単に「ああ面白かった」で済ませていたかもしれない。だが、2020年来、人々は新型コロナウイルス感染拡大が続く世界に生きている。
地球温暖化の寓意(ぐうい)だった彗星接近は新型コロナウイルスによるパンデミックに置き換え可能で、世界規模の危機という設定は非常に現実的なものになった。
どこかで見たような出来事や人物を次々登場させ、エンターテインメントとして研ぎ澄ませて、社会への警鐘もしっかりと鳴らす演出に応えるキャラクター一人一人のリアリティーは、一流の俳優たちによる即興も交えた怪演によるものだ。
マッケイによれば、大統領は「近年の米大統領たちの寄せ集め」であり、ストリープは「35歳のつもりで装っている70歳」として演じたと語っている。
ストリープもライランスも、権力者のナチュラルに傲慢な性質を絶妙に醸し出す。大統領の息子というだけの理由で首席補佐官を務めるジェイソン(ジョナ・ヒル)の無能ぶり、空疎な笑顔にやたらハイスペックな経歴のブリー、恋愛ネタばかり注目されるポップスター(アリアナ・グランデ)の腹の据わり方。そして傷心のケイトが出会う、Z世代の反骨精神の象徴のようなユール(ティモテ・シャラメ)。どの人物造形も見事だ。
地球存亡の危機に際しても大人の事情を優先させる権威にブチ切れるケイトは、マッケイがローレンスのために書いた役だという。正直で自分を取り繕わないヒロインは、絶望だらけの物語で共感できる数少ない1人だ。
メディア出演で一躍スターになるミンディ教授は、パンデミック初期のアメリカでのアンソニー・ファウチ博士の活躍を想起させる(現実の科学者がミンディ教授のようにナイーブな人物でなかったのは救いだ)。こんなディカプリオは初めて見た気がする。これ見よがしではなく自然に、もっさりした中年男になっている。俳優として新たな章が始まったのかもしれない。
筆者も一観客として、通常は Less is more(少ないことは豊かなこと)の美学を信じているのだが、ことマッケイ作品に関しては当てはまらない気がする。インパクトある映像と言葉が洪水状態の演出はとんでもなくパワフルだ。画面の片隅に一瞬映ったもの、名もない人物が発した一言にも意味がある。
それにしても、なぜこのタイトルなのか。「空を見上げるな」は主人公たちを信じない者の主張だ。結末に向かっていく中で、誰が上を見て、誰が見上げないのかにも注目したい。いいように利用されて悲嘆にくれて終わり、ではなく、怒りを強烈な皮肉に昇華させる。よく言うエンターテインメントの力とは、こういうことを指すのではないだろうか。(文・冨永由紀、編集協力・今祥枝)