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幸福な少年時代との別れ、夢や憧れへの旅立ち『The Hand of God』

厳選オンライン映画

今観たい最新作品特集 連載第6回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今観たい最新作品特集として全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

The Hand of God
両親と楽し気にバイクに3人乗りする主人公ファビエット(フィリッポ・スコッティ)。 - Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

『The Hand of God』Netflix
上映時間:130分
監督:パオロ・ソレンティーノ
出演:フィリッポ・スコッティトニ・セルヴィッロほか

 ファビエット(フィリッポ・スコッティ)は南イタリア最大の古都ナポリに暮らす高校生。新婚当初のような愛情表現をいまだに続けている仲睦まじい両親と、少し頼りないがハンサムで優しい兄、いつもバスルームにこもって外に出てこない妹(実際、彼女はほとんど姿を見せない)と5人でアパート暮らしをしている。上の階に住む未亡人の“男爵夫人”(部屋のドアプレートにそう書いてある)ら隣人たちもしょっちゅう部屋に出入りするような人懐っこい一家だが、彼らがいちばん大切なのは親族だ。

 叔母のパトリツィアの一大事には、両親と三人乗りのスクーターで駆けつけるし、週末には一族がそろって海辺の大きな家に集まり、庭でにぎやかに昼食をとる。食べて飲んで、誰かが新しい恋人を連れてくるとなれば大騒ぎ。そのまま大人たちは連れ立って海に繰りだし、老いも若きも海水浴に興じる。

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The Hand of God
にぎやかに昼食をとる風景は南イタリアらしい。 - Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

 1980年代初頭に、みんなの話題を独占していたのはアルゼンチンの伝説的なサッカーのスター選手、ディエゴ・マラドーナがFCバルセロナから地元SSCナポリに移籍するらしいという噂だ。老人たちは「マラドーナがナポリに来なかったら自殺する」とまで言い出すほど。

 そんな荒っぽいが人情に厚い愛すべき人々に囲まれ、古代の遺跡やヴェスヴィオ火山を望むダイナミックで、ナポリを見てから死ねとまでうたわれた魅惑の景観に抱かれて暮らす幸福な日々の中で、ファビエットは漠然と自分の将来について思い悩み始めていた……。

The Hand of God
仲良しの兄(マーロン・ジュベール)とファビエット。 - Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

 本作は1970年にナポリで生まれ、2008年の『イル・ディーヴォ -魔王と呼ばれた男-』(カンヌ国際映画祭・審査員賞)を筆頭に、2013年『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(アカデミー賞・外国語映画賞)、2015年『グランドフィナーレ』、2018年『LORO 欲望のイタリア』と、作家性の強い作品を次々と世に送り出し、国際的にも高評価を確立したパオロ・ソレンティーノ監督の最新作にして自伝的な作品だ。

 海外のレビューでも、ソレンティーノ監督が敬愛するイタリアの大巨匠フェデリコ・フェリーニの作品、自身の幼少期のエピソードを盛り込んでイタリア北部の港町リミニを舞台に撮りあげた1973年の『フェリーニのアマルコルド』になぞらえてソレンティーノのアマルコンドという切り口が話題を呼んでいる。物語は結論として、監督の分身であるファビエット少年が「映画を撮りたい」という夢に向かって歩き始めるまでを描くものだが、そこには監督も10代の頃に経験した、ある悲劇的な出来事が関わっているのだった。

The Hand of God
自分の将来について思い悩むファビエット。 - Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

 画面に映し出されるナポリの街並みや青い海、シチリアの近くにある火山島ストロンボリ(巨匠ロベルト・ロッセリーニの1950年の『ストロンボリ/神の土地』で映画ファンにはおなじみ)などの風景や、フェリーニ風の幻想的でどこか滑稽な雰囲気を持ったシーンの数々も見どころだが、やはり登場人物それぞれの強烈なキャラクターに心をつかまれてしまう。

 日本人が抱くいわゆる南イタリア人のイメージのはるか上を行くような陽気さとユーモアのセンス、時に暴力的ともいえる火山のような感情の爆発に、ただただ圧倒されるばかり。

ルイーザ・ラニエリ
ファビエットの永遠のミューズ・パトリツィア叔母さん(ルイーザ・ラニエリ)。 - Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

 加えて叔母パトリツィアの美しさは、序盤で彼女が海を背景に髪をかき上げる、極めて映画的なシーンで流れるエルネスト・ブロッホ作曲の知られざるチェロの名曲「ユダヤ人の生活より」の一楽章「祈り」と共に、本作の忘れられないポイントだ。アルゼンチン生まれの女性チェリスト、ソル・ガベッタが演奏するこの哀しくも敬虔(けいけん)な旋律「祈り」は、その後も何度となく劇中に登場する。

 そのいずれもが、ファビエットがふとしたきっかけで仲良くなったタバコ密売人の若者アルマンドと将来の夢について話す場面や、終盤でのアントニオ・カプアーノ監督(ソレンティーノは後に彼と共同作業をすることになる)との重要な対話シーンなど、映画作家として彼の進む道を暗示している。そのことから、この曲は女優たちへの憧れともリンクする、少年時代からの永遠のミューズ(芸術の女神)だったパトリツィアに捧げるテーマ曲なのだろう。

The Hand of God
週末に海に出るファビエットの一族。 - Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

 タイトルである『The Hand of God(神の手)』とは、この作品でも描かれている「1986 FIFAワールドカップ準々決勝アルゼンチン対イングランド」でマラドーナが披露した、サッカーファンの誰もが知る伝説的プレーを表す言葉であり、本作ではマラドーナの存在がファビエットの命を救うある奇跡をもたらしたことも示している。それはその後も彼を導き、さまざまな人との出会いによって、その目を未来に向けさせ、大人への一歩を踏み出すきっかけを与えたように思われる

 なお、Netflixでは本作をめぐる8分間のドキュメンタリー『The Hand of God: ソレンティーノの視点から』も配信中なので、あわせてお薦めしたい。(文・東端哲也、編集協力・今祥枝)

Netflix映画『The Hand of God』独占配信中

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